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◆創〜終わりを望む始まりの話〜(2)

シャルフーリー国はガルバドスのちょうど南に位置する中堅国家である。
アスターたちの初陣はその国との戦いとなった。
戦場に出向いたアスターたちは全体の中衛付近に配属された。

「ぼ、ぼ、ぼく…戦場なんて到底無理です〜っ」

緊張が極まったのだろう。そう言って泣き出したエドワールにアスターは困った。
いつか泣き出すと思ったが、戦場で泣き出されても困る。目立って標的になるだけだ。

「大丈夫です、坊ちゃま。俺が守りますから!」

そう言ってトマが慰めている。戦場だというのに何とも場違いな光景だ。

「あんたらいい加減にしてよね!子守じゃないんだからさぁ!」

そういってシプリがキレているが当然だろう。戦場での会話ではない。

「泣くな。目立つ。殺される」

単語でそう淡々と告げたのは無口なレナルドだ。彼が喋ったことにも驚いたが、さすがの彼も泣かれるのは困ると言うことだろうか。

「あー、エドワール。とりあえずお前は盾を構えておけ。いいか、目立たねえように静かにだ。そうしたら俺たちが守ってやる。力をあわせて生き延びればいい。そうだろ?」

アスターがそう告げると味方に叱責され、怯えた顔をしていたエドワールは引きつった顔で頷いた。
そうですよ、とトマが再度慰めている。

「大丈夫だ。俺たちは運がいい」

レナルドがそう告げる。アスターは驚いた。

「え?そうか?」

「あぁ、左翼からは敵が来ない。右は河。前方さえ見ておけばいい」
「何で?」
「左翼にはレンディがいる。大きな死霊が動いている。俺には見える。だから前さえ見ていればいい」
「なるほど。そりゃ運がいいな、確かに」

死霊が見えるというレナルドの力がどういうものなのかはアスターには判らない。しかし前さえ見ていればいいというアドバイスは助かるとアスターは思った。とにかく今は生き延びることなのだ。

「聞いたか?エドワール。前さえ見てりゃいいぞ。ちゃんと生き延びられるぞ!」

アスターはエドワールに気を取られていたのでレナルドの方を振り返らなかった。
そのため、死霊と聞いても動じなかったアスターにレナルドが小さく笑んだことにも気付かないままであった。


++++++


軍事大国ガルバドスで絶大な権力を持つ一人である青竜の使い手レンディは十歳前後の少年だ。
成長期前の小柄な体に大きな黒いコートを羽織る彼は、最年少でありながら黒将軍の筆頭に立つ。
そのレンディの一番古い記憶は闇の中だ。
レンディの出身であるキア族は洞窟の奥で暮らす少数民族である。
小柄で力がないキア族は遠い昔、他民族に追われ、洞窟の奥に逃げ込んだのがきっかけでそこに暮らすようになった民だという。
色が白く、夜目が利き、闇に愛されるキア族は独自の風習を持ち、生涯を洞窟の中で暮らす。
しかし陽の下で生きれないというわけではない。レンディがその例だろう。不幸にも幼くして両親を失ったレンディは青竜ディンガに拾われて育てられたが、幼い頃から陽の下で生きたためか、特に陽の光に困ることはない。
しかし困った癖も残った。キア族は炎を使用しない民族のため、肉も生で食する。文字通り、生肉を食い千切り、血を啜って生きるのだ。
他の人間に慣れ、普通は肉を生で食べないことを知った後もレンディの味の好みが変わることはなかった。

ガルバドス国ですぐに黒将軍位を貰ったレンディは子供の体に黒のロングコートを羽織った。
七竜を使い手としているだけの未熟な子供だと侮った青将軍らはすぐにその考えを改めることになった。

圧倒的攻撃力。

楽しげに目を輝かせた子供は型のない剣技で躊躇いなく首を切り裂いていく。
その子供を背に乗せた状態の大蛇は軽く身震いするだけで周囲の騎士をバタバタと倒していく。一体何が原因で騎士達は死んでいくのか判らない。判っているのは近づいては己まで殺されるということだ。

眼に見えぬ射程範囲の広い毒。
鋼をも溶かす酸。
自在に体のサイズを変化させる大蛇
レンディの型のない剣技。
そして一番恐ろしいのは彼の頭の良さだった。子供が一体どこで学んだのか、一人前に軍を動かすのだ。
そうして彼は次々に周辺諸国を落としていった。今回のシャルフーリー国戦はすでに三つ目の国なのだ。
しかしシャルフーリー国側もさすがに警戒し、最初から全力で応戦にかかっている。
戦いは序盤から荒れ模様となっていた。