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◆赤〜温かき生の紅〜(13)


戦いはデーウス軍が本格的に戦いに参加したことにより、ガルバドス側の優勢に終わった。
その間にノース軍の本隊が王城を落としたことにより、勝利は決定的になった。
アスターの部下達は死亡率が低かった。
激戦だったとはいえ、半数は元レンディ部隊所属だ。当然ながら連戦を経験している身であり、鍛えられていたのだ。
アスターはキャンプ地で部下を集め、食事をしつつ、各自の報告を聞いていた。
焚き火を囲み、酒やシチューを食べながらの雑談もどきである。

「ワシは一人捕らえたぞい」
「うーん、俺はそんな余裕がなかったなぁ」

部下達の会話は『ロープ術』だ。
部下達はあの混戦の最中、アスターの命令を忠実に守って、良き男の生け捕りを試みていたらしい。
結果、アスターが捕らえた将も含め、隊長位以上の捕虜は三名であった。まぁまぁの成果と言えるだろう。

「で、よき男かよ?」

アスターの問いに老兵ホーシャムはカッカッカと笑った。

「さぁのぉ。油は乗ってそうじゃがのー。男は50代からじゃっ」

『良き男』の基準が個人によって違うため、あまり期待しない方がよさそうだとアスターは思った。アスターにしてみてもカークの好みがよく判らないので何とも言えないのである。

「そういやレナルドの隊は誰が動かしてたんだよ?」

結局、最初から最後までレナルドの隊は別人が動かしていたようだ。それも砦攻略時からであるらしい。
それを疑問に思って問うと、呼ばれてやってきたのは見覚えある人物だった。
何処で会ったかを思いだし、アスターは顔を引きつらせた。

「申し訳ありません。あの方には逆らえず……」
(例の股間を治療した相手に頼んだのかよ、レナルドの奴!そりゃ逆らえねえよなぁ…)

生真面目そうな雰囲気を持つ黒い髪と藍色の目の青年はレナルドが捕らえた元捕虜であるとアスターも知っていた。
旧国では部隊を指揮していた身であるため、そつなく隊の指揮ができたらしい。

「あ、あぁ、…しょ、しょうがねえよな。あいつ、ああいう奴だし…」

レナルドとの関係を知るだけに微妙に気まずい。アスターはしどろもどろに今後も頼むと告げると、相手を隊へ帰した。
そのレナルドはまだデーウス軍から戻ってこない。さきほどトマだけが伝令としてやってきたが、セルジュの容態がよくないため、あちらに残っているらしい。

「セルジュ様の容態はいかがですか?」

そう問うてきたユーリはこの中で唯一の士官学校卒の騎士隊長だ。
最初はあまりに騎士らしくない雑然とした報告会に呆れ顔だったが、すぐに馴染み、地べたに座り込んでシチューを食べていた。

「よくねえらしい」

アスター部隊は半数がセルジュの軍出身だ。セルジュの元にいた経歴も長いため、元上官にはそれなりに思い入れがある。アスターの報告に皆が顔を曇らせた。

元々、この戦いはあまりよくない状況でスタートしたとアスターは思う。
ベランジェールは中レベルの規模の西の国だ。最近、不穏な動きを見せていたので、今回、見せしめも兼ねて、征服することになった。
しかし西に集中するには東の目を逸らしておく必要がある。そのため、ウェリスタとの戦いに出向いたのが黒将軍サンデ、リーチ、パッソの三軍であった。
結果、サンデを思わぬ形で失うこととなり、戦い自体は決着が付かぬままとなった。サンデはウェリスタ国のディ・オンという一隊長に倒されたという。
そして残る黒将軍のうち、ノース、レンディ、デーウスの軍がこのベランジェール国戦に参戦することとなった。この三軍は黒将軍きっての精鋭部隊とはいえ、やや戦力不足なのは否めない。
残る二軍は本国防衛のために残っている。これ以上、軍を投入するわけにはいかなかったのだ。

(俺らはカーク様の麾下だから直接的な影響はねえけど、セルジュ様のことは心配だよなぁ)

赤将軍は青将軍につく。しかし殆どの青将軍は誰かの黒将軍についている。
カークの場合はほぼ完全にノース麾下だ。例え、打撃を受けてもカークの元にいる限り、戦力は優先して補充されるだろう。ノースが側近の部隊に目をかけていないわけがないからだ。

(けどセルジュ様はどうなるんだか…)

今のセルジュはフリーに近い立場だ。
一応、レンディに呼ばれることが多いようだが、レンディの側近と言うには弱い。呼ばれるから参戦しているという感じのようだからだ。
そうなると今回、大きな打撃を受けた部隊の回復には時間がかかるだろう。レンディが気にかけてくれればいいが、レンディに関してはそういったことを気にかける人物だとは聞いた覚えがない。

「デーウス様の元へお戻りになられればいいけれどね」

女騎士隊長カーラがそう言った。

「元々セルジュ様はデーウス様の側近中の側近だから」

今回、セルジュがデーウスによって危機を救われたのは確かだ。
たまたまレナルドが助けを求めた相手がデーウスだったというだけだが、それによってセルジュが救われたのは確かであり、それが関係の改善に繋がれば、部隊の方もいい方向へ向かうだろう。

「そろそろレナルドたちを呼び戻すか」

戦いが終了した以上、セルジュの元には彼の部下達が向かっただろう。レナルドたちの役目も済んだはずだ。セルジュの身が心配ではあるが、アスターたちは彼の部下ではない。
明朝、将軍位による会議があるという。それが終われば本国へ帰ることができるだろう。

(そういやレンディ様に会うのは初めてだな)

アスターは何気なくそう思った。