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◆赤〜温かき生の紅〜(8)

(そこまで長期化させた覚えはねえんだが、なんかひでえなー)

無事墜とすことができた砦内部は随分荒れていた。避難民が多く入ってきていて、部屋数が足りず、廊下にも人が溢れている状態だった。
難攻不落の砦もこうなっては正常に機能していなかっただろう。食料や水の問題もある。民が多く逃げ込めば逃げ込むほど、状況は悪化していく。かといって、民を拒むわけにもいかない。砦は民を守るために存在しているのだ。
民は皆、力なく俯いている。捕虜になったという事実を受け止めているのだろう。
暗い雰囲気に包まれ、恨めしげな視線を浴び、さすがのアスターも鬱屈した気持ちが沸き上がってくる。
ふぅ、とため息を吐いていると名を呼ばれた。振り返るとエドワールがトマと駆け寄ってくるところだった。

「あ、あ、アスター、大変ですっ!!赤ちゃんが生まれるんですよ!!」

避難民の中にいた妊婦が産気づいてしまったのだという。

「うぉ!?そ、そりゃ大変だな!!産婆さんいるのか!?」
「それが産婆さんどころか、妊婦さんの体調が悪くって!!た、た、大変なんですーっ!!」
「そりゃ、大変だ!!あー、緑の印持ちを呼べ!!そうだ、カーラは何処だ?あいつも一応、女だろっ!?呼べ、呼べ!!」

女性と違って、男はこういったことに免疫がない。
どうしたものかと男三人であたふたしていると、見かねた避難民の中年女性に声をかけられた。
敵将らに恐る恐るといった様子だったが、子が生まれると聞いては見て見ぬふりもできなかったのだろう。子を産んだ経験があるので力になれるという。

「そりゃ助かる!エドワール、案内しろ。他、出来ることはあるか?」
「お医者さんも呼んでくだされば…」
「判った。探しておく!頑張るよう伝えておいてくれっ!おーい、医者!!いないか、医者!?赤ちゃんが生まれるぞー!!」

途中、会ったシプリにも手伝ってもらい、声をあげて砦内部を駆け回っていると、呆れ顔で呼び止められた。同じ赤将軍イーガムだ。

「何やってんだ、お前。大声上げて砦中を回るなよ。いいかげん、将軍だっていう自覚を持て」
「ばかやろう!赤ん坊が生まれるんだぞ!一大事だろうが!」
「はあ?」
「アスター!産婆さん発見したよー!」

シプリに呼ばれ、アスターは頷いた。

「よくやった!!案内しておけっ!!」
「もちろん、避難民の人に案内を頼んでおいたよっ!!それより清潔な布を持ってきてーっ」
「了解―っ!おい、イーガム、布だ布っ!!探せっ!!」
「はあ?俺もかよ!?本気か!?」
「当然だ。赤ん坊が生まれるんだぞ!一大事だろうが!」
「さっきも聞いたっつーんだよ」

呆れ顔のイーガムがしびれを切らして立ち去ろうとするところを捕まえ、無理矢理、綺麗な布探しに付き合わせていると、何処にいたのか、レナルドがやってきた。

「布、もういいらしい」
「そうか、そりゃ良かった。そういやお前、何処にいたんだ?」

自分の部隊を放り出して雲隠れしていたレナルドを咎めるように呼ぶとレナルドはいつも通り、淡々と答えた。

「ずっとこの砦」
「何やってんたんだよ?」

アスターが問うとレナルドは上、というように上方を指差した。

「ここの責任者捕まえてた」
「!!!」
「隠し部屋で自害寸前だった」
「うぉ……そりゃー……よくやった。でも今度から俺に許可とってから潜入してくれ」

あぶねえだろ、と言うとレナルドは怪訝そうに首をかしげた。

「戦場、常に危険」
「まぁ、それ言われちゃおしまいだけどよー」
「縛り、役立った。新技、考案中」
「そーか。それでよき男だったか?」
「微妙」

捕らえた男の容貌はイマイチだったようだ。
二人の会話にイーガムがどんどん顔を引きつらせていく。

「てめえら!!さっさとカーク様の元へ行き、合流するぞ!!」
「おう!赤ん坊が生まれたらな!」
「んな、暇あるかっ!!」

イーガムと喧嘩をしている間に遠くから赤ん坊の泣き声が響いてきた。

「お!?」
「……生まれた、みてえだな」
「やった!!」

駆けつけると、エドワールたちが我が事のように大喜びし、避難民たちと一緒に歓声をあげているところであった。

「ほっほっほっ、それじゃワシが名付け親に…」
「待て待て。せめて身内の方々につけさせてやれよ」
「ばんざーい、ばんざーい!」
「喜んでる場合か!ここは戦場だ!お前ら、もっと緊張感を持て!!」

イーガムに雷を落とされるアスター部隊であった。