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◆創〜終わりを望む始まりの話〜(4)

朝の水汲みと炊き出しは一般兵の仕事だ。
アスターは他の兵と一緒に大量の食事を作りつつ、配って回った。
昨日泣いていたエドワールはトマと一緒にせっせと配って回っている。こういった仕事の方が、気が楽なのだろう。昨日よりは元気があるようで、アスターは安堵した。

「このエプロン、デザインがさいっあく!!」

違った意味で元気なのはシプリだ。ただの白いシンプルなエプロンに不満があるらしい。
そこそこの長身であるシプリはなかなか整った容貌の主だ。シンプルなエプロンは当人がいうほど不似合いではなく、それなりに似合っている。

「エプロンなんかどうでもいいじゃねえか」

アスターの意見に無言で頷いたのはレナルドだ。目が細く痩せている彼も同じエプロンをしている。彼は無口だが意外とノリがいい。頷いたり首をかしげたりという行動で意思を示している。

「俺は未来の被服師として…!」
「いや、未来のためには今日生き延びなきゃいけねえしな」

兵士というのは下っ端だ。
ガルバドス国では、一等兵、二等兵、三等兵、兵長、兵隊長として五つの階級がある。
その上が、騎士なのだ。
騎士となったらシンプルで、騎士と騎士隊長しかない。その上は赤、青、黒の三階級。ようするに将軍位になるのだ。
兵も五階級。騎士も将軍位を合わせると五階級。
どちらも同じ五階級ではあるが、重みが違う。騎士はいわゆるエリートであり、士官学校を出なければなれない地位と言っても過言ではない。むろん、兵を登ってもなれる地位ではあるが、それは単なる一般論に過ぎない。兵士が騎士になるこの段階が非常に重く、固く閉ざされているのだ。よほどの功績をあげなければ、どれほど長く軍にいても騎士にはなれないと言われる。
そして仮に騎士になれたとしてもその後が大変だ。出世が優先されるのは士官学校出身のエリート騎士のみ。下っ端の兵から登ってきても出世の道は殆どないという。

「あのじーさんが良い例だな。兵になって40年近いというが、未だに兵士だ」

食事を作りつつ、ベテラン兵に教えられた方角を見ると、頭髪の少ない初老の兵がいた。着ている服は隊長服なので一応、管理職にはいるらしい。

「兵隊長のホーシャムさんだ。元気で頑固なじーさんだが、何しろじーさんだからなぁ。頼りになるんだかならないんだか…」
「へえ……」
「レンディ様みてえに青竜でも持ってなきゃいきなり将軍なんてあり得ねえよ」

そうなんだろうな、とアスターは思った。
だがいずれにせよ、アスターは徴兵による兵だ。期間が終了さえすれば辞める予定なのだ。
あのじいさんみたいに40年も軍にいるなんてあり得ないなとアスターは思った。


++++++


戦いは正午過ぎに再開された。
十代前半のレンディは、成長期前の小柄な体で大蛇姿の青竜の背に乗っていた。
自在に体のサイズを変える大蛇に乗ると、地上の人間が虫のようなサイズに見える。軽く青竜が背を振るわせるだけで人を殺す毒がまき散らされるのだ。そうなると背の上のレンディに近づける人間はいない。レンディはただ乗っているだけでよかった。
レンディには毒への免疫がある。青竜が持つ酸を浴びればさすがのレンディも無事ではすまないが、毒では何ら影響を受けなかった。
レンディの興味は己に近づこうとする敵ではなく、味方にあった。

「あれはサンデ部隊か……また愚かなことをしている…。あんなに突出したら狙われる一方なのに」

今回の戦いに出た軍はレンディ、ブライアン、デーウス、サンデの四人だ。
その中で、サンデは明らかにレンディを意識した様子で功に逸っている様子が見受けられた。
子供のレンディが同僚であるということが許せない様子の将軍は確かにいる。中でもサンデはそれが顕著な一人であった。

「頭の悪い奴はやだ。大人はそういう奴が多いね、ディンガ」

つまらなそうにレンディは呟いた。

「そう都合良くばかり事が進んでも面白くはあるまい。多少は障害がある方が面白いものだ。すぐに判るようになる」

青竜ディンガは己の幼き使い手にそう答え、巨大な尾を振った。その尾に直撃された不運な敵兵が幾人か吹き飛ばされる。

「俺、サンデやだよ」
「そうか。ならば気に入る奴を探せばいい。奴は気にするな。愚か者はいずれ自滅する。放っておけばいい」

地面が赤く輝くことに気付いたディンガが瞬時に巨体で敵陣へジャンプする。炎蜘蛛陣による攻撃だ。次の瞬間、地面から炎が吹き出したが、ディンガは避けていて無事だった。一方、敵陣はディンガの巨体による直撃を受け、不運な幾人かが大蛇の巨体に押しつぶされた。ディンガはおもしろがるように巨体を振り回し、敵を投げ飛ばしていく。
まるでアリのように人間が次々と潰されていく様子をレンディは淡々と見つめた。

「つまらないなぁ……」

ちぎり飛ばされてきた何かをとっさに受け止めたレンディはそれが人の腕であることに気付いた。ぺろりと傷口を舐める。

「新鮮な血だぁ……」

滴る血を舐めながらレンディは呟いた。

「早くディンガの遊び終わんないかなぁ…つまんないや……」