文字サイズ

◆フェルダーケン地区の新築工事の話(4)

翌日の午後、アスターは己の公舎で麾下の将たちを集めて会議を開くため、幹部用会議室へ向かっていた。
アスターの執務室には昨日会った黒猫が残っている。結局昨日はレナルドが戻ってこなかったため、仕方なくアスターが世話をしたのだ。オマケにこの猫はザクセンと相性が最悪で喧嘩しっぱなしだった。

「小動物相手に本気で怒るなよー」

と言ったアスターに怒ったザクセンは、部屋を飛び出していったまま戻ってこない。
探しに行きたいものの、仕事が詰まっているためそうもいかない。
どうしたものかと思いつつ歩いていると、会議室の前でバハルドに会った。
バハルドは軽くウェーブをかいた綺麗な黒髪を背に流した穏やかそうな風貌の男で、アスターが黒将軍になった後、他軍から移動してきた青将軍だ。
穏やかそうに見えるが、高位である青将軍まで上がってきていることからも判るように見た目通りの男ではない。年齢は30歳前後に見える。

「アスター将軍、お疲れ様です。私のイーガム将軍がいらっしゃらないようですが……」
「お前のイーガムじゃないだろー。今日から別件の仕事を頼んだんで、ちょっと出ている」
「そうですか、とても残念です。次からはぜひ私も同行したいものですが……」
「青将軍を二人も出すような出張がそう簡単にあるわけないだろー」
「おや、嫉妬ですか?私は諦めませんよ」
「あのなー、何度も言うが、お前が正々堂々とイーガムを口説くのであれば俺も口出しはしねえよ。お前が過激な手を使おうとするから止めざるを得ないんだろうが」
「黒将軍相手に正面から正々堂々と対抗するなどバカがすることです」
「だから……!」
「お前等、邪魔。会議室入れない」

後ろから苦情を受ける。平均身長よりもずっと高い大柄な男が二人、扉の前で口論していたせいで後からやってきたレナルドが入れなかったらしい。
アスターは慌てて謝罪して、中へ入った。
会議室にはすでに他の赤、青将軍が集まっていた。
楕円形の大きなテーブルには一人一人にケーキが配られていた。白地に小花が描かれた美しい皿に白いクリームと苺がのったショートケーキだ。

「おお、すげえ!うまそうだなー!」
「ホセが作ったらしいよ」
「なに、新鮮な苺が手に入ったんでな。ついでだ」

ホセは素っ気なく答えているが、やや顔が紅潮していることからアスターの『うまそう』という言葉に喜んでいることが判る。

アスターが黒将軍になった後、アスター麾下に入ったホセは、褐色の髪と濃い緑の瞳を持つ体格の良い大男ながら、菓子作りを趣味の一つとしている。
麾下に入った直後は、毎回菓子や茶が登場するアットホームな会議にやや面食らった様子だったが、ある時、手作りだという菓子を持参してきた。
それが他の将たちに好評だったことから、こうしてときどき作ってくるようになった。
いつも『時間が余ったから』だの『いい材料が手に入ったから腐らせるのももったいなくて』などと口実をつけているが、アスターを始めとする他の将たちに喜ばれるのでまんざらでもないのだろう。会議に持ってこられる頻度は着実に増えている。

「イーガム将軍がいらっしゃらなくてよかった」

ぼそりとバハルドが呟く。甘党のイーガムはホセの菓子を気に入っているのだ。
あくまでも気に入っているのは菓子なのだが、嫉妬深いバハルドはイーガムの気に入るものすべてが気に入らないらしい。そんなところがイーガムとぶつかる原因となっているのだが、当人は自覚がないようだ。

テーブルの中央にはアスターがダンケッド黒将軍からもらった昇進祝いの黒い人形のような彫刻が置かれている。その前には何故かケーキが一つ置かれていた。

「おいおい、なんでこんなところにもケーキを置いているんだ?」
「お供え物らしいよ」
「置いておいた方が何事もなくすみそうじゃからのぅ」

作り主はどう思っているのかと思いつつホセを見ると、ホセは視線があうと、無言で肩をすくめた。好きにしろ、ということらしい。
そこへ少年兵がやってきて、各自へ紅茶を入れて出ていった。
こうして始まった会議でアスターは新公舎の事情を説明した。
他の将は驚き呆れつつも、バカにはできない状況らしいと顔を見合わせた。
しかし、どの将も困惑気味だ。誰もこういったことには経験がないのである。

「ふむ、その像を建物に放り込んでみたらどうだ?呪いと呪いで相殺されるかもしれないぞ」
「呪いが倍増する可能性もあるんじゃないかい?」
「ちょっと!この像、呪われているって決定なの!?聞いてないんだけど!」
「こらこら、実際にやるなよ!これはダンケッド黒将軍に頂いた昇進祝いの品なんだからな!」

最初から迷走し始める会議に呆れ顔でホセが口を挟む。

「まぁ確かに頂き物を粗末にしたら角が立つだろうな」
「効果があるかどうか判らない方法を試すよりも確実な手段を取るべきでしょう。その方が効率的です。専門家に任せては?」

ある意味真っ当な意見を口にしたのはバハルドだ。

「レナルドの話によると霊ってのは、風の上級印持ちが吹き飛ばすといいみたいなんだが……」
「風の上級印持ち!?ダ、ダメです!私のイーガム将軍は出しませんよ!」
「お前のイーガムじゃないが、あいつは出張中だから出せないって」
「そのまえに出すか出さないかの権限は君にあるだろ、アスター。そこも突っ込んでおきなよ」

バハルドを不快そうに睨みつつ、シプリが口を挟む。
そこへ黙々とケーキを食べていたレナルドが顔を上げた。

「ケーキ美味い。……建物、明後日に行くことになりそう」
「行くことになりそうって、誰がだ?」
「ギルフォード軍とスターリング軍による霊退治の特殊編成部隊」
「何だソレ!?」
「ちょっとレナルド。アスター軍の新公舎なのに何で兄貴とスターリング黒将軍の部隊が出るのさ。わけわかんないから!」
「俺が行くって言ったら、ギルフォードがついてきてくれるって言った。そしたらその場に居合わせたタヴィーザもついてくるって言って、スターリング将軍が嫌がった。その三人で喧嘩になって、この結果になった」
「よ、よくわかんねえが、スターリング黒将軍とギルフォード黒将軍の話し合いの結果、特殊編成部隊が組まれることになった、ってことでいいのか?」
「好意的に解釈しすぎだよアスター。ただ単にスターリング黒将軍の暴走を止めるために兄貴が対策を取っただけだと思うよ」

兄やスターリング黒将軍の性格を知るシプリはほぼ正確に読み取っていた。
レナルドもそんな感じだと否定せずに頷く。

「けど、うちの公舎の問題なのに申し訳なさすぎるなー」
「後でアスターに頼み事するかもってギルフォードが言ってた」
「あぁ、判った」

何を頼まれるか判らないがなるべく受け入れる必要があるだろうと思いつつアスターは頷いた。

「あー、それじゃその一件は……心苦しいがお二方にお任せするとして、次の議題に移るぞ。青将軍はシプリから順に各部隊の状況について報告を頼む」
「了解」