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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(10)


アスターの部下であるマドック青将軍は困っていた。
例の貴族の領地に小さな砦を作らねばならないのだが、領主の妨害が入り、工事が進まないのだ。
事を大きくしたくないため、やんわりと苦情をだしたのだが、相手は全く聞く耳持たぬ状態だ。
そしてその領主は元々、何代か前の黒将軍であることが判った。引退後に領地を貰って、隠居生活を送っているタイプの将というわけである。この手のタイプの人間は間違いなくプライドが高く、横やりを入れられることを嫌う。ますますやりづらい。
現場を担当している赤将軍には何とかしてくれと泣きつかれているが、マドック自身も困っている。こういう場合どうすればいいのだろうか。
そして、マドックが抱えている仕事はこれだけではない。昇進に伴い、山のような仕事がある。こればかりにかかりきりになっていられないのだ。
思わずため息を吐いていると、部下が入ってきた。主に伝令に使っている若い騎士だ。

「マドック青将軍!アスター黒将軍がお呼びです。緊急会議のため、大至急、将軍位用会議室へ集まるようにとのことです!」
「判った」

アスターが『大至急』集めるというのは珍しい。大抵は時間指定で行われるのだ。

「ふむ。何かあったかな?」

何分、多忙のため心当たりがありすぎる。さっぱり予想がつかないマドックであった。

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マドックが会議室についたとき、集まっている将は半数といったところだった。
すでに小袋に入った焼き菓子のようなものが各席の前においてあり、例の不気味な像の前にもしっかり『お供え』として置かれている。
ホセはまだ来ていないようだ。となると、この焼き菓子は購入品なのだろう。

「可愛い菓子だね」

茶色の袋には可愛い花のスタンプが押されてあり、愛らしいリボンで封をしてある。中の焼き菓子は一口サイズの星や花の形のものが数個ほど入っているようだ。
女将軍のカーラは菓子をつまみつつ、どこの店かしらと興味津々で呟いた。

「アスターなら知っているのではないか?」
「そうね、たぶんこれもアスターよね」

他の将も時々差し入れを持ってくるが、もっとも持ち込み率が高いのはアスターだ。
軍のトップがしょっちゅう持ち込むものだから、他の将も気軽に持ってくる。結果、アスター軍の会議には高確率で菓子がでてくる。
そしてアスターが持ち込む菓子は毎回違う。ちょっと高級品といった感じの凝った菓子を持ってくるのでこの男はよほどの甘党かと思っていたら、『坊が気に入ってくれる菓子』を探しているらしい。感想を聞かれるのはそのためであるらしかった。皆が呆れたのは言うまでもない。

「最近はどうだ?」
「そうねえ、隊の編成で……」

お互いに近況を話していると、従卒がお茶を持ってきてくれた。
青将軍に上がったマドックだが、カーラ赤将軍とは公の場以外では対等に話す仲だ。
長年、同僚として力を合わせて戦場を生き抜いてきた。深く信頼し合っている。
ちなみにカーラは現在シプリ麾下だ。そのため、お互いの情報が入って来にくいのだ。
そうしているうちに円卓が埋まっていく。
公舎の外にでていた将軍もいたようだが、『大至急』で集められたせいか、慌てたように駆け込んできた。
将が八割ほど集まったところで軍師のホーシャムが書類片手に入ってきた。

「ふむ。お集まりのようじゃな。では理由を説明しておく」

シンと静まりかえった会議室で語られた理由に驚きの声が上がった。
同時にレナルドを案じる言葉が飛び交う。

「それでアスター黒将軍は?」
「スターリング黒将軍に呼ばれたため、ザクセン青将軍と共にあちらの公舎に出向いている」
「どうするつもりなんだろ……」
「正直、見当もつかぬのぅ」
「この手のことにもっとも詳しいのがレナルドだったからね」
「そういうわけじゃ。経験談もしくは有効な手だてがあるものは教えてほしい」

しかし、手は上がらなかった。誰も思いつかないのだろう。
邪霊という存在はそれほど日常では縁がない存在だ。
存在していることは知っていても、見たり触れたりする機会がないのである。
一般人の邪霊とのかかわりは、せいぜい、ちょっとした雑談や酒の話題になる程度でしかない。

「報告は以上じゃ。後はアスター黒将軍が戻り次第、追って連絡する。各将はすぐに連絡が取れるようにしておくようにお願いする。夜は邪霊の方が有利なため、動くのは早朝以降になるだろうとのことじゃ」

了解という声を聞きつつ、ホーシャムは解散を告げた。
将たちは、霊に関することとレナルドを案じる会話を交わしつつ会議室を出て行く。
その様子を見ていたホーシャムはカーラに声をかけられた。

「ホーシャム赤将軍、このお菓子、どなたから?」
「アスター黒将軍が会議で配っておいてくれと従卒に言っておったぞい」
「やっぱりアスターなのね。美味しかったわ、バターの風味たっぷりで」

部下に霊に詳しい子がいないか調べてみるわねと言いつつカーラは会議室を出ていった。

「はあ……レナルドもだけど兄貴も心配だよ。バカな人じゃないんだけどさ……大丈夫かな。スターリング黒将軍がちゃんと抑えててくれればいいんだけど」
「ふむ。そなたも行くか?」
「兄貴のところに?遠慮するよ。ハッキリ言って俺も今自分が冷静かどうか判らないんだよね。兄貴に引きずられかねないから止めておく。留守をきっちり守る方に専念するよ」

シプリは、自分の状態と役割を冷静に判断しているようだ。さすがじゃのぅとホーシャムは内心感心した。
どんなときも冷静に判断できる人間というのは少ない。ホーシャムの知る限り、それがもっとも出来ている人間はアスターだ。それは戦場でさんざん見てきたので知っている。
そのアスターも今回はかなり狼狽していた。報告時に居合わせていたザクセンに何か言われてすぐに自分を取り戻していたところはさすがだったが。

(無事だといいがのぅ……)

さすがのホーシャムも霊関係はさっぱり判らない。
ただ、ザクセンは少し知識があるようで、アスターに何やら助言していた。それが有効に働けばいいがと思う。
そしてレナルドの影響の大きさに気付いて、ホーシャムは少し感心した。レナルド一人が行方不明になったことでアスター、ギルフォード、スターリングという三人の黒将軍が動くのだ。恐らくアスターは他の将にも助力を頼むだろう。そうなると元上官であるノースとアスターが懇意にしているレンディも動く可能性がある。赤将軍一人のために。豪華すぎるほど豪華な援軍だ。

(人脈だけは豪華じゃの、うちの軍は)

その人脈を有益に使わねばならない。何しろ上級印持ちが少ないのだ、うちの軍は。

(そういえば上級印持ちがいたのぅ。アスターの友人に)

ウィルフレドという名だったか。上級印持ちの青将軍だ。
以前はリーチ元黒将軍麾下にいたという人物で現在はフリーだという。そのため、いざというときは呼ぼうかとアスターと話をしていたのだ。
彼は風の上級印持ちだった。助力を頼めるのではないだろうか。

(ふむ。呼んでおくか)

ウィルフレドを呼んだことで更に豪華な援軍がついてくるのだが、このときのホーシャムは知るよしもなかった。