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◆灰〜終着の分岐点〜(8)


セルジュはレナルドが部屋を出ていった途端、泣き出した。
ボロボロと涙をこぼすセルジュにデーウスは驚いた。
生理的なこと以外で、気の強いセルジュが涙を見せたことは殆どない。あの夜でさえ、彼は憎悪を込めて睨み付けているだけだった。

「…お前はっ……」
「セルジュ…?」
「お前は死ぬつもりだったのか…!?」
「セルジュ…」
「答えろ、デーウス!!お前は死ぬつもりだったのか!?」

胸ぐらを掴まれながら問われ、デーウスは息を詰めた。
死ぬ気が全くなかったとは言えない。レンディにセルジュを渡せぬと決めた瞬間、死の覚悟も決めた。レンディと青竜の高い戦闘能力は嫌というほど知っている。勝てる可能性など無に等しかった。
それでも。

「お前を渡せなかった」
「……!!」
「誰であろうとお前を渡せなかった」

胸ぐらを掴んでいた手が力なく落ちる。
とっさに掴もうとした手は次の瞬間、デーウスの頬を叩いた。
鋭い音が室内に響いた。
青将軍の力だ。セルジュが本調子だったらこんなものではなかっただろう。体が吹き飛んでいてもおかしくはなかった。重傷だからこそ、痛み程度で済んだのだ。

「…いつも……いつもお前はそうだ…!」
「…セルジュ…」
「いつもお前は私のことを自分で決める。私の意思を無視して勝手に決めつける!!」
「……」
「何が人格者だ、この外道が!!恥知らずが!!皆、お前に騙されている。こんな自分勝手な男が騎士の中の騎士なわけがあるか!!むしろ人間として最低な男だ!!」

怒鳴るだけ怒鳴り、セルジュは肩で大きく息を吐いた。

「セルジュ…後で幾らでも聞く。だから今は休め。体に触る」
「……お前はっ…!!」
「セルジュ、頼むから。体に触る…」

無理して動いたせいで傷口が開いているかもしれない。
一度は死の淵を彷徨ったのだ。その時の恐怖をデーウスはハッキリと覚えている。セルジュを失う恐怖を目の当たりにし、気が気でなかったのだ。
今もまだ動ける状態ではない。絶対安静にしておかねばならない状態なのだ。
もがき暴れようとするセルジュを止めるため、デーウスはそのまま抱きしめた。
しばらく暴れていたセルジュだが、やはり疲労していたのだろう。やがて力なく動きを止めた。

「今度は力づくか……」
「セルジュ……すまない」
「…デーウス……」
「すまなかった。本当にすまなかった……」
「お前は……本当に……」
「すまなかった。お前が許してくれるまで謝り続ける。すまなかった……」

それはデーウスの本心だった。
あの夜からずっと心の中で謝り続けていた。
セルジュが許してくれないことは承知で謝り続けていたのだ。
会えない間が長かった。セルジュは会ってくれようとしなかった。だからひたすら声に出すことなく謝り続けていたのだ。

「すまなかった、セルジュ…」

その心が届いたのかどうか判らない。
セルジュは全身から力を抜くと目を閉じた。

「疲れた。眠りたい」
「あぁ」

デーウスはセルジュの体に負担がかからぬよう、そっと寝台に横たえた。

「おやすみ、セルジュ」

返答はなかったが、言葉を受け入れてもらえたことだけはデーウスにも伝わってきた。