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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(8)

清めの力が込められた鈴は汚れにやられてしまった二人の将に渡してしまった。
邪霊に通常の武具は通用しない。
レナルドは闇の印を使って、邪霊を部屋から出てこないよう押しとどめた。
今、レナルドの傍にいる仲間の霊は二体のみだ。普段は三、四体いるが、他の霊は所用で不在であった。
黒い霧の塊からウネウネとした腕を伸ばしてくる邪霊を見て、二十代の青年姿の仲間が顔をしかめる。
明るく軽い性格だが、非常に強い同族の霊だ。名はリヤーフという。

『まるで触手のバケモノだね……』
『ああ。人の形すら留めていないほど墜ちた霊は久々に見た』

もう一人の死した同族が同意して頷く。
こちらは30歳前後に見える男の霊でヤーゲムという。やはり強き霊だ。
彼は何百年前に死んだのか覚えていないというほど古き霊だ。

彼らはレナルドに同行し、遠くからレンディの様子を見守りつつ、レナルドの力になってくれる。こういった時は浄化を手伝ってくれる心強い同族だ。

外れた扉の内側に見える鈴を力のよりどころとしつつ、かろうじて部屋の中に邪霊を押しとどめているのは仲間たちの助けによるものだ。

『対話も通じそうにない。力尽くで浄化するしかなさそうだね』
『ああ』
『これほど強き霊になるんだ、絶対に原因となる核があるね……けど……何かおかしい』
『そうだな』
「核は何処?」

レナルドの問いに若き男姿の霊はふわふわと宙を浮きつつ、邪霊を睨むように見ている。
仲間の霊たちにも能力の差がある。どの霊も強き霊だが、得意分野があり、リヤーフは感知能力が高い霊である。

『ヤツの体内にはないね』
「どういうこと?」

邪霊はたまに核と呼ばれるものを持っている。
核となるものは霊の力を留めやすい品であることが多い。
一番多いパターンは宝石だ。霊の力を強め、想いを吸収しやすい品なのだ。核の大半が宝石というパターンであるのは、そういう理由がある。
ヤーゲルが目を細め、注意深く周囲を探る。目つきが鋭く痩せた男姿のヤーゲルは隙がなく、理知的な雰囲気を持つ。

『分散しているな……』
「……核がたくさんある?」

それは初めてのパターンだ、とレナルドは思い、そんなパターンが存在するんだろうかと疑問に思った。
核は霊の力のよりどころになるから核なのだ。未練だの恨みだの、この世に残る原因となった想いを吸収し、力を増幅させる品。それが複数というパターンは聞いたことがない。
力は分散してしまうと弱まる。核は多ければ多いほど良い、というものではないのだ。

『違う、一つしかないよ。ああ、レナルド、これは厄介だ。何故最初に気付かなかったんだろう』
「どういう意味?」
『この建物自体が核になっているよ。この霊はこの建物に取り憑いているんだ』
「建物に取り憑く……?」

王都の比較的よい場所で、贅沢に土地を使って建てられた建物。
元貴族の建物だけあり、非常に広いこの屋敷に霊が取り憑いているという話にレナルドは眉を寄せた。
つまり、自分たちは霊の懐に飛び込んでしまったというのか。

『さすがはお貴族様だね、建物に取り憑くなんて』
『貴族として、この建物にかなりの想いがあったのだろう。よほどの理由があったに違いない』
「……建物って取り憑ける?」
『取り憑くのに適したものでないのは確かだね。これだけ大きな建物じゃ力が分散しちゃうし。恐らく以前の死人使いは霊をこの部屋に集中させて閉じこめたんだろう。部屋全体に封じの力を感じるよ。だいぶ弱まっているけど』
「集中させない方が浄化しやすかった?」
『そんなことはないと思うよ。いざとなったら集まって強くなれただろうし。オマケにこれだけの数の雑霊が集まってる。建物自体の荒廃も進み、雑霊によって負の気や汚れも増えている。放っておいたら王都の霊を集めまくって、もっと力を蓄えていただろう。早めに封じたのは正解だよ』
「……建物に取り憑いた霊ってどうやって浄化する?」
『一番手っ取り早いのは、建物全体を何らかの防御壁で覆って、風の印で吹き飛ばすことだと思うよ。荒っぽすぎるから、おすすめはできないけどね』

この大きな建物を吹き飛ばすほどの風の技となるとトルネードだろう。
何ということだ。スターリングのとんでもない案を実行せねばならないかもしれないとは。
さすがにアスターに対し、申し訳なく思う。

「風の印で吹き飛ばす以外、方法ある?」
『うーん、そもそも場所がよくないよ。都のど真ん中じゃ自然な浄化が期待できない』

緑多き地は自然の浄化作用で負の気が浄化されるスピードが早い。
迷い込んだ霊も時が経てば自然と天へ還ることが可能なのだ。
しかし、人の多い都ではそうもいかない。人が多い分、雑多な感情が入り交じる王都は負の気が溜まりやすい地なのだ。条件的には最悪と言える。

『以前の死人使いは封じることしかできなかったんだろうね。我々も諦めようよ、レナルド』

封じるだけなら何とかなるかもしれないし、とリヤーフ。
確かにそうするのが一番楽で手っ取り早いだろう。
問題は、アスターが諦めてくれるかどうかだ。
諦めはしても、他の黒将軍。例えば、レンディ辺りに未練たっぷりにぼやいてくれたりしたら、レンディが動かないとも限らない。そうなったりしたら最悪だ。レナルドが同族の力を借りても厳しいぐらいなのだ。どう考えてもレンディの手に負える霊ではない。
レナルドがそう説明すると同族は唸った。

『レンディの竜が青だからな……黒、緑、黄あたりだったら好都合だったんだが』

ヤーゲルの言葉にレナルドは首をかしげた。

「何で?」
『七竜にも得意技ってのがあってな。黒は操作、緑は封じ、黄は浄化が可能だと聞いたことがある』
『二人とも、そろそろ持たないよ!』

淡く輝く封じが軋み、限界を感じさせる。
しかし、レナルドは手持ちの鈴がない。
そしてこの霊には言葉が通じなさそうだ。人の姿を捨てた霊に人の言葉は通じない。

『壊れる!!』
『リヤーフ、邪霊をここから逃すな!!お前ごと封じるぞ、レナルド!!』
「判った!」