蝶~夢境の鳥かご~
ダンケッドの実家は王都近郊の領地にある。しかし、王都にも屋敷がある。母はそちらにいることが多い。王都には貴族の友人達が暮らしているし、母が好きな音楽会もあるから王都にいる方が便利なのだろう。
そして父は父で貴族らしく多くの愛人を抱えている。母がいなくても特に支障が無いのだろう。好きなようにさせているようだ。
ダンケッドが面会を願うとすぐに部屋に通された。ダンケッドの母はとても落ち込んでいた。やはり友人の死がショックだったようだ。
「王妃と第十二王子をお救いできず申し訳ございません」
「いいえ、あなたのせいではないわ、ダンケッド。貴方は最善を尽くしてくれたと聞きました。ツィーリエは不運だったのよ……」
偽りの報告を信じているのだろう。ポロポロと涙を流しつつ母はダンケッドの謝罪を受け入れてくれた。
大貴族の娘として生まれ、同レベルの大貴族に嫁いだ母は世間知らずの箱入り娘だ。良き家に嫁いで元気な子を産むことだけを求められて育てられた女性だ。そのため彼女は政治的なことを何も知らない。政務に口出しせぬよう、そういったことに興味関心を抱かぬように育てられたのだろう。そんな母は薄暗いことなど何も知らず、ただ平穏に生きてきた。
この母が第一王妃だったらまた違った結果になっただろうなとダンケッドは思う。母は音楽が趣味なだけで、物静かな性格だ。第一王妃と違って男遊びなどもせず、普段は屋敷の中で静かに暮らしている。この母が王妃だったらバルドイーンも排除することはなかっただろう。放っておいても醜聞を起こさないからだ。
「そういえばダンケッド。ヒルデの娘であるユリアーネがベルンスト様に嫁ぐ話が持ち上がっているらしいの。どうしましょう」
ヒルデというのはやはり母の友人でそれなりに力のある貴族に嫁いだ女性だ。
この話は初耳だったがそういう話が持ち上がってもおかしくはないだろう。結婚適齢期になると王族貴族はこうした話が頻繁に持ち上がる。
「……どうしましょうとは?何か問題でもありますか?」
「だってヒルデの娘だなんて。ベルンスト様とユリアーネが結婚してしまったら貴方は王妃になれないかもしれないわ」
母はダンケッドのことを心配して問うてきたようだ。母はダンケッドが王妃になりたくないことを知らないのだ。
「ヒルデ殿のご実家はアルトナー家でしたね」
「ええ、そうなのよ。西の大領主よ」
これは少々面倒なことが起きかけているようだとダンケッドは思った。
アルトナー家は西に広い領地を持つ大貴族だ。そしてヒルデが嫁いだ家もまた力ある貴族だ。つまりユリアーネがベルンストへ嫁いだ場合、ベルンストは大きな後ろ盾を手に入れることとなる。ダンケッドがバルドイーンに嫁いだ場合と似たような状況になるというわけだ。
ベルンストの娼婦への執着振りを考えれば簡単に諦めるとは思いにくい。恐らくは正妃に生まれのいい女性を娶り、娼婦を愛人とするよう周囲に説得されたのだろう。そうすれば一応は丸く収まるからだ。
王妃になりたくないダンケッドとしてはこの結果でも全く不満はない。だが母の反応を見る限り、実家の人間はそう考えてはいないようだ。
「そうですね、少し調べてみます。問題が起きるようでしたら手を打ちますのでご心配なく。ですが母上は私に王妃になってほしいのですか?」
今までこうした話を母としたことはなかった為、少し興味深く思いつつ問うてみた。すると母は顔を曇らせた。
「今まではそう思っていたわ……けどツィーリエが殺されてしまったことを考えると複雑になるわ……他国に拉致されて殺されるなんて恐ろしい……王妃となるということはそれだけ命を狙われるということなのよね……そう考えると複雑だわ」
この母はダンケッドが軍人であることを失念しているのではないだろうか。戦場は常に命狙われる場所であり、命のやり取りをする場なのだ。だが母が心配してくれているため形だけ頷いた。王妃となることを積極的に応援されるよりもこうして複雑になってもらった方が都合がいいからだ。
「私もそう思います。ですが今のところバルドイーン殿下と結婚はする予定です」
「そうなのね。そうね、その方がツィーリエも喜ぶでしょうね」
そう言って母は優しく笑った。
……喜ぶだろうか。あの王妃の命を奪ったのはダンケッドなのだが。
直接刃を振るったわけではないが、信頼できる部下に殺すよう命じたのはダンケッドだ。そしてそれをダンケッドに依頼したのはバルドイーン。つまりツィーリエの息子だ。
しかしその事実を母は知らない。そのため、亡き友の息子と自分の子が婚姻することを無邪気に喜んでいる。亡き友の手向けになると信じているのだろう。
(無知は罪だというが……無知であることが幸せをもたらすこともあるのだな……)
ただし、こうして何もせずに暮らしていける貴族の妻であることが前提ではあるが。
「ツィーリエに弔いの曲を奏でようと思うの。聞いてくれる?」
「鎮魂歌ですか、ええ是非」
自分が殺した相手だ。さほど弔う気はないが母の奏でるハープの音色は好きだ。
物静かな曲を聴きながら、玉座はどちらの兄弟が継ぐのだろうかと思った。