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◆創〜終わりを望む始まりの話〜(5)

アスターたちが所属する部隊の長は青将軍のセルジュだ。
セルジュとアスターは闇の中で出会っていたが、お互いに殆ど容姿が判らなかったため、気付かぬままであった。
それでなくても最下級の兵と軍幹部だ。出会うきっかけは殆どない。それこそ昨夜のようなハプニングがない限り、出会いのチャンスはないのである。
そのセルジュは上官デーウスの側近中の側近と言われている。しかし実際は士官学校時代からの親友同士であった。少なくともセルジュはそう思っていた。

『今日は後方支援を任せる』

デーウスはセルジュに対し、淡々とそう告げた。感情の感じられない声音だった。
セルジュは攻撃も防御も長けた青将軍だ。青将軍内では間違いなく腕利きに入る優れた将であり、功績もあるため、いつ黒将軍になってもおかしくないと言われている。
しかしセルジュ自身はデーウスの力となるために昇格を望んでいなかった。共に幾度も死線を乗り越えてきた親友だ。死すその瞬間まで、力を合わせて戦い抜くつもりだった。今までは…。

(………裏切り者め!!!)

ずっと信じてきた。彼のために最前線で戦い続けてきた。
それなのに昨夜、親友ではないと言われた。信頼を最悪の形で裏切られた。
親友ではないのなら何だったというのだ。性欲の対象として見られていたとは思ってもいなかった。思っていたのなら何故言わなかったのだ。一体、幾年一緒にいたと思っているのか。その間、共に酒を交わし、同じベッドで倒れるように眠り込んだことが幾度あると思っているのか。それは演技だったというのか。信じられない。信じられるはずがない。

他の将たちも二人の間にある溝に気付いたのだろう。気遣うような視線は向けられたが、直に問うてくる者はいなかった。
デーウスとセルジュが親友同士であることは有名だ。それでなくてもセルジュがこれだけ睨み付けていれば喧嘩別れしたことは一目瞭然だ。問えるはずがないだろう。

この二人の喧嘩が結果としてアスターたちが後方に回るという結果を招いたのだが、アスターが知るよしもなかった。


++++++


己が助けた相手が雲の上のような高位の上官であることを知るよしもないアスターは同僚たちと後片付けをした後、戦場へ向かった。

「今回は戦わずに済みそうだなー」

後方支援だ。よほどのことがない限り、敵はここまでこないだろう。

「あぁ…よかった…!!」
「そうですね、エドワール様!」

主従は泣き出している。

「おいおい、まだ戦いが終わったわけじゃねーから気を抜くなって」

あと三年、こんなことが続くのかと思うと思わずうんざりするアスターである。
その時、大きく左翼が崩れた。ギョッとした瞬間、突撃してくる敵兵の姿が見えた。

(マジかよ!?)

その奥に小さく見えるのは鎌首を掲げた大蛇。距離は相当あるだろう。
アスターに理由は判らないが、レンディ部隊とこちらの部隊の間から敵が入り込んできたらしい。

「後方支援だと思ってたらいきなりかよ!?エド、守ってろ!!最高の防御してろよ!!」
「え、え、え……」

顔を引きつらせ、泣き出しそうな顔をしているエドワールにアスターは舌打ちした。

「エド!!今、お前を守ってやれる余裕はこっちにもねえんだ。だからお前は自力で守れ。無茶でも何でもいい。とにかく自分でやれ!!どうせやらなきゃ死ぬんだ。だから死ぬ気でやれ!!」
「はっ、はっ、はいぃぃ〜っ!!」

泣き出したエドワールはしゃくり上げつつ大きな盾を構えた。次の瞬間、エドワールの周囲を被うように防御陣が発動した。

「あ!?お前、土の印持ってるのかよ!?」
「は、はいっ!父上との特訓でこれだけ覚えましたっ!!」
「あ、私も地神の手だけなら使えます」
「トマも!?だったら早く使えよ!!まぁいい、これなら一応、安心だな。トマ、その地神の手で攪乱頼むっ」
「判りました!!」

味方の思いもかけぬ特技を目にしてアスターの気が高揚する。
アスターの武器は長棒。刃物はついていないが、敵を殺すのが目的ではないのでこれで十分なのだ。丈夫な棒は急所を直撃すれば容易に昏倒させることができる。そしてアスターは生まれつき長身で腕も長い。長い腕と長い棒はでたらめなほどのリーチを彼に与えるのだ。これが彼にとって最大の武器である。

「行くぞ!」

アスターの声に慣れた様子で剣と弓を構える二人の仲間シプリとレナルドが頷いた。
結果、アスターたちは無事、戦場を生き延びて帰ることが出来たのであった。