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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(12)


早朝、朝日が昇ると同時にアスターらは建物の前に集まった。

「準備おっけ〜だよ〜、アスター黒将軍」

空中に浮いた状態の騎士から軽く手を振られる。
建物全体を印の技で覆ったのだ。
普通、こういった大規模な防御陣は土の印で行うのだが、他の印もできないわけではない。今回は霊に強い風の印で防御陣を引くことになった。
土以外の防御陣は難易度が高い。その上、大きな建物全体を覆うのだからかなりの難易度になる。
その問題はスターリング&ギルフォードの部下たちとアスターの友人ウィルフレド青将軍のおかげで解決できた。ウィルフレドが同居人兼元上官を連れてきてくれたからだ。
その人物、リーチ元黒将軍は風と炎の上級印持ちで完全な印使いだ。
印の技によって地位を極めた彼は、風と炎の印に関しては極めて優れた腕を持っている。今回の防御陣も中心となって力を振るってくれた。彼がいなければ、陣を敷くのに手間取ったことだろう。この技は調整と維持が難しいのだ。

「ありがとうございます」
「礼はウィルフレドに。それでいいよ〜」

隠居生活中だというリーチだが、その腕は落ちていないようだ。実に勿体ないと思うアスターである。彼が復帰してくれるなら是非、自軍に入って欲しい。
しかし、当人はウィルフレド以外、眼中にないようだ。難易度の高い陣を敷きながらも視線はやや離れたところで陣を維持する手伝いをしているウィルフレドしか見ていない。相手を視線が合えば投げキッスを飛ばしている。呆れるほどラブラブで、呆れるほど余裕があるようだ。
その様子を見つつ、アスターは珍しく神官服を着ているカークに近づいた。神官服は白に金糸の縁取りが美しい豪華なものだ。容姿の良いカークが着ると大変映える。

「カーク青将軍、お気をつけて」
「ええ、頑張ってまいりますよ。報酬は甘い一夜で結構ですからね」
「は?……ええと……」
「アスター、真面目に考えなくていいよ。カーク、他の黒将軍に手出ししないように。悪戯が過ぎるようなら君の部下をアスターに貸し出すよ」
「えっ?」
「何て酷いことをおっしゃるのですか、ノース様ッ」
「頑張ってくれたら、君が行きたがっていたミュージカルの日に休みをあげてもいいんだけどね」
「それは頑張らないわけにはいきませんね」

カークはブレスレッドのような輪っかが上部にたくさんついた杖を手にしていた。杖の本体は銀色で、先端の輪も銀だが、キラキラと輝く宝石がたくさんついた派手な品だ。そして至る所に呪らしきものが刻まれている。
ずっと顔色悪く無言だったギルフォードはカークの持つ品を見つつ、不安げに口を開いた。

「大丈夫か?」
「ええ、もちろんですよ」
「闇の印じゃないと厳しいとレナルドが言っていた。神官の手に負えるレベルではないとも」
「ええ、そこらの神官ならば確かに無理でしょう。ですが、過去、多くの建物の浄化をしてきたのは誰だと思っているのです?神々への大きな儀式をこなしてきたのは神官なのです。闇の印持ちが裏を守っているのであれば、表を守っているのは神官。どちらが欠けても世界は成り立たないのですよ」

カークは複数の宝石を手にしていた。指輪やブレスレッドなどあらゆる装飾品に宝石がついている。
華美な品を好むカークだが今日身につけている数は異常なほどだ。
視線に気付いたのだろう、カークは笑んだ。

「闇の印使いは鈴を使うそうですね。我々は宝石を使うのですよ」
「宝石……」
「宝石は悪しき気を貯め込みやすい。だからこそ邪霊が好むのですが、それを逆利用します。これらの宝石には最初から術が組み込んであります。邪霊の持つ負の気を吸い込んで出せぬように。そうして邪の持つ力を削っていきます。邪霊が弱体化したら浄化するなり封じるなり、状況に応じて片付けますよ」

カークのやや後方に白を基調とした神官服姿の男の姿があった。
やや濃い色の肌に対照的な銀色の髪をした細い目の男だ。
こちらの男も額や耳朶などにたくさんの宝石が使われた装飾品をつけている。やはり手にしている物はカークと同じタイプの杖だ。

「では行きますよ、シイリー、ザクセン青将軍」
「はい」
「判った」
「待て、私もっ……」

レナルドを案じるギルフォードが後を追おうとしたが、ノースは首を横に振った。

「人数は少ない方がいいらしい。ここで待っておいた方がいい」
「だがっ!」
「止めておけ」

スターリングがギルフォードを留める。

「三人だけで行くのか!?」
「カークが少人数の方がいいと言うものでね。彼はふざけた男だが、仕事において、私の期待を裏切ったことはない」
「だがっ……カークは本職の神官ではないだろう?本当に大丈夫なのか!?」
「彼はすぐにでも現当主を継げるだけの実力があるらしいよ。実際、カークの実家からは何度も戻ってこいという催促を受けている。神官として働いている弟妹がいるというのにね……」

カークの弟妹はカークと同じ両親から生まれているという。
同じ濃さの血を持ち、素直に神官としての道を歩んでいる弟妹がいるのに、現当主は後継者としてカークを望んでいるという。
そしてカークの実家は代々長子が家を継いできたというわけではない。家を継ぐに相応しい能力を持つ者が継いできたのだ。
実力主義の家において、カークが後継者として望まれる理由。それだけカークの能力がずば抜けているのだろう。

「あの男は?」
「カークの水の印の相印の相手らしいよ」
「カークは運命の相手がいたのか!」
「カークの家は儀式の関係で相印の相手を重視する。カークは緑、風、水のうち、緑と水の相手が見つかっているらしい。あいにく緑の相手は行方知れずだという話だけどね」

ノースが見たところ、能面のように無表情な男をカークは嫌っているようであった。
しかし、その運命の相手の方はカークの命令には殆ど二つ返事で従っていたから、カークが一方的に嫌っているように感じられた。
よほど実家が嫌いなのか、それとも運命の相手が嫌いなのか。いずれにせよ、少々カークの運命の相手が気の毒になったノースである。
しかし、同じ運命の相手でも緑の相手は大切に想っているらしい。行方知れずだというその運命の相手のことはカークが大切な人ですと言っているのを聞いたことがあるのだ。
もっとも、子供の頃の話だというので、ただの良き思い出のようではあるが。
ダンケッドとカークはどちらも大貴族の出身だ。
両方とも家をでているが、実家との関係は断ち切れていない。二人の様子を見ていると、断ち切れぬだけの理由があるのだろうと察せられる。

ギルフォードは恋人を案じて少々落ち込んでいるようだ。
そんな相方の隣に立つのはスターリング。
彼は食べかけのサンドイッチと飲みかけのコーヒーを相方に勧めて微妙そうな顔をされていた。
スターリングなりの慰めだったのだろうが、やり方が悪い。

ちらりと隣を見ると、ノースの側近であるディルク青将軍が部下に守りを固めろと指示を出しているのが見えた。
振り返ると、建物を囲む塀の外に野次馬が集まっているのが見えた。門近くに集まって、中を見ようとしている。
黒将軍が四人も集まっているため、何事だと近くの住民が集まってきたのだろう。
ただでさえ人口の多い王都の中心付近にある建物だ。立地条件のよさが少々徒になったようだ。
何かあってはならないから追い払おうかと思っていると、アスターが動いた。彼は部下であるホーシャム赤将軍に命じたようだ。
一般兵から赤将軍まで登り詰めた経験豊かな老将は威圧感を与えることなく住民らに声をかけ、うまく説得したようだ。住民等はゆっくりと建物周辺から離れていった。
さすがはアスターだな、とノースは思う。彼は人選がうまい。どういうときにどういう人物を使うのが一番いいのか判っているのだろう。これは人の上に立つ資質として大切な部分だ。
個人としての戦闘力は他の将に劣るかもしれない。しかし、人を動かすのがうまい彼は十分、一軍の将としての資質を持っている。