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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(14)


ザクセンがカーク達と共に建物を出ると、真っ先にギルフォードが駆け寄ってきた。
その後を追うようにノースやアスターらが寄ってきた。

「レナルド!!」

ザクセンが肩からレナルドを下ろすと、ギルフォードが受け取り、抱きしめた。
心臓の音を確認するかのように胸に耳を当て、涙をにじませる。

「レナルド、レナルド、よかった……!」

ギュッと抱きしめるその様子を見つつ安堵したのはアスターたちも一緒だ。

「ザクセン、レナルドは大丈夫か?」
「気を失っているだけだ。ゆっくり休ませれば大丈夫だろう」
「そうか、よかった。ええと、清めってのはしなくていいのか?教会へ連れて行こうか?それともカーク青将軍がしてくださったのか?」
「おい……猫がいただろうが」
「猫?猫ってレナルドが連れてきた猫のことか?」
「その猫だ。覚えておけ、死人使いってのは、大抵、死した協力者が傍にいる。そいつらは生きた死人使いに協力している連中だが、清めも行える。その猫に任せておけば大丈夫だ」
「ええ!?あの猫、死んでるのか!?暖かかったんだけどよ!」
「生きた猫に死んだヤツが取り憑いているだけだ。よくあるパターンだ」

レナルドには同族の霊が協力しているのだが、死人が見えないアスターたちには判らなかった。
そのため、一旦その猫がいるアスター軍公舎へとレナルドを連れて行くことになった。

「ノース様、カーク青将軍、ありがとうございました」

うん、と言うようにノースは頷いた。大して気にしていないというようにあっさりしている。
一方のカークはふふっと笑い

「一つ、貸しですよ、アスター将軍」

期待していると言わんばかりである。何をさせられるのか恐ろしい。
実に対照的な反応であった。

「ギルフォード黒将軍、レナルドですが一旦連れて帰ります。のちほど連絡いたします」
「ああ、頼む」

ギルフォードはレナルドから離れたくなさそうだったが、彼は一軍の将だ。仕事が残っているのでスターリングと共に一旦公舎へ戻るという。早朝からこの建物に来たが、まだ昼前なのだ。

「今回はありがとうございました」

アスターは改めて二人に礼を告げると、部下達と共に己の公舎へと戻った。

++++++++++

アスターが己の公舎の自室へ戻ると、ベッドの上で丸くなっていた黒猫がすっ飛んできた。
意識を失ったままのレナルドをソッとベッドの上に下ろす。
アスターの足元をウロウロしていた黒猫はベッドの上に飛び乗ると、前足でツンツンとレナルドの額を突いた。
一体何をしているんだろうか。これが清めとやらなのだろうか。
不安に思いつつアスターは問うた。

「あー、猫さん、レナルドは大丈夫ですか?」
「猫相手に何を言ってるんだ、お前は……」
「だってよ、ザクセン。どうしたらいいか判らねえじゃねえか。もし、レナルドが目覚めなかったら……」
「大丈夫」

慌てて振り返るとレナルドが目を覚ましていた。

「レナルド!心配したぞ、大丈夫かっ!?」

うん、と頷いたレナルドは軽く顔をしかめた。

「ちょっとダルい」
「大丈夫なのか?」
「休めばいいだけ。家に帰って寝る」
「それってどっちだ?」
「兵舎」
「じゃあ、ギルフォード黒将軍にはそう連絡しておくぞ?ずいぶん心配なさってたからな」

うん、と頷いたレナルドはそのまま部屋を出て行った。

「あいつ、ギルフォード黒将軍の部屋に帰ればいいのに」

週の半分以上はギルフォードの部屋の方へ帰宅しているレナルドだ。てっきりそうするんじゃないかと思っていたが違った。

「獣みたいな男だからな」

空いたベッドに寝転がりつつザクセンが笑う。

「レナルドが?」
「獣は弱った姿を見られるのを嫌う。あの男は本能的に生きているようなところがある。体力が戻ってからしか、恋人のところへは行かないだろうよ」
「うーん……けど俺がギルフォード黒将軍の立場なら、心配だからレナルドの所へ行くと思うぞ」

アスターの意見にザクセンはクッと笑う。

「あぁ、大変不本意ながら、人は一人じゃ生きられねえ。そこが人間と獣の違うところだ。あの男もそれは判っているだろうよ」

ザクセンは長寿をもたらす光の印の持ち主であるが故に、印の力を調べようとする貴族等などに狙われ続けてきた過去を持つ。彼の極度の人間不信はそこから来ている。
ザクセンは人間が嫌いだ。それでも一人では生きられない。そのことを嫌というほど知っている。

判っていても弱っているときは素直に恋人の元へは行けない。本能的に避けてしまう。
それでも恋人が来たらその手を受け入れるだろう。
その辺りの矛盾した部分が己とレナルドは似ているのだとザクセンは思う。

ザクセンは自分とアスター以外の人間が好きではない。
そんな中、レナルドのことは好きでも嫌いでもなく、比較的マシな部類として振り分けてある。
ザクセンに深入りしてこず、アスターとも友人で恋のライバルにはなり得ない存在。付き合っていて非常に楽な部類なのだ。

「あ、猫さん!レナルドと一緒に行かなかったのか!?レナルドが心配なんだけどよ!」
「……もう清めは終わったんじゃないか?だがその猫がウザいのは同感だ。部屋から追い出したらどうだ?」

フーッと唸る猫とそんな猫を睨むザクセンに困るアスターであった。