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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(15)


結局、建物はカークが手配してくれた神官によって徹底的に清められることとなった。

「何事にも得意分野というのがあるんですよ。神官は場を清めるのが得意です。死人使いはどちらかといえば、死者と語り、死者と遺族を取り持つ役割ですから、一般霊を見送る葬儀の方が向いています。彼らは本来、死者と戦うための職ではないのですよ」

清めの代金はきっちりと貰いますよ、とカーク。
前に甘い一夜と言われたことを思いだし、本当に金銭で済むのだろうかとアスターは少々恐ろしく思った。

「レナルド赤将軍はずいぶんと腕のいい死人使いですね。あれほどの邪霊に取り憑かれて、昏倒するだけですんだのですから」

弱い死人使いだったら、肉体を乗っ取られて、生気を負の気に食われて死んでしまっただろうとのことだ。
それを聞いてゾッとしたアスターである。

「そういえば運命の相手がいらっしゃったんですね」

何気なく問うたアスターは、黙り込んだカークに内心慌てた。何かまずいことでも問うてしまったのだろうか。

「そうですね、彼は私の運命の相手の一人です。……アスター、貴方はねじ曲げられた運命をどう思いますか?」
「ねじ曲げられた運命ですか……」
「自ら選んだ人生ではなく、他人によって強制された人生です」

アスターは建築士という道を選べなかった己の人生について言われているような気がして黙り込んだ。

「私にはかつてもう一人運命の相手がいました。私の緑の相手です。彼は土の印を持った少年でした。大変明るく快活で私を純粋に慕ってくれたよき相手でした」
「……その人はどうなさったんですか?」
「その子の両親によって当家から連れ出されました。私の両親が追っ手を差し向けたようですが国内では見つかりませんでした。恐らく他国にいることでしょう」
「そうですか……探してみましょうか?」
「探す、ですか………ふふ、他国まで探すことは考えたこともありませんでしたよ。オマケに大昔のことですしね……ふふ……相変わらず意外性の高い人ですね、貴方は」
「いえ、あの……」
「いいんですよ。もう終わったことです」
「そうですか」
「私の二人の相手はどちらも幼き頃に運命をねじ曲げられたのです。しかし私はどうしてやることもできませんでした。それが私の罪なのです」

カークの表情は変わっていない。淡々と話している。
ねじ曲げられたとは実家によってだろうか。
しかし、滅多にこのような話をしない人物だ。内心かなりの思いが渦巻いていることが察せられた。
己に話してくれたことはカークからの信頼によるものだろう。そしてようやく対等に見てくれているのかもしれない。地位ではなく人としてだ。

「カーク様。俺は建築士になりたかった。しかし今ここにいます。いろいろありましたが、俺は運命をねじ曲げられたとは思ってません。いや、全く思っていないとはさすがに俺も言い切れませんけど、どんな事情があれ、運命ってのは自分で選び取るものでしょう。嫌なのであれば抗うべきであり、必死に行動すべきでしょう。それを無抵抗で受け入れたのであれば、悪く言えば自業自得、よく言えば一つの選択と言えるのではないでしょうか」
「……それが子供であっても?」
「うーん、さすがにそれはどうかと。ですが、その後どう生きるかは子供次第ですよ。人生は自分の足で踏みしめて生きるもの。いつまでも大人のいいなりになるものではありませんから。困難な道を切り開くのも自分自身です」

アスターが自分なりに考えて答えると、無言で聞いていたカークはクッと笑い出した。

「……貴方は本当に健全で純粋な心を持っていますね、眩しいほどですよ。レンディが惹かれるのも判ります」
「え、坊が何ですか?」
「レンディは私の大切な友です。泣かせたらお仕置きしますよ、アスター」
「ええ?なんでここにレンディがでてくるんですか、カーク様っ!?坊は俺にとっても大切な友人ですから泣かせたりしませんよっ」
「……友人ですか、レンディも前途多難ですねえ……。アスター、貴方は黒将軍です。人前ではちゃんと私の名は『様』づけで呼ばないで下さいね」
「き、気をつけます」
「今度私の屋敷で漢の筋肉パーティを開くのですが、招待状を差し上げますのでぜひ参加してくださいね。レンディも呼びますから」
「へっ、坊も?じゃあ行きます!楽しみです」
「楽しみにしていますよ。それじゃ失礼します」

当のレンディによってパーティが阻止されることになるとは想像もせず、カーク宅のパーティを楽しみにするアスターであった。