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◆フェルダーケン地区の新築工事の話(5)

会議を終えて部屋を出たアスターは、女将軍のカーラに呼び止められた。

「これ今月の『いい男リスト』だよ。提出するのはアンタでいいんだろ?」
「おう、俺でいい。ありがとな!」
「なんだそれは……」

呆れ顔で口を挟んできたのは他の将たちと共に会議室をでてきたホセだ。周囲にはホセと同じく最近アスター軍に移ってきた将たちがいる。

「うちの軍は『いい男は生け捕りに』という決まりがある。そのために情報は必要なんだ」
「なんだそのおかしな決まりは。聞いてないぞ!」
「他国の将で腕のいい男がいたら生け捕りにしたい。味方に引き入れることができたら戦力がアップするからな。そうやって自軍の戦力を拡大させたのがカーク様だ。それを見習おうと思ってな」
「なるほど……」

アスターの説明でホセや他の赤将軍らは納得したらしく、ふむふむと言わんばかりに頷いている。
その様子を見て、顔を見合わせたのは元からアスター麾下にいる将たちだ。

『まるっきり嘘ってわけじゃないけど、完全に本当ってわけでもないよね』
『アスター将軍が言えば下心が一切感じられないところがすげえよな』
『案外、アスターも本気でそう言っているのかもしれんのぅ』
『人手不足ですからね』
『来月の担当はどこ?』
『あ、うちです。ちゃんと情報は集まってますから、確実に提出できますよ』

いい男のリスト製作は赤将軍の持ち回り制となっている。
カークから要求されたとき、いつでも速やかに情報を提出できるように、との名目だが、いい男の情報集めと共に入ってくるオマケ的な情報の方が有益になっているとはアスターの弁だ。
どこぞの貴族に愛人がいるようだ、だの隠し子がいるようだ、などという俗なものから、どこぞの領地に報告が上がっていない小さな砦のようなものが作られているとか、ある領主の税金集めが酷いと民の間で噂になっているという情報まで入ってくる。
これらの情報はとても役立つので、いつまで経っても『いい男の情報集め』が終了しないのだ。
そしてそのことは各赤将軍たちも判っているので、特に反発することなく続けているのである。
ちなみにいい男リストは長年続けているうちに似顔絵付きに進化している。そのうち白黒絵から色つきの絵になるのではないかと噂されているほどだ。

『画家って情報収集向きなんだよねえ。疑われにくいというか』
『あー、判る判る』

長年続けていると、情報収集の腕も上がってくる。以前、徴兵の中に画家がいたことがきっかけとなった。
旅をしつつ、一箇所に数日ほど留まっても違和感がない、そんな職が画家だ。
必然的に収入が不安定になりがちだが、そこは軍がカバーしてやればすむことだ。

軍としては情報が欲しい。
画家としては安定した収入が欲しい。

そんな利害の一致でアスターの部下たちは一部の画家を情報収集係として雇っている。ときどき、やたらと上手い似顔絵付きで情報が上がってくるのはそのためだ。

カーラたちは新たにアスター軍へ移ってきた赤将軍たちにいい男の情報集めについて話をした。彼らも今後、やらねばならないからだ。

「軍に有益となる情報収集がメインで、いい男の情報集めはカモフラージュ用だから」

そう言えば、彼らも納得顔になった。

「でも、いい男の情報集めもちゃんとやるように」
「似顔絵付きの方がいいから口が硬そうな画家を捜すといいよ」
「はぁ、そうッスか」
「判りました」
「部下にいい男がいてもリストに入れちゃダメだよ。カーク様の目に入る可能性が高いからね」
「!!!」

ザッと青ざめた面々に、判ってもらえたようだと苦笑するカーラたちであった。