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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(6)

翌々日のことである。
タヴィーザは婚約者のスターリング黒将軍と共に建物を無言で見上げた。
なるほど、いかにも『出そう』な朽ちた建物だ。
そして相当に痛みが激しいようだ。ほとんど新築する勢いで改築せねばならないことだろう。

(ずいぶん厄介な建物を選んだな、アスターのヤツ。確かに場所はいいが……)

建築士としての視点で外装を見るタヴィーザの近くにいるのはスターリングとギルフォードの軍からの同行者だ。
青将軍三人、赤将軍一人の計四人。そのうち三名が風の上級印持ちである。

「すっごく気味が悪いわね……」

そうぼやくのはスターリング黒将軍の麾下、カミール青将軍だ。
カミールは愛らしいピンクの髪に水色の瞳を持つが、きつめの眼差しに整った彫りの深い顔立ちをした男性である。
女性だらけの家に生まれた彼は、口調も女性っぽいという一面がある。

「うーん、ずいぶん古い建物を選んだんだな、アスター黒将軍は……」

そのカミールの隣で建物を見上げるのはアスターとも顔なじみであるジオン青将軍だ。
そして、その二人のやや後方に立つ金髪の赤将軍は青ざめている。

「俺、お腹痛くなってきた!無理!」
「アホか!仕事だ、気合いを入れろ気合いを!!」

弱音を吐いた赤将軍に蹴りを入れたのは、淡い茶色の髪をしたやや童顔の青将軍だ。年齢は二十代後半。名をユルゲンという。
彼は蹴りを入れた赤将軍の元上官であり、やはり風の上級印持ちである。誠実かつ真面目な性格の彼は周囲からの人望が高い人物だ。

一方、柔らかなブロンドと碧眼の爽やかな顔立ちの青年であるケビン赤将軍はここにいるメンバーで一番若い。
まだ二十代前半であり、風の上級印持ちであるため選ばれた彼は、炎と土の印も持っている将来有望な三重印持ちである。
ハッキリ言って才能は一番ある人物なのだが、坊ちゃま育ちで精神的に弱いのが弱点だ。

「まぁ、これだけ外が古いとなると中も相当だろうな」
「虫とか出そうだよ!」

二人はウンザリ顔で斜め前方を見遣った。
二人の視線の先にいるのは彼らの上官たる人物たちだ。
レナルドとスターリングが言い合っている。

「アンタは風の印を持たないから入らない方がいい」
「そういうわけにはいかぬ。タヴィーザが入るのであれば私も入る」
「アンタが黒将軍でも風の上級印を持っていないのなら霊に対処できない。足手まといになる」
「だがタヴィーザが入るのであれば私も入る」

キッパリ言い切るスターリングにレナルドが迷惑顔になる。
その様子を見て、タヴィーザは申し訳なさそうに口を開いた。

「すまん、レナルド。ここまで来て何だが、俺はここで待っていてもいいか?俺も足手まといになりそうだし……」

こんな不気味な建物に彼らだけで行かせるのは心苦しいが、嫌がるレナルドに同行してしまえばかえって足手まといになりそうだと判断して言うと、レナルドはあっさりと頷いてくれた。

「そうか、ならば私も残ろう。そなたを守らねばならないからな。……カミール、ケビン、内部の掃除は頼んだぞ」

あっさりと前言を翻したスターリングの命令に、麾下の二人は顔を引きつらせつつ返答する。

「「御意」」

外で待つだけなのに守ってもらう必要があるとは到底思えなかったが、スターリングに同行して欲しくなさそうなレナルドの様子を見てタヴィーザはただ頷いた。

ちなみにジオン青将軍は風の印は持っていないので、緊急時の連絡係として連れてこられた。
生真面目な性格の彼は、仲のよいカミール青将軍に恨めしげに見つめられ、困り顔である。
不気味な建物に入りたくないという気持ちがよくわかる。目に見える敵ならばどうにでも出来るが、どうにもこういった敵には対処しづらい。これならばただの戦場の方が遙かにマシだ。
一方、上官であるギルフォードと同僚のユルゲンはケロリとしている。こちらの二人の方が霊には強そうだ。

「今日一日で終わるのか?」
「建物広い。たぶん終わらないと思う」
「工期の見通しが立たないのは少し困るな……」

ぽつりとタヴィーザが呟く。
スターリングの整った人形のような顔がぴくりと動く。

「ふむ。陣を張って、合成印技で建物を丸ごと破壊するか?そして跡地を浄化すればよかろう」
「ダメ。霊、逃げるだけ」
「いなくなるのならば、逃がしても問題ないのではないか?」
「ダメ。問題大あり。王都中が悪霊まみれになるかもしれない」
「うわっ、そんなの怖すぎるよ!」
「そんなのいやー!」

麾下の将から悲鳴が上がる。

「なるほど、簡単にはいかぬようだな。だが、安心せよタヴィーザ。そなたの望み、できるだけ叶えられるよう努力する」
「あ、ありがとう……?」
「おい、スターリング!努力するのは構わないが、くれぐれも実行する前に俺に相談しろよ!お前がやる気を出して何かをするとき、かなりの確率でトラブルが発生するんだからな!」
「酷いぞ、ギルフォード」
「事実だろうがっ!」

深々とため息を吐くと、ギルフォードは麾下の将たちを振り返った。

「行くぞ!」

ギルフォードによって命じられ、レナルドが鍵を開けた建物に入っていく。
青将軍であるカミールは諦め顔で入っていったが、ケビン赤将軍は内部の廃墟具合を見て、逃げ腰になっており、元上官ユルゲン青将軍に腕を掴まれ、引きずられるように連れられていった。

「……大丈夫ですかね、ケビンは……」

思わずジオンが呟くと、うむ、とスターリングが思案顔になった。

「アスター将軍には悪いが、いざとなったら建物を破壊して知らせろとギルフォードには伝えてある」
「なるほど」
「レナルド以外の全員が風の印を持っていることだし、いざとなったら壁を破壊して空中に脱出できるだろう。ケビン赤将軍は嫌がっていたが、何事もいい経験になる」

変人だと言われることも多いが判断力はあるスターリングである。返ってきた答えも真っ当であった。
おかしなことをしでかすことも多いが、普段は非常に仕事が出来る人物なのだ。