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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(7)


一方、内部に入った一行は非常に賑やかであった。

「いやぁ!!髪の毛に蜘蛛の巣がついたっ!!気持ち悪いっ!!」
「ぎゃぁああああ!!白骨死体があるよ!!建物内部なのに埋葬されていないなんて、どういうことだいっ!?」

非常に騒がしいスターリング軍側からの参加者二人にギルフォードは呆れ顔であったが、叱責はしなかった。うるさくはあるが、大変不気味な建物内部では、ないよりマシなBGMがわりになっていたからである。

建物内部なので薄暗い。昼間なので松明が必要なほどではないが、その中途半端な薄暗さが不気味さをかき立てる。
あちらこちらが朽ちた建物は元が貴族の建物だったこともあり、細々とした装飾が見事だ。過去は相当に豪華な建物だったことが伺える。それだけに歳月が経って朽ちてしまった現状が酷く無惨に映る。
レナルドはすべての窓に封じがしてあることに気付いた。
窓の取っ手に結んであるのは鈴付きの細い鎖。
霊を逃さぬよう、内側から封じてあるのだ。

「厳しいかもしれない……」
「レナルド?」

いつも無表情なことが多いレナルドが表情を曇らせたことにギルフォードは気付いた。

「……甘かったかもしれない」
「この状況がか?霊とやらが私には見えないからさっぱり判らないが……」

レナルドの内部では、仲間の霊二体が騒いでいる。
戻ろう、出ようとレナルドをつついているのだ。

「風の上級印持ちが四人も揃っているんだ。それも全員将軍職だ。大丈夫だ、任せておけ」
「うん……」

ギルフォードの言葉は頼もしいが、レナルドはあまり気持ちが晴れなかった。ずっと嫌な予感がしているのだ。
外からは見えなかった厳重な封じは、この建物を封じた死人使いがかなりの準備をして挑んだ証だ。つまり、これだけの封じをせねば手に負えなかった邪霊がいるということになる。
この地区を担当する黒猫に取り憑いた死人使いはこの建物のことを詳しくは知らなかった。つまりそれだけ昔にこの建物が封じられたことになる。
思えばこれだけ立地条件がいい場所なのにずっと取り壊されていなかったというのもおかしい。軍の建物だから民間が手を出せなかったのは事実だが、やはりそれだけ曰く付きの建物だったということだろう。
もっとザクセンに詳しく聞いておけばよかった。
もしくは建物の元所有者について調べておくのだった。
この建物は何かある。
単なる邪霊の住処ではないような気配が建物全体から漂ってくるのだ。

「そっち、右奥」
「わかった」
「あっち、扉の前」
「了解しました」

レナルドの指示によって指定された場所に、同行者たちが風の印で作り出した風の刃を飛ばしていく。
レナルド以外の者の目には映らないが、それによって霊が浄化されているのだ。

「あ、そっち、後ろにいた!」
「きゃあ!!」
「ケビン、後ろにも!」
「わわっ!!」

時に暴発寸前の破壊力で壁の一部ごと浄化されたりもしたが、とりあえず順調に浄化は進んでいた。

「うう、もう二度とこんな仕事したくないよ!」

ケビン赤将軍はへっぴり腰でユルゲン青将軍にくっついて歩いている。
どちらかといえば小柄なユルゲンに長身で体格が良いケビンなので、何とも不格好な状態になっている。

「お前、良い体格して、三つも印を持ってるクセになんでそんなに度胸がないんだよ」
「幽霊と戦う度胸なんて今まで必要なかったんだよ!」
「足元、気をつけろ」
「ぎゃー!!また、白骨っ!!」
「遺体ぐらい戦場でよく見るだろ、いちいち怒鳴るな」
「こんな建物内部で見るんじゃ不気味さが違うんだよ!」
「なんだそりゃ。よくわからん。……見事な首飾りをしているな」

元は高貴な女性だったのかもしれない。朽ちた服にはふんだんにフリルがついているのが見て取れる。
その首には幾つも宝石がついた首飾り。すっかり色あせているが、貴族にしか持ち得ない見事な品だ。
手を伸ばそうとしたユルゲンを制止したのはレナルドだ。

「その宝石、ヤバイ。触らない方がいい」
「え?」
「の、の、呪われてるってわけかいっ!?触っちゃダメだよ、ユルゲンッ!!」
「ぐえっ!く、苦しい、力を緩めろ、このバカッ!!」

慌てた様子でユルゲンを羽交い締めにして後ずさったケビンにユルゲンがもがく。
その時、ケビンの背に扉が触れた。
その扉はかなり朽ちており、勢いよく後ずさったケビンとユルゲンの体重と勢いで、軋みを上げた。
古びた蝶番が鈍い音を立てて外れ、扉が傾く。
その途端、人ならざるものの声が、闇の印を持つレナルドの鼓膜に響いた。

「そこから離れろ!!」

レナルドの一喝に歴戦の将たちはとっさに従った。
ケビンもユルゲンを離し、扉からとびずさる。
闇の印を持つレナルドの目に見えたのは、傾いた扉の隙間から飛び出してきた黒い手だ。
その手は他の者たちにも見えたらしい。ギョッとした様子でもっとも扉近くにいたユルゲンが逃げるのが見えた。
レナルドは傾いた扉の内側のドアノブに絡みついた鎖に気付いた。鎖には鈴が複数ついている。あの鈴がこの部屋に邪霊を封じていたのだ。

「何だ、あれは!?」

緊迫した様子でギルフォードが問う。
彼はとっさにレナルドを庇うように動き、剣を抜いて身構えた。

「邪霊」
「何故俺たちにも見えるんだ!?」
「邪霊だから。死霊は条件が揃わないと普通の人には見えない。邪霊は普通の人にも見える」
「で、でも、さっきまでは見えなかったわよ!?貴方の指示がないと判らなかったし!!」
「雑霊と邪霊は違う。そこら辺をウロウロしてるのは逝き損ねた雑霊。中途半端に生に未練を持ち、中途半端に恨みを持って死んだ霊たち。大した悪さもできないけど、綺麗に逝くこともできず、ウロウロしてるだけ」
「ああ、ようするに雑魚(ザコ)ってことだね!なるほどね、どこの世界にも雑魚がいるんだね!」

それでも薄気味悪いけど!と言いつつも納得した様子でケビンが頷く。

「ってことはあれが大ボスか。さっきの話によると、アレは恨みだの未練だのをたっぷり持ってるってことか?」

己を庇おうとするケビンを睨みつつユルゲンが問う。

「負の感情をたくさん持ったまま死んだ霊が、邪霊になる。けど一定の条件がないとならない」
「条件ってのは?」
「いろいろあるけど……あとで。まずは片付けないと危険」
「了解した。風の印はアレにも通じるんだな?」
「通じる」
「判ったな?武器ではなく、印で戦え」
「「「御意!」」」

破壊された扉の奥から現れた霊はすでに人としての形を留めていなかった。
黒き霧の塊のような物体。それから無数の腕が飛び出してくる。俊敏な獣のような動きだ。
それらの腕を風の刃で一つ一つ砕いていくのはユルゲンとカミールだ。二人とも印使いとして腕がいいらしく、確実に砕き、防御している。
逆に力業で打ち砕いたのはケビンだ。小さめのトルネードを作って、壊れかけていた扉ごと吹き飛ばした。

「このバカ!!室内でトルネードを使うんじゃない!!」

風の余波で吹き飛ばされかかった元上官であるユルゲンが怒る。

「だって面倒だよ!あの腕、うねうねして気持ち悪いし!」
「そういう問題じゃ……うわっ!!」

もっとも扉近くにいたせいで伸びてきた腕にユルゲンが絡め取られる。
そのまま本体である霧の塊のような丸い核に取り込まれかけたユルゲンに、慌てたのはケビンだ。ユルゲンの腕を持って、引きずり込まれないように引っ張ろうとする。
しかしそれで通じるような相手ではない。一緒にケビンまで絡め取られそうになった。

「ケビン、ユルゲン!!」

ギルフォードが飛ばした風の刃がユルゲンと本体の間の部分を打ち砕く。
その隙に二人をカミールとレナルドが引っ張って救い出した。

「気をつけろ!!」
「すみません!」
「きりがないな。削っても削ってもあの本体から腕が出てくる」
「あの本体を叩くしかないが、どれだけ刃を飛ばしても腕で防がれてしまう」
「……グッ……」
「うっ、気持ち悪い……」
「ユルゲン、ケビン!?」

青ざめた顔で座り込む二人にカミールが慌てて駆け寄る。
その様子を見て、レナルドは腰につけたポーチから鈴を取り出した
そして二人の手首に巻く。

「悪しき負の気にやられてる。すぐに二人を教会に連れて行って、清めてもらわないといけない」
「判った。だがお前はどうする?」
「何とかする」
「大丈夫なのか?」
「……何とかする」
「……っ!……待ってろ!すぐ戻る!」

大丈夫とは言わない恋人に状況が厳しいことを悟り、ギルフォードはケビンを背負いつつ走り出した。
その後を、ユルゲンを背負ったカミールが追っていく。

「急いで戻るから、無理しないでね!!」