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◆白〜終わりの見えぬ道を歩むこと〜(3)

時は少し遡る。
青将軍セルジュは側近の赤将軍らと共に、すり鉢状の訓練場で新騎士たちの練習試合を見ていた。

「…一方的だな」

新人騎士の中でも兵卒出身の者たちは強かった。さすがに歴戦を生き抜いてきただけあり、効率の良い戦い方を心得ている。
中でもずば抜けていたのは長身の棒使いだ。
極端なほど長いリーチで敵を寄せ付けず、隙もない。無駄のない動きで相手を簡単に伸している。

「あれはアスターです。レンディ様のご温情で騎士となった者の一人です」
「なるほど」

騎士よりも遙かに出世しやすく、階級差がない一般兵出身。
しかし出世しやすいとはいえ、兵の中のトップになるにはそれなりの功績が必要だ。
そして出世のきっかけとなった第五中隊は過酷な戦いを強いられた部隊だ。それを生き延びたのだから出世した者達はそれなりに実力のある者達の集まりだと言える。

「ノース様が腕の良い部隊を欲しがっていた。しばらく貸し出すか」

ノースはレンディが連れてきた頼りない雰囲気の青年だ。
殆ど戦えない上、痩せて体格も悪いため、誰もがその能力を怪しんでいた。
しかしレンディの目は確かだった。ノースは宛がわれた二人の将軍ダンケッドとカークの能力を最大限に使い、見事、国を一つ落としてみせた。しかも驚くほど短期間で被害も最小限に抑えてのものだった。
国を落とすには何度も戦いが必要だ。たとえ相手が小国であってもただ一つの軍で落とせるものではない。
しかしノースはそれをやってのけた。彼がただならぬ人物である証だ。その功績により黒将軍の地位を確かにしてみせた彼は、知将として急速にその名を広めつつある。

「せめてダンケッドの方に配属されることを祈ってやろう。彼は体格がいい。カークの好みかもしれないからね…」

ノース麾下、青将軍カークは無類の男好きで有名だ。

試合中のアスターは当然ながらセルジュの呟きを聞くことがなかった。
セルジュの方もアスターがかつての恩人であることに気付かぬままであった。


++++++


同僚と共にノース軍へ移ったアスターはそこで上官だというカークの出迎えを受けた。
カークは青将軍。知将ノースの片腕と言われつつある人物だ。
綺麗な黒に近い赤の長髪をした知的な雰囲気のある青年は、やってきた騎士を一人一人、広間に並ばせ、丹念に眺めていった。
その後方にはカークと同じくノースの側近と言われるダンケッドが穏やかそうな顔で椅子に座り、その隣には痩せた青年が書類を眺めつつ、同じく椅子に座っている。彼が知将ノースだという。

(あれが知将か。へー…本当に痩せてて小せえんだなぁ)

そんなことを呑気に思っていると、目の前にカークがやってきた。

(…ん?)

「あぁ、惜しい。なんて惜しいんでしょう!筋肉と顔は合格だというのに!」
「…は……?」
「非常に残念です。貴方は手足が長すぎて蜘蛛人間のようです。ああ、本当に惜しい。体格と顔は合格だというのに!……手足は詰められませんからねえ…」
「……は…」

未練っぽく手足を見つめられる。
なんだか酷いことを言われているような気がするのは気のせいだろうか。しかし驚きが強すぎてついていけない。
唖然としていると、書類を見ていたノースが顔を上げた。

「カーク。好みは後で丁寧に調べてくれ。時間がない。すぐに進めるよ」
「御意。後で丁寧に調べます。…では次の作戦についての説明ですが…」

よく判らないが知将に助けられたらしい。
そんなことを思っていると隣のシプリに脇を突かれた。シプリは端正な顔をやや青ざめさせている。

「後で調べられないようにうまく逃げなよ?」
「お、おう…」

何が何だかさっぱりだ。しかし身が危険なのは確かなようだとアスターは思った。