蝶~夢境の鳥かご~
数時間後、ノースは公舎にて元部下を迎えていた。
「ノース将軍、策が欲しい」
「ずいぶん率直な依頼だね」
公舎にやってきた元部下の言動に呆れつつ、ノースは思案顔になった。ダンケッドは長く自分の元で働いてくれた人物だ。そのことにノースは感謝している。そのため多少のアドバイスを送ることぐらいは何ら構わない。
「カーク以外は出て行け」
ダンケッドはそう言って人払いをした。ダンケッドは最近までノースの側近中の側近だった人物である。そのため今は他軍であっても従者や護衛は素直に従って部屋を出ていった。
ノースはダンケッドが人払いしたことに意外そうな表情になり、カークは反対に意味深な表情となった。
「今回捕らわれたのは王妃と第十二王子だ。その救出という名目で向かう」
「名目だと?主目的は違うということかい?」
「そうだ。救出しようとしたが手遅れだった……という結果になっても構わないとの仰せだ」
「何だと……?どういうことだ?」
「出来れば王家の血を引かぬ王子は片付けておきたいとの事だ」
「!!」
第一王子の母である王妃ツィーリエは十代前半でバロジスクに嫁ぎ、子を産んだ。それがバルドイーンとクリフト、そして第十二王子だ。第十二王子だけ『王の実子ではない』ことは公然の秘密となっている。
バロジスクは異性愛者だが誰か特定の女性を愛するということをしない王だ。そのため多くの子がいるがほとんどが腹違いで生まれている。そして女性はとっかえひっかえのため、子を産んで王宮を去った妾も多くいる。
そんなバロジスクは王妃の浮気にも寛容で、王妃が浮気相手の子を産んでも何も言わない。それどころか認知している。そのため『王家の血を引かぬ王子』がいるのも公然の秘密となっている。
完全実力主義の国王は実力さえあれば自分の血を引かぬ王子でも王位につけるつもりなのだろう。何しろ我が子に相応の実力がなかったら、レンディに王家を継がせると断言しているような王だからだ。
しかし次代の王と目されるバルドイーンとベルンストの考えは違うのだ。
「玉座を継ぐときに種違いの同腹の弟がいるのは困るというわけですか」
上流貴族の生まれらしく、カークの方が理解は早かった。
「浪費家の上、出来の悪い弟を溺愛しているのも目に余るのだろうな。今やあの王妃は完全にバルドイーンの足を引っ張っている」
ダンケッドはバルドイーンが母親の贅沢好きを愚痴るところを聞いたことがあった。
ノースは無言で渋面だ。彼は祖父が名の知られた軍師だったというだけで生まれ育ちは一般人というか平民に近い。平均よりは裕福な家庭だったようだが価値観は平民そのものだ。彼にとっては『母と弟』を邪魔だから殺したいと願うバルドイーンの考えが受け入れられないのだろう。
「ノース様、今回の話は我が軍にとってはいい話ですよ。バルドイーン様が玉座につかれた時、今回の件はとても価値あるものとなりますからね」
母と弟を殺したという事実は表沙汰にできない。だからこそ価値がある。今回の件に協力したらバルドイーンの大きな信頼を得ることが出来るだろうとカークは言っているのだ。
「協力しようがしまいが我が軍はバルドイーン様側じゃないか」
吐き捨てるように言って、ノースは深々と溜息を吐いた。
ダンケッドがノース軍の元幹部である以上、ノースが無関係や中立を叫ぼうが世間はノース軍をバルドイーン側だと見ることだろう。
そしてノース自身、ダンケッドと敵対するのは避けたい。彼は長くノースの良き力となってくれた。カークと共によき片腕として働いてくれたのだ、その恩義に報いたいという気持ちがある。
理性では協力すべきだと判っている。ただ感情が追いつかないだけだ。
「ハァ……こういう非人道的な作戦に協力するのは気が進まないな……。ダンケッド、君の願いだから協力するんだぞ」
「ありがとう」
「……何か事情がある気がする……国力差があるにも関わらず南の国が侵略してくる理由が……ダンケッド、余裕があれば現地をよく調べてきてくれ」
「……狙いは鉱石かもしれない」
「何だって?」
「南の国々との国境沿いにあるグートルーン山脈の一部で大変質の良い鉱石が採れると聞いたことがある。確かレンディ将軍が持つ武具にも使われていたはずだ。鋼を断ち切る威力を持つ武具を作れるのだそうだ」
「それは……重要だな……」
武具というのは重要だ。戦場での戦況を軽々と変えてしまうだけの力を持つ。遠い古き時代、青銅を使っていた国々が鉄を使う国に滅ぼされてしまったように武具というのは国の命運をも変えてしまうほどの力を持つのだ。
「その鉱石、ウェリスタ側でも採れる可能性があるのだろうな……」
かの山脈は隣国にも続いている。そしてその隣国と南の国々は争った過去がある。
そして隣国ウェリスタには鍛冶を得意とする紫竜がいる。あの竜は伝説級の武具を生み出したことで有名だ。他でもないカークの武具の一つが紫竜が作ったという武具なのだ。
「ダンケッド、その鉱石の情報はどこで手に入れた?」
「バルドイーン様から母君の故郷の話として聞いたことがあった。だが別に隠されてなどいない。知ろうと思えばすぐにでも知れるような情報だ。ただ有名でもない。あの地の主要産業は放牧であり、鉱業は盛んではない」
馬、牛、羊、山羊などが多く飼われている地域であり、特に馬は軍事大国であるガルバドスでは需要が高いため、高値で取引される。そのため、わざわざ山奥に行って採れるとも限らない鉱石を掘ろうという住人はいなかったのだ。
そんな説明を受け、ノースは納得した。ノースのような軍師タイプの軍人にとっては武具の素材というのはとても重要な問題だ。戦況を大きく左右する問題として重要視する。
しかしその土地に住む一般民にとっては家計を支えてくれる収入を優先するのは当然であり、採掘できるかどうかも判らぬ石よりも確実に金になる馬を育てる方を選ぶのは当然だ。
そして現在ガルバドス国では馬の需要が高い。つまりは高値で取引されるわけで馬を育てる方を優先するのは当然だろう。
「それよりもノース将軍、時間がない。早めに策を頼む」
「ハァ……判った。ただ……救出するにしろ殺害するにしろ、ダンケッドの軍と別働隊として動く部隊がいた方が作戦がスムーズに進む……。そして怪しまれないように偶然その地に居合わせましたという風を装った方がいい。つまり、うちやダンケッドの軍から別働隊は出さない方がいい」
「そうなるとアスター軍の出番ですね。彼らは青将軍時代から国内各地で公共工事をせっせとやっておりますから、見知らぬ地をウロウロしていたところでさほど疑われることはないでしょう。今も地方で砦を作っているようですしね」
「アスターをこんなことに巻き込むのは気が咎めるな……。だが彼の軍が最適なのは確かだ。アスターのところに別働隊を出してもらう前提で策を練ろう。それでいいか?ダンケッド」
「無論。……アスターには後日、質の良い骨董品をプレゼントしよう」
「ダンケッド、彼は甘いものが好きなようだ。質の良い茶と茶菓子をよく購入していると聞いている。そういった品の方が喜ばれるかもしれないよ?」
「ああ、そういえば彼は私の良き教えを守っているようなんですよ!彼の執務室にはティーセットが飾れる飾り棚がありますし、茶も幾種類も揃えているのですよ」
「あれは君の教えだったのかい、カーク。まぁアスターも楽しんでいるようだからいいけどね。そういうわけだダンケッド。菓子や茶をプレゼントすることをおすすめするよ」
「そうか。まぁ先方が喜んでくれるなら何でもいいが」
ダンケッド自身はアスターに深い関心がない。ただの同僚という認識だ。だから別に骨董品以外を送ることに何ら躊躇いはない。別に自分の趣味を押しつけようなどとは思っていないからだ。
そしてダンケッドは茶を飲むことが好きだ。そのためアスターが茶を好きだということに理解がある。ダンケッド自身、カークが入れる茶が好きでよく茶を飲みにやってくるからだ。
前回ダンケッドがアスターに黒将軍昇進祝いとして贈った品が大変曰く付きの彫刻だったため、アスター軍ではダンケッドの骨董品が警戒されている。そんな事実を知らない三名であったが、次の贈り物は茶と食べものとなることが決まったため、アスター軍には大変平和な決定となったのであった。