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◆灰〜終着の分岐点〜(7)


一方、ノースから報告を経たレンディはただ一人で旧ベランジェール国王都へ戻っていた。
シグルドとアグレス以外の部下には気を向けることがないレンディだが、今回はノースが何気なく口にした『部下のアスターからの報告』という一言に心動かされ、セルジュを救出する決意をした。
移動には足の速い馬を使った。青竜は移動には長けていないのだ。
高位であることをいいことに馬を何騎も潰し、何度も乗り換えて王都にたどり着いたレンディは、デーウスが宿舎に使用しているという屋敷へ直接乗り込んだ。
すでに夜は更けており、屋敷は静まりかえっていた。
目的の部屋にはセルジュの他、見覚えのない青年とデーウスがいた。
レンディは見覚えのない青年をちらりと確認するように見た後、デーウスに向き直った。

「レンディ!?何故ここに?」
「君がセルジュを監禁していると聞いたのでね」

レンディの腕に巻き付いていた蛇がみるみるうちに人の倍ほどの大蛇へと変化する。

「言い訳は聞かない。素直に渡せば殺さない。どうする?」
「……他の条件なら飲めるが…彼は渡さぬ」

とぐろを巻く大蛇を従えるレンディに対し、デーウスは身構えた。
まさか戦うつもりとは思わなかったセルジュは驚愕した。

「止せ、デーウス!!お前が適う相手ではない!!」

確かに地位的には同じ黒将軍。同格だろう。しかしそれはあくまで地位的な問題だ。
レンディは違う。正しくは七竜の使い手は違う。
大蛇の鱗は剣も槍も通さない。
吐く毒息は一瞬にして人を死に至らしめ、酸は強靱な盾も溶かしつくす。
どう足掻いても人が一人で戦える相手ではないのだ。
デーウスも判っているのだろう。無言で顔をしかめている。しかし退こうとはしなかった。

「お前だけは渡せぬ」
「止せ!!」

動かぬ体を必死に動かし、デーウスを止めようとするセルジュにレンディはただ笑んだ。
大蛇の尾が振り上げられる。
セルジュはデーウスの死を思い、身を凍らせた。

「止めてくれ!!!頼む、レンディ!!止めてくれーーっ!!!」
「セルジュ!!」

動かぬ体を無理矢理動かしたため、寝台から落ちかけたセルジュをデーウスは慌てて抱きとめた。

「お、愚かなっ……!!死ぬ気はお前は?勝てるわけがない戦いだぞ!?死ぬ気か!?」
「セルジュ……」
「バカだバカだと思っていたが、これほどバカとはっ……!!」
「セルジュ、興奮するな、体に触る…」

その様子を大蛇の後ろから見つつ、レンディは軽く肩をすくめた。

「私は痴話喧嘩に巻き込まれたのかい?」
「…レンディ……すまない。だがセルジュは渡せない」
「そのセルジュが嫌がっていると聞いたんだが?お前は青将軍を監禁していたのかい?」
「……それは……」
「セルジュは今回私の麾下として戦った将だ。お前がセルジュの意思に反して身柄を拘束しているのであれば返してもらう。どうなんだい?」

レンディの言葉は正しい。デーウスは黙り込んだ。

「セルジュ。お前はどうする?私の元へ戻るかい?」
「…レンディ…」

戻りたいと思っていた。デーウスの元を去りたいと。
しかし、大蛇がデーウスを殺すと思った瞬間、その気持ちも吹き飛んだ。

「……その気はなさそうだね。まぁいい。気が変わったら私の元へ来るがいい。お前が動けるようになるまでこの都にいてやろう」


++++++


残された部屋でレナルドは怪訝そうな表情だった。せっかく望み通りに逃げられるところだったのに当のセルジュに拒まれたわけだから当然だろう。

「すまない」
「痴話喧嘩?」
「ち、違……!」

否定しかけて果たしてそうだろうかとセルジュは思った。
信頼する相手に裏切られ、その場を離れた。
ずっと一人で生き、一人で戦ってきた。
一人を選んだことを後悔する気はないが、今、デーウスの腕を暖かいと思う。デーウスが死ぬと思った瞬間、身が冷えた。彼の身を庇って動くことに躊躇いを覚えなかった。
動かぬ体が動いた。それこそが己の本心を物語っているのだろう。

「……判らない」

正直に答えたセルジュを見つめ、レナルドは小さく首をかしげた。

「すまない。時間をくれないか?レンディが言ったとおり、嫌になったら出ていく。今は……彼と話をしたい」

それで納得したのかレナルドは頷き、部屋を出て行った。