蝶~夢境の鳥かご~


 翌日、アスターはダンケッドからの依頼を受け、少数精鋭で南方へと向かっていた。
 王妃と王子の救出依頼。しかし、ダンケッドは二人を事故に見せかけて殺すかもしれないと匂わせていた。当然ながらアスターは反対したがダンケッドの反応は思わしくなかった。こうなってくると気が進まぬ仕事である。そして表沙汰にもできない。更に言えば時間的余裕もない仕事であるため、地方にいる部下を呼び戻すこともできなかった。結果、自分自身が行くことにし、ちょうど居合わせていたレナルドにも同行してもらうことにした。良くも悪くもこういう仕事には最適だからだ。
 アスターとしてはこういう仕事に協力したくはない。だが力関係というものがある。新米の黒将軍であるアスターはノース、カーク、ダンケッドに逆らえない。正しくは逆らいにくい。そしてここで不仲になってしまったら今後の仕事に影響するのが目に見えている。いざというときに部下を守るためにも敵対しない方がいい。
 ちなみにアスター麾下の他の将軍位は誰も同行していない。今回は砦建設予定地の視察という名目で王都を離れるからだ。ただの視察に側近をゾロゾロと連れて行くわけにはいかない。
 そして数日後、無事、王妃と王子を見つけることが出来た。幸いにして、王妃と王子は暴行などは受けておらず、丁重に扱われていた。捕らわれていた場所は南国グロスデンに入ってすぐの所で今回の戦場にほど近い場所にある村だった。小さいながらもちゃんとした屋敷を宛がわれ、使用人もついていた。彼らはいざという時の取引の材料として捕らわれていただけであり、敵国の狙いは別にあるようだった。

(敵国の狙いがよくわからねえなぁ……まぁ難しいことはノース様に任せるか)

 徴兵出身の黒将軍という異例の出世で軍のトップとなったアスターは南の国が突然攻撃してきた理由にさっぱり心当たりがない。それぐらい現在のガルバドスと南の国には国力差が横たわっているのだ。
 アスターとレナルド、そして三名の部下で屋敷を取り囲んでいた敵兵を倒し、速やかに王妃と王子を救出する。二人の要人は当然ながら素直に従ってくれた。

「私はアスター黒将軍です。これからお二人を王都までお守りいたします」

 そう告げると王妃は満足そうに頷いてくれた。王妃である己を軍最高位につく将がわざわざ助けに来てくれたと信じ、満足してくれたようだ。
要人が機嫌良くいてくれた方が協力的で護衛もしやすい。今は敵国の入り口といったところだが、ガルバドス国内に入ればすぐにダンケッド軍と合流できる。彼らとはそれまでの付き合いだ。その後、王子と王妃が問題なく王城へ戻れるのかは判らないが……。
 そうして順調に帰路を踏破し、ダンケッド軍が見えてきたところでそれは起きた。襲撃を受けたのだ。上級印技による遠距離攻撃を受け、王妃たちが乗った馬車が破壊される。

「襲撃だ、気をつけろ!!」
「い、一体、何が……」
「王妃、王子、ご無事ですか!?」 

 無事なわけがない。そう判っていながら声を張り上げる。『お守りしようとした』『お助けしようとした』という名目が必要だからだ。
 馬車の御者をしていたのはレナルドだ。戦場慣れしている彼なら遠距離からの攻撃を受けても避けられるだろうと思って頼んだ。余計な死者を出したくなかったため、危険な役割だと判ってはいたが苦渋の決断で頼んだ。むろん狙われる危険性があることは伝えてある。レナルドはしっかりと印による攻撃を避けており、無事であった。
 そのレナルドが半壊状態の馬車の扉を開けて中をのぞき込む。そしてこちらを振り返り、首を横に振った。

(さすがダンケッド将軍の側近たちだ。完璧だな)

 これで王妃と王子は『敵国との戦闘に巻き込まれ、不幸にもお亡くなりになられた』という名目が立つ。第一王子の名誉も傷つかず、狙い通りの結果となった。
 気の毒なのは第十二王子だ。まだ十歳にもならぬ年齢だった王子は母親の不倫によって生まれ、それが原因で殺されたのだから。
 そして自分の名誉も大して傷つかない。自分は『公共工事の視察をしに行く途中に偶然王妃王女の誘拐を知り、協力することとなった』という立場だからだ。表向きはそうなっている。だからその救出に失敗したとしても戦場での出来事だから無理もないとして片付けられ、それほど名誉は傷つかないのだ。

(だとしても、こういうのはどうかと思うが……)

今回の一件でアスターはダンケッドたちの信頼を得ることが出来た。だが引き換えに王妃と王子の命が失われた。
 
(それにしても早い。まさか合流前に仕掛けてくるとは思わなかった……)

 恐らくは合流後、ダンケッドたちに王妃と王女の身柄を預けた後だと思っていたが違った。これは完全に計算ミスだ。そしてレナルドに危険性を伝えておいてよかったと冷や汗を掻く。合流後だと思い込んでレナルドに危険があるかもと伝えていなかったらレナルドも巻き込まれていたかもしれないのだ。

「あ、アスター将軍、どうしましょう」
「王妃様と王子様がっ……!」
「落ち着け、まだ戦いは終わっていない。ここはまだ戦地だ。早くダンケッド軍と合流するぞ。この件はダンケッド将軍に報告と相談をしてどうするか判断する」
「わ、判りました」

 真実を知らぬ三名の同行者は王族の死に動揺しているようだ。その三名を宥めながら、早めにダンケッド軍と合流するぞを伝える。三名は動揺しつつも馬車を最低限動くように修復してくれた。この三名は土木建築を得意とする兵であり、物作りの類いが得意なのだ。今回は砦建設予定地の視察という名目で動いたため、わざとこの三名を選んだ。彼らは新たに作られる砦の現場責任者として選ばれる予定だったのだ。否、そういう名目を信じてついてきていた。
 この三名は卓越した武術の腕を持っているわけではないため、わざと名目をつけて少し離れさせていた。おかげで巻き添えを食らわなかった。用心しておいてよかったとアスターは心底思った。
 何も知らぬ三名はダンケッド軍と合流し、王妃様が、王子様がと青ざめ、涙目でダンケッド軍の将たちに事実を伝えてくれた。彼らは真実を知らないため、演技ではなく素だ。だからこそ先方にもそのまま伝わったようだ。ダンケッド軍も真実を知るものはほとんどいないらしく、『何てことだ』『王妃様と殿下が!!』と青ざめて嘆いているようだ。
 アスターはというとレナルドと共に『ダンケッド将軍に直接報告する』という名目で三名から離れ、ダンケッド軍の本営となっている天幕へと向かった。レナルドは真実を知っているため同行させても構わない。
 そうしてダンケッドと対面するとダンケッドは『そうか……』と呟いて大きく溜息を吐いた。そして軽く片手を振る。それが人払いの合図だと判ったのはダンケッドの周囲にいた数名の青将軍、赤将軍らが天幕を出て行ったからだ。彼らも大半は真実を知らないようで、アスターの報告に青ざめたり、顔を強ばらせたりしていた。今回の戦いは王妃と王子を取り戻すこと、そして敵国の侵略を退けること。その二つが主目的だったからだ。王妃と王子の死はその目的の一つが失われたことになり、半分失敗という結果になってしまう。この事実は何も知らない側近たちには痛手に映ることだろう。

「感謝する、アスター将軍」

 将が出て行ってしまうとダンケッドは言葉少ないながらも実直に感謝を伝えてくれた。
 ダンケッドが無口な人物であることを知るアスターは静かに頷き返すことで礼を受け入れた。

「礼に望むことはあるか?」
「工事で邪魔をしてくる貴族を退ける手伝いをしていただきましたからこれで貸し借りなしということでいかがですか?」
「なるほど了解した。だがあの貴族、俺の名を出しても大人しくしなかったようだが」
「はい。それで軍を動かすことになりました。領主軍にちょっと痛手を与えてしまいましたが今後こういうことが多発すると困りますので」
「なるほど、確かに。今後更に揉めるようであれば俺が動こう」
「ありがとうございます。その時はお世話になります」

 ダンケッドが持つ上流貴族としての力はこういうときに助かる。アスターは平民出身で、貴族相手には分が悪いことが多いのでダンケッドやカークの助力は大変助かるのだ。
 やはり今回は協力して良かった。信頼する部下のマドックが悩んでいた一件を解決させることが出来た。今後更に揉めてもダンケッドが動いてくれるなら安心だ。揉めている相手の貴族もダンケッドが相手なら強く出ることはないだろう。それぐらい貴族としての力の差があると聞いているからだ。

「ダンケッド将軍、今回王妃が亡くなられたことでその御子である第一王子殿下は喪に服さねばならなくなると思うのですが……婚姻は延期になりますよね?」
「延期も何も具体的な予定が立っていたわけではないので特に問題は起きないな」
「あ、そうなんですね」
「それに王族、それも次期国王となる者の婚姻となると準備期間が非常に長い。年単位で準備することはザラだ。何ら問題はない」
「な、なるほど」

 それならダンケッド軍が解散なんてことはまだまだ先になるんだなとアスターは内心ホッとした。何故ならダンケッドの後任はカークだろうというのがもっぱらの噂だったからだ。
 ダンケッドは黒将軍に上がったとき、ノース軍から何人かの青将軍を連れて行った。つまりダンケッドの軍は元ノース軍の割合が高い。
 そんな軍であるのでダンケッド軍はカークが引き継ぐのが一番スムーズでは?と思われており、功績もずば抜けているのでそうであってもおかしくはないともっぱらの噂だったのだ。
 しかしアスターとしてはカークが黒将軍としての権力を握ったらどうなるか判ったもんじゃないと思ってハラハラだった。
 今はノースが抑え込んでくれているからマシなのだ。黒将軍になったらやりたい放題するんじゃないだろうか。それが心配だった。何しろそれぐらい破天荒な人物なのだカークは。
 ちなみにカークの部屋に飾ってあったベルリックの裸体の絵画は『モデルに返す』と説得してもらい受けた。カークはかなり気に入っていたようで渋っていたが、『ご本人じゃなくて絵を見て満足するなんてベルリック殿に失礼でしょう』と言ったら納得してくれた。
 その後本当にベルリックの元へ行って人払いをして絵画を渡した。もちろん絵画は大きな布にくるんだ状態で渡した。ベルリックは渡された絵画を確認して紅くなったり青ざめたりと大忙しだったがアスターには深くお礼を告げてくれた。やはりいろんな人間が目にする可能性がある場にこの絵画を飾られることに大変困っていたらしい。二度と飾らないよう説得しておいたと伝えたら『今度奢る、いや、奢らせてくれ』と涙目で言われて感謝された。
 ……こういう生真面目で冗談が通じなさそうな男がどうしてカークのような危険な男に引っかかるのか心底不思議なアスターである。しかしカークの側近兼愛人というのは真面目なタイプが多いのだ。心底不思議に思うアスターである。
 そんな真面目な側近たちに『いざとなったらノース様よりアスター将軍の方が頼りになるのでは?』と思われ始めているとは知る由もないアスターはとりあえずカークが黒将軍になりそうな状況が遠のいたと考えて安堵した。
 
「俺の後任が気になったか?」

 だがアスターの考えは見抜かれてしまったようだ。ダンケッドに率直に問われてしまった。

「いや、貴方の後任というかカーク様が黒になる可能性があるのかどうかが気になってまして……」
「さすがにそれはない。元々俺かカークだった。上がるのはどちらかのみで二人とも上がるのはあり得ない。俺としてはカークがなってくれた方がよかったな。黒は面倒だ」
「そ、そうなんですか?」
「絶対にどちらかはノースの元へ残らねばならない。そうでなくば守れないからだ。それはレンディも判っている。ノースが黒になった時、俺とカークをつけたのはレンディだ。ノースを守るために生まれ育ちがいい俺たちをつけた。他の側近たちでは武力はあっても政治的な意味合いで守ることはできない。黒という地位は目立ちやすいから俺かカークはノースの元へ残った方が周囲を牽制できる。だからカークがノースの元を離れることはないだろう」
「そうだったんですか……」
「他の黒将軍は問題がない。自分で自分を守れる者ばかりだ。だがノースはそうもいかない。幸い他の側近も揃ってきて陣容が増してきているから昔のような危うさはなくなったがそれでもカークは離れようとしないだろうな。アレは現状に満足しているようだから」
「そうですか、安心しました」
「俺が黒に上がった時、結構な戦力を貰って出てきたからな。今はノース軍もやや手薄になっている。その陣容を戻さねばならないわけでノース軍も余裕がないだろう。次の黒は別の軍から選ばれるだろうな」

 その説明は納得がいく内容だったのでアスターも納得した。
 
(まぁ次の黒が誰になるとしても俺にはあまり関係がないことだろうな。俺の側近から選ばれるとは到底思えないし)

 他の軍の青将軍の方が、経歴も実績も上だ。むしろ自分が何故黒を羽織ることになったのか、未だに理解できないぐらいには他の将の方が圧倒的に上なのだ。
 そう考えるアスターは将来、身近な人物が黒を羽織る運命となることを知らなかったため、暢気に他人事のように考えていた。