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◆赤〜温かき生の紅〜(7)

対ベランジェール国戦が行われたのは冬に入る直前のことであった。
アスターたちも黒将軍ノース麾下カーク部隊所属として出陣することとなった。
アスターもカークの元で部下400を率いる身となり、初めてそれなりの規模の部隊を指揮することとなった。

(すげえ数の暗号だぜ)

敵の動きに対し、細かく対応できるように多くの暗号をノースは作っていた。
アスターたちはそれに応じて部隊を動かさなくてはいけない。
しかし今回、アスターたちが命じられたのは暗号によって隊を動かすことではなかった。
ノースに任せられた攻略地は重要な場所ばかりであり、中には困難な要所もあった。そのため、ノースは部下にも求めるレベルが高く、アスターらは困難に直面することとなった。
赤将軍であるアスターとイーガムの部隊が攻略を命じられたのは防御レベルの高いシガン砦。
本来、カーク部隊全体で攻略すべきレベルの砦を赤将軍のみで堕とせと命じられたのである。

(難攻不落の砦攻略か……まいったな)

ともかく外部からは落とせそうにない。しかしここを落とさねば先に進めない。
遠征の長期化は部隊にとっても大きな打撃だ。何とかせねばならない。
イーガムは左側から探ってくれている。
アスターは右側からの攻撃を探っているところであった。

「図案がありゃあなぁ……」

アスターは建築士だ。建築士の卵の段階で軍に入ったので知識は完全ではない。しかし素人でもない。
聞きとがめたシプリが顔を上げる。

「図案?」
「あぁ。図案とまではいかなくても簡単な地図がありゃあ、何か思いつくかもしれないんだが」
「ねえ?避難民の中に紛れ込んで中に入ったらどうかなぁ?」
「中に?」
「中に入れたら大丈夫でしょ?エドに頼んでみない?」
「エドにかよ?」
「あの子、どうみても騎士っぽくないからね。疑われないよ」

疑われにくいという面ではスパイとして最適だろう。

「ダメ元でやってみるか」

アスターはシプリの案を採用してみることにした。
エドワールは意外にも素直に応じてくれたらしい。すぐにシプリは報告に戻ってきた。

「は?トマも一緒に行った?」
「坊ちゃまだけに危険な任務をさせられないってさ。止めようがなかったよ。あと、ホーシャムも一緒に行ったよ」
「じいさんも!?」
「スパイ作戦は任せろってさ。張り切って行っちゃったよ」
「いや、任せた覚えねえし!」

そんな人数で行って大丈夫だろうかとアスターは不安になった。
一人だけでもスパイに出すのは心配なのに、計三人。スパイとしては多すぎるぐらいの人数だろう。

「ったく、しょうがねえなー。それで準備の方は順調か?」

一応、いつでも攻撃できるよう準備しておくように命じているアスターである。なんだかんだ言っても戦場慣れしている分、部隊の運営を覚えるのも早かった。

「それがさ、レナルドまでいないんだよね」
「はあ?あいつには何も命じてねえぞ」
「もしかしたら一緒に行っちゃったのかも。レナルドも話を聞いてたし」
「まじかよ!?ったく、めちゃくちゃだな。そんな人数でスパイしてどうするよ?ともかく準備だけはするように奴等の側近に言っておいてくれ。上司はあてにするんじゃねえとな」
「はいはい、了解」

スパイに出した部下達が戻ってきたのはその数時間後のことであった。見事に疑われずに済んだらしい。

「へえ……思った以上に詳細な地図だな」

アスターは砦の地図を見て、頷いた。

「この作りならこの辺りに下水があるな。この部屋の壁の厚さはちゃんと見てきてくれたか?」
「うん、かなり分厚かったよ」

エドワールの報告にアスターはニッと笑った。

「当たりだな。脱出路がある。2ルートから踏み込めるぞ」

同じ赤将軍のイーガムは見せられた手書きの地図に呆れ顔になった。

「スパイ作戦って何やってんだ、テメエら?まぁ使えるからいいが。ここは戦場だぜ?お遊びみてえに軍隊ごっこやってんじゃねえんだから、もっと危機感を持ってだな…」
「まぁそうカリカリするな。ほら、クッキーだ。食え」
「こんな菓子に誤魔化されねえぞ、俺は。……うまい」
「だろ?もっとあるぞ。食うか?」
「食う」
「じゃ食いながら聞いてくれ。この砦の攻略だが……」

菓子によって機嫌が直った同僚に対し、作戦を告げるアスターを見つつ、シプリら部下たちは顔を見合わせた。

『アスターって年下の扱いが得意だよね』
『子供好きじゃのー』
『イーガム将軍は殆ど歳が変わらないと思いますけど。でも上手ですね、アスターは』

「ところでレナルドは?」

アスターの問いにエドワールが答えた。

「あ、中に残ってます。中から援護してくださるそうです」
「おいおい!あいつとんでもねえな!頼んでねえぞ、そんなこと!」

万が一のことがあったらどうするのだと思いつつ、アスターはイーガムとまとめた作戦を部下に告げた。

「じゃ、頑張るぞ。目指せ、引退!じゃなかった。勝利ってことで」
「おーっ!」
「あ、いい男がいたらちゃんと捕まえるようにな!縛りの練習の成果を見せるチャンスだぞ!」
「おーっ!」

やる気のある返答が返ってくる。
イーガムには呆れ顔をされているが、ある意味、青将軍カーク麾下として模範的なアスター部隊であった。