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◆灰〜終着の分岐点〜(3)


逃げ出した男たちの後を追って部屋を出ていった青年は、治療道具の入った鞄を手に戻ってきた。どうやら先ほどの男たちから奪ってきたらしい。

「薬…」
「ありがとう」

セルジュの礼に怪訝そうな顔を見せた青年は、セルジュの治療をしていった。
今まで治療の様子をみていたためか、それとも元々知っているのか、青年の手つきに躊躇いはなく、実に手慣れていた。
実際は医師の手当てなど満足に受けられない下級兵士時代からの経験から出来るのだが、そんな事情を知らぬセルジュは純粋にありがたく思った。

(……こんな屈辱、久々だな……)

青将軍という高位にいながら身を犯される危険に遭遇するとは思わなかった。
信頼していた友に裏切られて以来だと思い、今、その友に身を預けられている現状を皮肉に思う。
セルジュはデーウスの側近中の側近、親友同士として知られていた。その過去があるため、部下達も安心してデーウスに預けているのだろう。デーウス自身、個人としての評判は真面目で正当派の将として知られていて評判も高いので尚更だ。

部下達がいてくれたら戻れるのにと思う。
この現状はまるで隔離されているかのようだ。
救いはこの青年がいてくれたことだろう。四人もの男を相手に怯むことなく追い出してくれた。
そこへ巨体の中年医師がやってきた。服装から見て、介護長のようだ。

「セルジュ様、困りますな。我が部下を苛められては。貴方は怪我をされている身なのです。治療やお世話は貴方のために行っていることなのですぞ。
彼等はセルジュ様の意識がない間、ずっとついていたのです。多少の行為は多めに見てもらいたいものですな」

医師の台詞を付き人の青年は無言で聞いている。
意識がないときのことを言われればセルジュも反論できず、すまない、と言うに留めた。

「ところでそなたも。面会許可をだしていないのに勝手に入られては困りますな」

医師の苦情は青年にも向かった。介護士たちから何か言われたのかもしれない。

「お前の命令、聞かない」
「私は医師ですが?セルジュ様の身は私に預けられているのです」
「違う。俺が預けたのはデーウス黒将軍だ」

巨漢の医師相手に青年はきっぱり反論し、細い目で真っ直ぐに医師を見つめた。

「出ていけ。俺に命じられるのはアスター将軍だけだ」


++++++


医師さえも叩き出した後、青年は部屋の中の家具を動かし始めた。
扉の前に家具を動かしているところを見ると、入退室をできなくするつもりらしい。

「何をする気だい?」

さすがのセルジュも疑問に思って問うと青年は真顔で振り返った。

「安眠用」
「…君も出られなくなると思うが」
「窓」

窓から出入りするつもりらしい。何とも型破りな青年だ。
しかしその手段を選ばぬ行動は今のセルジュにはありがたかった。何しろ青年以外、信じられる相手がいないのだ。

「そういえば君はアスターの部下なのか」

そういえば戦場で窮地を救ってくれたのはアスターだった。
意識が朦朧としていたのでうろ覚えだが、その後、アスターが彼をつけてくれたのだろう。
思えば彼はいつも窮地を救ってくれる。セルジュとは妙なところで縁がある人物のようだ。

「君、名は?」
「レナルド」
「そうか。礼を言う、レナルド。君がいてくれて助かった。アスターはどうしている?」

セルジュはレナルドがいるのなら当然ながらその上官もまだ残っているのだろうと思って問うた。

「カーク様と帰った」
「そうか…。君は残っていていいのか?」
「大丈夫じゃない」
「それじゃ戻らないと叱責を受けるのではないか?」
「俺じゃない。貴方が大丈夫じゃない。アスターは貴方が大丈夫なら帰ってこいと言った」
「アスターが……」
「迎えを呼ぶ。一緒に帰ろう」

レナルドは真顔だ。本気で言っているのだろう。
ここは占領したばかりの国だ。そこから本国まで帰るには相当な距離がある。そしてセルジュは重傷の身だ。簡単なことではない。
レナルドの気持ちはありがたいが現状では不可能だろう。

「ありがとう」

そのためセルジュは礼を告げた。ただ気持ちが嬉しかった。心からの礼だった。