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◆白〜終わりの見えぬ道を歩むこと〜(10)

その忘れ物入れは定期的に虫干しされる。忘れ物には衣類が混ざっているので放っておくと臭ったり、虫が付いたりするのだ。

セルジュの元へ戻って数ヶ月後、アスターは偶然その虫干しに出くわした。官舎の中央にある中庭に布を敷いて干されているのを見つけたのである。

「なんだありゃ?」
「あぁアスターは見たことなかったの?忘れ物だよ。たまにああやって干してるらしいよ」
「へー…どれどれ…」

雑然とした品揃えにシプリがろくな物がないと顔をしかめる。

「当たり前だろ。大切なモンなら、なくさねえって。…お?」

アスターは片隅に干されていた水筒を手に取った。

「いきなり発見。俺、これどこで忘れたっけ」
「それ、アンタのなの?」
「あぁ。ほら、ここの留め具。細工してあるだろ。自分でやったんだわ」

ベルトを着けて腰にさげやすいようにと細工した部分を見せ、アスターは水筒をながめた。

「これ、勝手に持って帰っていいのかね?」
「さぁ。俺、忘れ物したことないしさ」
「あ、タグがついてる。65だって」
「じゃあ受け取りの手続きがいるんだよ。それ持って事務室に行かなきゃいけないんじゃない?」
「だな。しかし物持ちがいいなー。一体いつ忘れたっけ、これ…」

アスターは水筒を手に事務室の扉をノックした。

「すみませーん…」


++++++


無事水筒の受け取りをすませたアスターは困惑顔だった。

「どうした?」
「いや…びっくりされたあげく、セルジュ様のところへ行けって言われた。この水筒、セルジュ様がらみらしい」
「はあ?何それ」
「さぁ……」
「あんたの水筒、茶色の皮のカバーをしてるやつだったよね。その水筒、俺、全く見覚えないんだけど。一体いつ頃使ってたのさ?」

シプリに問われ、アスターは視線を彷徨わせた。

「うーん…入隊時に家から持ってきたのは確かなんだがなぁ」
「じゃあ新兵の頃に無くしたわけ?何年前なんだよ。よく無事だったね、それ」
「全くだ。新兵の頃だろ。今の水筒は急に必要になって…あれ?」

そう、急に必要になり、急いで買ったのを覚えている。軍で水筒は必需品なのだ。
一度思い出すと記憶はそのまま流れるように脳裏に蘇ってきた。
駐屯地へ戻り、近くの店で今の水筒を購入した。その街は初陣の帰りに立ち寄った街だった。
つまり初陣で水筒を無くした。水筒は戦場では使用せずに………。

「あ…!」
「どうした?思い出した?」
「あぁ………」

アスターは顔を引きつらせた。
夜で暗い茂みの中で出会った相手。その相手にマントと一緒に布や水筒を渡した。そしてそのまま立ち去った。その記憶が蘇る。

「まさか……な……」

今の上官、セルジュがその人なのだろうか。
闇の中で会った被害者の人なのだろうか。
それならば気まずい。今更知りたくはなかった情報だ。こんな情報、互いの間にあったところで何かの役に立つとも思えない。気まずいだけだ。

「くそ、思い出さなきゃよかった」
「何言ってるのさ?」
「いや……おい、シプリ。俺は何も知らないってことにしておいてくれ。水筒も忘れていてどこで無くしたか知らないってな」
「はぁ?なにそれ」
「怒られるの困るんだよ」
「何それ。何かやらかしたのを思い出したの?別に黙ってるぐらいいいけどさ。俺も事情知らないし、それしか答えられないしさ」
「助かる。ありがとよ」

とりあえず上官の元へ行くことは中止することにし、アスターはため息を吐いた。

「これ、俺のじゃありませんでしたって……今更通じねえかなぁ……?」

運命は皮肉に交差し合う。
アスターが軍に入り、四年が経過しようとしていた。

<END>