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◆創〜終わりを望む始まりの話〜(8)

月のない晩に訪れる来客はいつも窓から入ってくる。
謎の多い黒髪の少年は軍に所属していることしか判らないアスターの秘密の知り合いだ。
出会った頃は子供そのものだったその少年も、十代半ばになった。
あと三ヶ月だとアスターが告げると少年は奇妙な表情になった。

「三ヶ月経ったら故郷に帰る。そしたらまぁ嫁さんでも貰って、いい建築士になるのが夢なんだ」
「……そう」

甘えるように身を寄せていた少年は顔を曇らせた。

「なんだ、寂しいのか?お前もちゃんと友達見つけねえとダメだぞ?」

くしゃくしゃと頭を撫でると子供はなされるがままになっている。

「俺、もう、子供じゃない……」
「ん?俺から見りゃまだまだ子供だ」
「…15から大人だって聞いた…」
「だからまだあるだろ?来年から大人ってことにしておけ。急いで大人になったっていいことねえぞ」

アスターがそう告げると子供は小さくため息を吐いた。
いつも来るときは上機嫌で子供らしく甘えてくる少年の珍しい姿にアスターは少し驚いた。

「俺も大人は愚かで面倒だと思ってた……けど大人になりたい…」

そう告げる少年にアスターはそういう年頃なんだろうなと思った。
大人になりたくない時期、そして大人になりたい時期。そんな時期が混在するのが思春期なのだ。子供には矛盾する心が混ざり合うことがある。少年はそんな時期なのだろうとアスターは思った。

「俺はいつか貴方に嫌われて憎まれると思う…」
「なんだそりゃ?」
「判らなくていい。判らない方がいい。俺は……闇の中の死。毒使いの鎖持ちだ」

本当に今日は奇妙なことを聞く日だとアスターは思った。子供は何か悩んでいるのだろうか。15と言えば少年が少年兵でいられるのもあとわずかということだ。
もしかするとこの子供は正規兵として雇われるつもりなのかもしれない。そうやって軍に残る子供は多く、国もそれを望んでいる。
しかしアスターは子供にそんな将来を望んでいなかった。

「お前、家に来いよ。大工見習いとして雇ってやるからよ」
「…え……?」
「心配するな。給金は安いかもしれねえが、うまい飯を毎日食わせてやるぞ。家族もいるし賑やかにやっていけるぞ。そうそう、お前と歳の近い弟がいるんだ。きっと仲良くなれるぞ。なぁに、お前一人ぐらいちゃんと食わせてやれるから心配するな。な?来いよ、坊」

アスターが誘うと少年は目を細め、泣きそうな顔で笑った。

「ありがとう……でも…」
「ん?」
「ごめん、アスター。……ありがとう……でも俺にはやらなきゃいけないことがある」

帰る、といい、窓から飛び出していった少年にアスターは驚き、顔をしかめた。

「あー……また名前を聞き損ねた。いっつも教えてくれねえなぁあいつ」

アスターはまた次の闇夜に来るだろうと思い、去っていった少年のことを深く考えなかった。

(お袋、俺がガキ連れて帰ったら驚くかな。けど俺が生き延びて帰ったら喜んでくれるだろうな。将来あいつと一緒に家でも作るか。次男だからいずれ独り立ちするしなー…。坊に普通の生活をさせて、楽しいことを一杯教えてやって、うまいもんをたくさん食わせて、それで…)

将来を夢見るアスターは幸せな未来を疑っていなかった。
少年との奇妙な縁が己の運命を変えたことにアスターは気付かぬままであった。