文字サイズ

◆灰〜終着の分岐点〜(4)


一方、アスター部隊。
単身の移動ならば早いが、大隊による移動は時間がかかる。歩兵がいるのでどうしてもスピードは遅れがちになるのだ。
しかし、エドワールとトマは騎士であるため、馬を持つ。
レナルドから伝言を頼まれた二人がアスター赤将軍部隊に合流したのは本国の王都まであと半分というところであった。

「おかえり」
「遅かったなー。何してたんだ?」

地位は上がっても同僚達に大きな変化はない。
キャンプ地で迎えてくれたアスターたちは昼食に焚き火を取り囲み、チーズを乗せたパンと干し肉をあぶって食べていた。地べたにあぐらを掻いて座り込み、チーズと干し肉の焼け具合について議論する姿は、到底、麾下400を持つ赤将軍とは思えない姿だ。

「このちょっとトロッとした感じがいいんだって」
「いや、チーズはもっとトロトロじゃねえとさ。しっかり焼かないとうまくないって」
「エドはどう思う?ちょっとトロッだよね?」
「トロトロだよなー?」
「ええと、ボクは…」
「ぼっちゃま、伝言、伝言」

思わずつられかけたエドワールはしっかり者の乳兄弟に促され、本来の目的を思い出した。

「あの!レナルドから伝言を預かってるんです。セルジュ様を助けてくださいっ!」

唐突な言葉を受け、とろとろのチーズを乗せたパンに噛みついたアスターは目を丸くした。

「ヴヴっ?」


++++++


「監禁されていて、セルジュ様は嫌がっている。助けてくれ、か……。うーん……」

アスターは困った。いきなりそう言われても部隊を指揮する身では自由に行動することができない。しかも監禁している相手はデーウス黒将軍だ。セルジュが重傷とあれば簡単に動かすことはできないだろう。
しかし見捨てることも躊躇われる。アスターの脳裏に蘇るのはあの夜の記憶だ。二度とあのような目に遭わせたくないという人情的な思いがある。おまけにあのプライド高いセルジュが救いを求めてきたのだ。それなりの理由があってこそのことだろう。

(勝手に助けに戻ることはできねえ…。戻ったところで助けられねえ)

そうなるとそれだけの権限を持っている人を頼る必要がある。
セルジュを捕らえているのは黒将軍のデーウス。そうなると助けられるのも同格の黒将軍だろう。
幸い、アスターの上官であるノースは常識家だ。真摯な態度で訴えれば判ってくれるだろう。

「ノース様に頼んでみるか…」


++++++


ノース軍は十字に茨の紋章を持つ。
黒将軍用の大きな天幕にもその紋章が掲げられていた。
内部には大きなラグマットが敷かれ、丸テーブルを囲んでノースとカークが椅子で寛いでいた。
遠征の場合、よほどのことがない限り、カークはノースと共にいる。どうやら武術の心得がないノースの護衛を兼ねているらしい。
むろん、作戦によってはカークが離れていることもあるが、この二人は王都でもよく一緒にいる。
見た目には全く気が合いそうにない二人だが、共にいる時間が長いところを見ると、意外とそうでもないのかもしれないとアスターは思う。
そんなノースはアスターの報告に顔をしかめた。

「情報を疑うわけではないが、助けに戻るにはやや問題がある。いや、むしろ私たちが動くことに問題がある。これはレンディを通した方がいい。今回の戦い、セルジュの上官だったのはレンディだからね」
「………そうですか」

ではレンディに頼みに行かねばならないのだろうか。
そう思うとアスターはやや気が重くなった。可愛がっていた子供にどう接したらいいのか、まだ気持ちの整理がつかないのである。
しかしノースはアスターを動かすつもりはないらしい。すぐに椅子から立ち上がった。

「セルジュは重傷だという。急がねばならないね。後は任せたまえ。青将軍の問題は上官である黒将軍が責任を負わねばならない問題だ」