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◆白〜終わりの見えぬ道を歩むこと〜(9)

「……出世した?アスターは私の部下なんだがな…」

セルジュは入ってきた連絡に困惑した。
セルジュは部下を200名ほどノース軍に貸し出した。その200名足らずは新兵と兵卒だ。ノースからの要請に形ばかり答えたものであり、誠意がこもっていたとは到底言えない。セルジュの側近と言える精鋭が含まれておらず、質が悪いからだ。
しかし、その中の一人がいきなり赤将軍に出世したという。これは思わぬ結果だった。
通常、出世は直属の上司が下すもの。今回の場合、直属の上司はセルジュであり、カークではない。あくまでアスターたちはセルジュの部下であり、今回は単なる貸し出しだからだ。
しかし報告書によると出世に関しては黒将軍であるノースも許可を出していた。敵将を一人生け捕りにしたことが功績となったらしい。
敵の首を取るよりも捕虜としてとらえる方が困難であることはセルジュ自身、よく判っている。何より、黒将軍であるノースが許可したのであればセルジュに苦情を言う権利はない。黒将軍はすべての青将軍に対し、指名権がある。つまりすべての黒将軍はすべての青将軍にとって上官なのだ。

「…とりあえず移動は認められない。戻ってきてもらわねば…」

ノースに貸し出した部隊は各隊から新兵だけを集めた混成部隊だ。戦力的には大したことがないが、そのまま差し出すには不都合がある。新兵だけを譲ったとなると後々妙な醜聞になりかねない。数も200。多くはないが少なくもない。簡単に譲れる数ではない。

「移動の時期に改めて要請してもらうことにしよう」

こうしてアスターはセルジュの軍へ戻ることとなった。


++++++


赤将軍は公舎がない。青将軍直属となるため、彼等の公舎にて任務を行う。
青将軍は自分の公舎を持っている。同様に公舎は黒将軍にもある。
己の直属とも言える黒将軍がいる場合、青将軍は側近としてそちらに詰めていることが多い。
セルジュは以前デーウスの側近であったため、彼の公舎にいることが多かった。
現在は直属と言える上官はいない。強いて言えばレンディだが、彼の出陣が多かったため、彼の要請に従って従軍していたに過ぎない。
そのセルジュは麾下2500を持つ。青将軍の上限は3000兵なので2500という数は十分、上位に入る数だ。そして持つ兵の数はそのまま青将軍としての実力も示す。己の軍を維持し、兵を養っていくのは楽ではない。仕事をこなさねば、兵の補充も報酬もないのだ。
そして黒将軍は信頼の置ける優秀な青将軍を指名する。 青将軍は指名を受け、豊かな財源を得て、余裕を持って軍を維持せねば次の戦いにも出られない。青将軍は高位だが楽ではないのである。

「あの方もデーウス様の元へお戻りになられればいいのに…」

セルジュの部下は時々そうぼやくがそれも当然なのだ。
レンディの部下は楽ではない。彼の向かう戦場はいつでも過酷な戦場だ。
一方のデーウスは正統派であり、いつも堅実な戦いをする。軍が奇妙な動き方をすることはなく、大崩れすることもないしっかりした戦い方をするのだ。性格も真面目で信頼がおける。
そして黒将軍の側近であるということは指名を受けるための気疲れをすることもないということだ。特定の黒将軍の側近でいられれば、暗黙の了解で他の黒将軍から指名を受けることがない。他の将軍に気を使う必要もなく、己の黒将軍の庇護を無条件で受けることができる。戦いにも同行させて貰えるため、報酬もしっかり入ってくる。ようするに楽なのだ。
セルジュは優秀な青将軍だ。部下の信頼も厚い。それだけの部下達は己の上官の心配をしている。早くデーウス様の元へお戻りになられればいいのにとぼやくのは上官を案じてのことなのだ。
そんな部下の一部は、ある一件に関心を持っていた。
それは古ぼけた水筒だ。忘れ物入れに入れてある何の変哲もない水筒である。
何年も入ったままのその水筒はセルジュが受取人を知りたがり、ずっと入れさせているというワケありの代物だ。

「セルジュ様が知りたがっておられるのだ。恩人だという噂だが一体どういう奴なのやら…」