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◆灰〜終着の分岐点〜(6)


「将軍、引退されるというのは本当ですか?」

黒将軍ロドリクはデーウスとセルジュにとって、己を育ててくれた良き上官である。
彼が引退するという話は二人にとって衝撃であった。

「あぁもう体が限界でな」
「そんなことありません!!将軍ほど強い方を俺は知りませんっ!!」

デーウスはきっぱりと反論した。
『騎士の中の騎士』と言われるほど高潔なデーウスらしい台詞にロドリクは苦笑して、己より背の高い部下を見上げた。
このとき、ロドリクは30代半ば。本来、働き盛りの年齢である。デーウスの台詞は無理もなかった。
しかしロドリクは己の体を誰よりも判っていた。
軍人として小柄な体を持つロドリクは敏捷さに優れ、肉弾戦を得意としている。しかしロドリクの戦い方は他の騎士よりも体の負担が大きかった。
一つ間違えば死に繋がる戦場は限界を見極めねば生きていけぬ世界だ。そのことをロドリクはよく判っていた。

「引退させろや」

ロドリクは笑いながら、よき部下へ告げた。

「もう遊ばせろ。軍ばかりが人生じゃねえんだ」
「…将軍……」
「地位を極めた。部下を育てた。金も貯まった。もう軍に未練はねえ。あとは引退して…そうだな、今度はガキでも育ててみるか」

新しい弟子が育ったら紹介してやるよ、とロドリクは笑った。

「テメエは頭が固い。それがテメエの最大の欠点だぜ、デーウス。セルジュはちょっと軽すぎるがな。テメエらは合わせて2で割れば丁度良い。デーウスはもっと遊べ。セルジュはちょっと慎め。それが俺の最後の教えだ」

「将軍……」
「酷いですよ、将軍。それが最後の言葉だなんて」
「馬鹿言え、てめえらごときによき褒め言葉なんかでてくるか。言葉をもらえるだけでもありがたく思え。悔やむなら日頃の行いを悔やみやがれってんだ」

明るく笑った上官は本当にそのまま引退し、残された軍は七竜を持つ幼き子供が継いだ。
デーウスも程なくして黒将軍へ上がった。別の黒将軍が亡くなったためだ。

「全く酷い上司だよ」

そう言ってセルジュは笑ったが、本心から酷いと思ってはいないことは明らかだった。
デーウスは頷き返しつつ、セルジュへ告げた。

「側にいてくれ。これからも二人で戦っていこう」
「あぁもちろんさ。お前は私がいないと頭が固すぎて融通が利かない。あぁそういう意味ではあの上司の目は確かだったということかな。部分的にだがね」

デーウスとセルジュは手を固く握り合った。