一方、アスターはザクセンと共にスターリング黒将軍の公舎に来ていた。元デーウス将軍の公舎だったところだ。近くにはギルフォードの公舎もある。この二人の公舎は徒歩圏内にあるのだ。スターリングの公舎の窓からギルフォードの公舎が見えるほど近い。
アスターが案内されたのはやや豪華な客間だ。高位の人間と会うときに使用されているらしい。同様の部屋がアスターの公舎にもある。
すっかり暗くなった外をガラス越しにみていると、スターリングがギルフォードとジオン青将軍を伴い、入ってきた。
「待たせたな」
「いえ、今回の一件、ご迷惑をおかけしたのはこちらの方なので」
すでに一通りの話はスターリングの部下から聞いていた。
「教会を動かせなかった」
「教会を?」
「邪霊に対峙するのだ。死人使いでダメなのならば、あとは教会しかなかろう。だが動かせなかった。粘ってみたんだが」
スターリングは憮然としている。ギルフォードはずっと無言だ。最初にアスターに挨拶しただけで黙り込んでいる。無表情すぎて怖いほどだ。
教会は出産に伴う赤子への祝福の他、結婚や一般的な葬儀も担当している。豊穣を願ったりするなど季節の行事も行っていて、人々の生活に密着しているのが教会だ。
そしてその教会は建物の浄化なども行っている。本来、『幽霊が出た!』と駆け込むのは教会だ。死人使いへの依頼の方が珍しいぐらいである。
「黒将軍の依頼でも動いてくれないんですか……理由は?」
「あの建物のことは教会内では有名らしい。手出し無用と上から指示がでているという」
「上から……」
「王都に住まう最上位の大司祭にも会った。無理だと丁重に断られた」
「無理!?」
「浄化を試みて、過去に幾人も死者がでているそうだ。記録も見せてもらった。数十年の間に高位神官が数名、一般の神官は十人以上死んでいる。そのため、教会はこれ以上動かないと言い張られた。亡くなられた先代からの遺言だそうだ」
そこへノック音が響いた。ノース黒将軍がいらっしゃいました、との伝令の報告に、こちらへ案内せよとスターリングが応じる。
そう答えるのが判っていたのだろう。伝令は最初からノースを案内してきていたようだ。すぐにノースがカーク青将軍を伴って部屋へ入ってくる。
この二人が共に行動しているのは珍しくないため、アスターも驚かなかった。
珍しいのはカークの機嫌だ。いつも静かな笑みを浮かべている男が今は露骨に不機嫌さを隠していない。ピリピリとした不機嫌さが伝わってくる。
「ノース黒将軍、カーク青将軍、ご足労感謝する」
シンプルに挨拶した後、さきほどと同じ説明をスターリングが繰り返す。
無言で聞いていたノースは用意されたソファーに座りつつ、応じるように頷いた。
その隣に座ったカークは無言だ。しかし話はちゃんと聞いているようだ。
ギルフォードは相変わらず無表情でスターリングの隣に座っている。ときどき、ポンとスターリングがギルフォードの腕を手の甲で叩いているところを見ると、無言の会話が交わされているようだ。
「いずれにせよ、手段は一つしかない。教会の力を使うことだ」
死人使いを探すには時間が足りないからね、とノース。
「霊には闇の印と風の印しか使用できないという。しかし、死人使いを探すには時間が足りない。それも強力な邪霊がいるとなると強い力を持つ死人使いを複数人探す必要があるだろう。今回は間に合わない。だから死人使いに助力をお願いするという案は却下だ」
そうなると教会を頼るしかない、とノース。
「だが教会には断られたぞ。無理矢理、動かすのか?」
「それも考えたんだが、今回は違う。カークの家の力を借りる」
「大変不本意ですがね。この貸しは大きいですよ」
カークの実家は南西の大貴族で、この国の神官や司祭の頂点に立つ家だ。そしてカーク自身はその家の長男なのだ。
カークは実家を出ているが、断絶しているわけではないという。ただし、仲が良好というわけでもないらしく、機嫌の悪さはそこから来ているようだ。
「だ、大丈夫ですか?もしカーク様にまで何かあったら俺は……!」
あの公舎では過去、何人も神官が死んだというのだ。本当に大丈夫だろうか。
そう案じつつアスターが問うと、カークはコロリと機嫌を直した。
「おや、可愛いことを言いますねアスター。私を誰だと思っているのです、大丈夫ですよ」
「で、ですがっ……」
「大丈夫ですよ、さすがに一人で行くわけではありませんから。ザクセン青将軍、ついてきていただけますか?」
「仕方ねえな……」
「ザクセンを!?」
「光の印使いは絶対に取り憑かれませんから」
浄化もできないが、取り憑かれることもない。それが光の印使いだという。
「ザクセン、レナルドを頼む」
「あぁ」
めんどくせえな、と言いつつもあっさりとザクセンは引き受けてくれた。