蝶~夢境の鳥かご~


 数日後、アスターは王宮へと向かった。カークが王宮内を案内してくれるというのだ。黒将軍になった以上、王宮へ行くことも増えるだろう。だから非常時に備えて王宮内の地図を頭に入れておけとのことだった。
 そんなわけでアスターは予定通りに王宮へ向かい、偶然にもノースを発見した。護衛はノース麾下のディルク青将軍のようだ。
 声をかけようとしたアスターは先にノースに声をかけた男がいることに気づいて止めた。どうやらノースとその相手は不仲なようで少々ピリピリした空気が伝わってくる。声をかけるタイミングを見失い、どうしたものかと思っていたら、突如、短剣を持った女性が物陰から襲いかかった。

「ノース様!!」

 少し距離があったため、アスターは声を張り上げて注意を促しつつ駆け寄ろうとした。護衛は当然ながらノースを庇うように動いたが、女性の狙いはノースと向かい合っていた男の方だった。短剣が吸い込まれるように男の体に刺さる。

「クリフト殿下!!ディルク、クリフト殿下をお助けするんだ!!」
「なりませんノース様!ノース様の身が最優先ですっ!!」
「馬鹿なことを言うな!王子を優先しろ!!」

 王族よりもノースの身を優先しようとするディルクをノースは叱責するがディルクは従わなかった。小柄なノースを庇うように抱いてその場から離れようとする。その間にアスターは女性に駆け寄ると短剣を取り上げて取り押さえた。

「アスター将軍!来ていたのか!」

 ノースがホッとしたように声を上げた。

「はい。カーク様に王宮内を案内していただく予定でした」
「ああ、あれか。すまないがこちらを優先してもらえるか?」
「もちろんです」

 カークとの約束を反故にすることになるが、他でもないノースの身に危険が生じたのだ。ノースを優先させても叱責されることはないだろう。カークは何よりもノースの身の安全を優先させるからだ。
 アスターが取り押さえた女性はもがきながら叫んでいる。

「王子が悪いのよ!!王子のためにあの人は命を落としたのに!!王子を助けるためにあの人は斬られたのに!!その後遺体を捨て置いて、ねぎらいの言葉すらなく放置するなんて!!王子が死ねばよかったのよ!!」

 アスターには一体何のことかさっぱり判らなかったが、ノースには心当たりがあるようだ。顔色が悪い。そんなノースを気遣うようにディルクが心配そうな様子を見せている。
 ここは王宮であるため騒ぎを聞きつけて続々と人が集まってくる。

「誰か、カーク青将軍を呼んできてくれないか?アマーリエの中庭というところにいらっしゃるはずだ」

 そこで待ち合わせていたから彼がそこにいるのは間違いない。
 黒将軍は国王に次ぐ地位だ。アスターの要請に従い、すぐに人が走って行った。これでいい。カークが来てくれれば安心してノースを託すことができる。
 そうして待っている間に王宮の官たちが次々に頭を下げる、そんな要人がやってきた。年齢は二十代後半から三十代前半といったところだろうか。つややかな黒髪に意志の強そうな鋭い眼差しをした、隙のなさそうな男性である。

「ノース、無事か!?」
「バルドイーン殿下」

 どうやら世継ぎ候補の一人である第一王子バルドイーンであったらしい。アスターも慌ててノースと同じように一礼をした。

「狙いは私ではありませんでした。以前ダンケッドの刃からクリフト殿下を庇った臣下がいましたがその臣下の身内だったようです。殿下を庇って命を落としたのに殿下はねぎらいも何もなかったと恨んでいたようです」
「なるほど……クリフトは己の行いで恨まれて刺されたわけか。普段の行いの悪さが出たな……。ところでノース、こちらが新たな黒将軍であるアスター将軍か?」
「はい、そうです。以前私の軍に所属していた時期もありました」
「お目にかかれて光栄に存じます。アスターと申します。ダンケッド黒将軍からの依頼で今後、殿下のお近くに護衛を置かせていただくかもしれませんがよろしくお願い致します」
「何だって?どういうことだ?」
「ダンケッド将軍が殿下とのご婚姻を考えておられるようでその準備のためではないかと……手伝いを頼まれました」
「何だって!?ダンケッドは私との婚姻を前向きに考えてくれていたのか!」

 とても嬉しそうな様子の王子にアスターは面食らった。寝耳に水といった様子だが大変嬉しそうな表情だから悪い結果にはならなかったようだ。

「それは本当か?アスター」

 どうやらノースも知らなかったようだ。驚いている。

「はい。先日ノース将軍の公舎でカーク将軍、ダンケッド将軍とお会いした時にその話題となりました。ダンケッド将軍は結婚を考えてはいるものの王宮内に入ることに悩んでおられました。王妃となることに不安があられるご様子でしたよ」
「そうだったのか!ダンケッドを心配させて不安にさせるなんて私が至らぬ証拠だな!愛するダンケッドの不安を取り除いてやらねば!」
「ええ、是非。それで護衛は許可いただけますでしょうか?ダンケッド将軍がご心配なさってます」
「ああ、もちろんだ、許可する!」

 王子はよほど嬉しかったのか満面の笑顔で許可を出してくださった。
 よかった、王子ご自身から許可を頂けた。これで堂々と王宮内に諜報員を護衛という名目で送り込める。これでカークからは喜ばれそうだ。