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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(9)

スターリングは建物の入り口近くで椅子に座り、書類を読んでいた。若い副官のノモスが書類を片手に追いかけてきたのだ。
こんなところで書類仕事をしろというのかと苦情を継げると、ノモスはご丁寧にも簡易テーブルと椅子まで兵に運ばせ、ペンと判も持ってきた。
さすがに機嫌を損ねたスターリングだったが

「パンと飲み物でも買ってくるから頑張れ、スタちゃん」

タヴィーザがそんなことを言って、近くのパン屋からサンドイッチとコーヒーを買ってきてくれたので、傾いた機嫌はあっさりと直ったスターリングである。
そうして恋人に見守られつつ書類仕事をしていたスターリングだったが、その静寂は唐突に破られた。
扉を蹴破るように飛び出してきたのはカミールとギルフォードだ。同行したはずの将たちを背負っている。
何か不測の事態が起きたのは明らかだ。

(二人やられたか)

眉を寄せるスターリングはギルフォードたちの背後に見える黒い霧のようなものに気付いた。建物の奥からギルフォードらを追ってくるかのように迫ってくる。
同じように気付いたのだろう、ジオン青将軍が目を見開く。

「な、なんだ、あれは!?」
「スターリング!二人が邪霊の負の気にやられた!すぐに教会へ連れて行ってくれ!!」

ギルフォードは気付いていないのか、背負った将を下ろすと、すぐに建物内部へ戻ろうとした。
スターリングはとっさにギルフォードを背中側から羽交い締めするように捕らえた。

「何をする、離せ!!まだ中にレナルドが残っているんだぞ!!」

暴れて逃れようとしたギルフォードに逃げられかけたが、とっさにジオン青将軍が手伝ってくれたおかげで堪えることができた。
スターリングはジオンと共にギルフォードを捕らえたまま、副官ノモスとタヴィーザを振り返った。

「ケビンとユルゲンを急ぎ、教会へ連れて行け!」
「御意!」
「わ、判ったっ!!」

ノモスとタヴィーザがケビンらを抱え起こしている先で、カミールが風の印を奮った。風の刃は黒き霧を切り裂いたが、数秒後には切り裂かれた部分が元に戻ってしまった。

「風の印もダメか。被害を拡大させるわけにはいかぬ。扉を閉めろ」
「御意!」

スターリングが冷静に命じると、カミールは素直に従い、建物の入り口扉を閉めると元々かけられていたベルのようなサイズの鈴付きの鎖で封じた。

「カミール!!」
「申し訳ありません、ギルフォード様」

普段はどちらの命令も聞くカミールだが、彼はスターリング麾下の将だ。とっさにどちらの命令に従うかといえば、やはりスターリングなのである。
そして今、どちらが冷静な判断を下せるかといえば、やはりスターリングだ。ギルフォードは恋人を案じて冷静さを失っている。

「恋人の足手まといになる気か?」
「!!」
「ケビンとユルゲンはあの黒いのにやられたのだろう?あの黒き霧のようなものに飛び込んでいったらお前もやられるだけだ。そうして中で戦っている恋人の足手まといになる気か?」

ギルフォードは悔しげに唇を噛んで俯いた。
抵抗を止めて大人しくなったギルフォードの体を離し、スターリングは建物を見つめた。
すぐに救出活動をせねばならないが、悪霊相手は不慣れでどうするのが最善なのか判らない。この手のことにもっとも知識を持っているであろう相手は建物の中に残ったままだ。

「教会に相談するか……ギルフォード、ついてこい」
「俺もか?」

言外に、相談に行くだけなら一人でよかろう、と言われているのだと気付いたが、スターリングは相方を一人にする気になれなかった。今のギルフォードは常になく不安定だ。放っておけば目の前の建物に入っていきかねない。

「そなたの恋人のことだ。そなたも来なくてどうする」
「判った」

強い反論がなかったところを見ると、やはり普通の状態ではないようだ。上の空というべきか、ジッと建物を見つめ続けている。
そんな相方を視界の端に入れつつ、スターリングはジオン青将軍に指示を出した。

「今から教会へ相談に行ってくる。そなたは一旦、我が公舎へ戻り、赤と青の将を集めて事情を説明しておけ。説明だけでいい、各将が勝手に動くことは許さぬ」
「はい」
「あと、他の黒将軍にも使者を出して事情を説明しておけ。ノースとアスターには時間があれば我が公舎に来て欲しいとも伝えておくように。夜までには一旦公舎へ戻る」
「判りました」

ジオンが去っていくのを見送り、スターリングはギルフォードを促して最寄りの教会へと向かった。