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◆赤〜温かき生の紅〜(2)

休暇を終えて隊に戻ったアスターは、公舎の入り口でやや精悍な容貌の青年を見送るレナルドに会った。
相手の青年は騎士のようだ。しかし見覚えがない相手である。
自分たち以外とあまり付き合いがなさそうな無口な友の思わぬ交友関係にアスターは少し驚いた。

「知り合いか?」

黒い髪に藍色の目の青年は容姿も良く、腕もよさそうだ。一体どこで知り合ったのやらと思いつつ問うと、レナルドは患者だと答えた。

「患者?あいつ、病気持ちなのか?」

健康そうな青年だったのにと思い、驚いて問うとレナルドは真顔で頷いた。

「元敵。今、国民。元ニーイル国騎士」
「あー、なるほどな」

ニーイル国は半年以上前、アスターたちがノース部隊に所属しておとした国だ。その領土は現在ガルバドスのものとなっている。
王族も全員殺されたので、復興の余地もなく、またそのような考えを起こさないよう徹底的に旧領土には支配が及んでいる。
しかし元敵とはいえ、現在は国民だ。志願すれば兵として雇われることができる。寛容なのか大ざっぱなのか判らないシステムがあるのが、このガルバドスという国だ。

「で、病気って?軍人やってて大丈夫なのか?」

プライベートだ。聞いてもいいのだろうかと思いつつ問うと、レナルドはあっさりと頷いた。

「病気じゃなく怪我。股間」
「待て。それってもしかして、お前が蹴ったというアレか!?」

その通りだとレナルドが頷く。

「責任取った」
「は!?本気でやったのか!?」

当時、話を聞いたアスターは相手があまりに哀れなので、相手が生きていたら謝罪してやれとからかい混じりに告げたのだ。けして本気ではなかった。
しかしレナルドは本気にしたらしい。彼の話によると股間を蹴った相手で見つけることができたのはさきほどの男だけであったという。しかし、レナルドが本気で蹴ったのだ。当然ながら相手はかなりの重症だったため、定期的に通い、治療を手伝ったのだという。

(そりゃ相手もありがた迷惑だっただろうな。気の毒に…)

股間の治療を手伝われたなどかなりの屈辱だっただろう。しかも相手は加害者だ。
しかしレナルドは気にしている様子がない。彼は言葉通り、治療をし、『責任』をとったつもりなのだろう。

「大丈夫。もう元気。勃つ」
「いや、そういう報告はいらねえし」

さきほどの相手は真面目で精悍な容貌だった。それだけに尚更、気の毒になる。
しかし無事回復したというのであれば不幸中の幸いだろう。もっともレナルドの治療のお陰かどうかは判らないが。

「ちょっと、デカイ図体で入り口塞いでないでよ」

迷惑そうな声に振り返るとシプリが来ていた。
確かに入り口を塞いでいると邪魔だろう。慌ててアスターは歩き出した。

「あー、悪い」
「あのさ、アスター。君、移動の件、どうするのさ?」
「あー…そうだな」

ガルバドス軍は人事移動の時期が迫っていた。
下っ端には希望の移動など不可能に近いが、赤将軍は移動がある。
赤将軍は青将軍に所属するものなので、移動の場合はどの青将軍の元へ移りたいかを問われるのだ。
そして、アスターは移動の可能性があった。ノース麾下のカーク青将軍に移動してこいと誘われているのである。アスターが希望し、カークとセルジュの間で折り合いが付けば、移動することになるだろう。

(どうするかなぁ、今、ちょっと居心地悪いし移動してもいいんだけどよ…)

セルジュには水筒の件を問われていた。
知らぬ存知ぬを貫き通したが、セルジュの表情は納得しているように見えなかった。
アスターとしても何年も前のことであり、記憶はうろ覚えだ。問われても困る。
セルジュの方も詳細を話して問い詰めるわけにはいかなかったのだろう。結局、この問題はうやむやになったままだ。

セルジュは現在、特定の黒将軍についていない。しかしレンディの招集に応じることが多く、出撃率が高い青将軍だ。
セルジュの元にいれば、今後も戦場に立つ回数が多くなるだろう。
出世欲が高い場合はそれでも構わないだろう。しかしアスターは戦場に立つことを望んでいないのだ。

(けどカーク様じゃなぁ…)

一方、カークは完全な男好きでそれも変わった趣味を持っていることで有名だ。
男だけのハーレムを作る野望を持っているのだと堂々と公言しており、その変人ぶりでは騎士の間で知らぬ者がいないほどの有名人だ。
そんな相手に気に入られているアスターは手足の長さで好みから微妙に外された。
けれどいつそれでもいいと言われるか判らないという恐怖があるため、素直に移動したいとは思えないのだ。
カークの上官ノースは常識人のようだったが、アスターにとっては直属の上官がカークだけにどうしたものかと思ってしまう。その上、アスターの部下にカーク好みの男がいた日には目も当てられない。部下を救いようがない。

(待てよ、いっそ別の青将軍のところへ移動するか?)

カークに誘いを受けている身だ。気が引けるが考えてもいいかもしれないと思う。他の青将軍にいい人がいるかもしれないではないか。

「なぁ、シプリ。評判のいい青将軍様って知らねえ?」

アスターが問うとシプリは眉を寄せ、思案顔になった。

「そう言われてもねぇ…ハッキリ言って、興味がないんだよねえ」
「だよな。レナルドは」
「青将軍知らない」
「だよな…」

彼等はいやいやながらの軍人だ。チャンスがあればすぐにでも辞めようと思っている。それだけに軍内部の事情に興味がない。幹部の顔もろくに知らないのだ。

「でもさぁ。セルジュ様って評判悪くないみたいなんだよね。カーク様も趣味はともかく能力は抜群って話だし、どっちに転んでも仕事的には問題なさそう」

無理に他の青将軍を選ばなくてもいいと言いたいのだろう。
シプリの言うことももっともだ。贅沢を言っていたらきりがないだろう。他の部隊には他の部隊の事情がある。そこが今よりいい職場とは限らない。

(あー…どうするかなー……)

悩むアスターであった。