蝶~夢境の鳥かご~
ダンケッドが実家から戻った翌日、アスターが公舎にやってきた。
ダンケッドとアスターはあまり交流がない。否、全く交流がないわけではないが、ノースの公舎で顔を合わせる程度だ。しかもお互いにカークに会いに来ているときに顔を合わせている。ダンケッドはカークの入れる茶が飲みたくていくのだが、アスターはカークにいい男捜しの情報を渡すために会いに来ていることが多い。そしてその際、アスターとカークは世間話を交えつつ情報交換をしている。アスターは人付き合いが好きなのか交友関係が広くていろんなことを知っている。それらの情報は平民出身のアスターじゃないと入って来ない類のものもあるので為になる。そのためアスターとカークが話をしている時、ダンケッドは側で茶を楽しみながら耳を傾けている。
アスターとはそういうあっさりとした関係だが、アスターの方はダンケッドをノース軍時代の同僚兼上司として慕ってくれているらしく、顔を合わせるときは丁重に接してくれる。
挨拶を交わすとアスターはすぐに指で合図をしてきた。人払いをしてほしいという合図である。ノースはそういった暗号を幾つか作っていて、ノース軍にいた経歴のある将官ならば指の動きによる暗号を叩き込まれている。当然元ノース軍同士であるお互いには通じるのだ。
アスターの要請に従い、人払いをすると、アスターはやや焦った表情で口を開いた。
「王宮内でベルンスト第二王子殿下の愛人がレンディの命を狙いました」
「!!」
ベルンストの愛人といえばすぐにあの娼婦が思い浮かぶ。むしろそれ以外の愛人に心当たりはない。
「それはあの娼婦で間違いないか?金髪の」
「はい、間違いありません。俺はその場に居合わせました」
アスターは新しい砦を作るための手続きをするために王宮へ向かったのだそうだ。そしてその王宮内でレンディに会った。レンディは王宮内にも自室を持っており、年の半分を王宮、残る半分を黒将軍の官舎で過ごしているという。
そのレンディと新しい砦について話をしている最中、ベルンストと愛人が通りかかったのだという。ベルンストはすでに国政にも関与している王子だ。そのためレンディとアスターに気づいて話しかけてきたという。その時に愛人が『弟の仇!!』と言って腰につけた装飾の多い短剣を抜いてレンディに襲いかかったのだという。
至近距離ではあったがレンディには常に青竜ディンガがいる。そして青竜は使い手を守るためなら手段を選ばない。命を奪うことに躊躇いがないというべきだろうか。体に巻き付いた鎖姿から瞬時に大蛇に変化した青竜はそのまま女に食らい付いたという。
「何とか引き離したのですが毒が回っており……女性は亡くなりました」
それはそうだろう。青竜に攻撃を受けて生きていられるはずがない。あの竜は手加減をするような生やさしい性格ではないのだ。むしろよく青竜から女性を引き離せたなと感心するぐらいだ。
そう問うてみるとアスターは『そりゃもう必死にディンガとレンディに頼み込みましたよ!』とのことだった。……なるほど頼み込まれたから離れてくれたのか。……やはりレンディはアスターに甘い。他の将が頼んだところで命を狙ってきた女を助けるなど承諾してもらえないだろう。アスターが頼んだからこそ聞き入れてもらえたのだ。
「目の前で愛する相手が殺されるところをごらんになったベルンスト様は半狂乱状態でディンガに襲いかかろうとなさったため、慌てて止めました」
それは止めて正解だ。何しろ青竜は使い手のことにしか興味がない。相手が国王だろうが王位継承者だろうが使い手の命を狙う輩には容赦がないのだ。そのまま襲いかかっていたら青竜に殺されていたことだろう。
「この一件、まだ伏せられております。俺も部下にはまだ話してません。ですがダンケッド将軍は無関係ではいられない立場であると思いましたので報告に伺いました」
「そうか、おおっぴらにはしない方がいい。配慮に感謝する」
そう話しつつ、この件に関しては王家から公式発表があるかどうかは怪しいなとダンケッドは思った。何しろ亡くなったのは娼婦だ。王位継承争いをしているような立場にある王族が娼婦を娶ろうとしたなどということは醜聞だ。出来るだけ隠しておいた方がいい為、公式発表どころかもみ消されてもおかしくはない。
そしてこの一件、ベルンスト側にはプラスとなる。ベルンスト自身はショックだろうが王位継承のための障害がなくなったと言っていい状態だからだ。あの女が側にいることは完全に醜聞だった。娼婦が側にいることは玉座を手に入れるためには障害となっていた。
恐らくベルンストの側近たちはこの結果を喜んでいるだろう。あの女の死を悲しんでいるのはベルンストだけではないだろうか。玉座を争っているバルドイーンですらあの女と別れるよう説得したと言っていたぐらいだ。
(しかもレンディを殺そうとしてやり返されたという死に方だからな……誰も悪くはならぬ死に方だ。うまい結果となったな)
弟の仇だと言っていたらしいが弟が青竜に殺されでもしたのだろうか。
だがそんな話は珍しくない。ダンケッドだって過去幾人殺したか覚えていないぐらいだ。レンディだって気にかけていないだろう。誰かの仇になっていることは軍人ならば日常茶飯事だ。
「情報ありがとう。恩に着る」
「はい。では失礼致します」
「ああ、ではな」
この情報を伝えに来てくれたのは明らかにアスターの好意だ。そしてこういう気遣いは大変ありがたい。いつか礼をしなければならないなとダンケッドは思った。