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◆創〜終わりを望む始まりの話〜

アスターは建築士見習いの18歳の男である。
白に近い金髪と青い目を持ち、190cm近い長身で、ひょろりと手足が長いので身体バランスが少し悪い。
しかし、幼い頃からやんちゃで運動神経は悪くない。

彼は親が建築士だったため、よく玩具を作ってもらっていた。
自分も幼い頃から手先が器用で、見よう見まねでいろいろ作っていた。
手製の玩具なんかは同世代の子供にも喜ばれていたものだ。
物を作るのが好きだから、職人になろうと決めていた。次男なので家を継ぐのは難しいかもしれないが、家業を手伝おうと思っていたのだ。
しかし、祖国ガルバドスには徴兵制度がある。隣国ウェリスタの徴兵期間は二年だそうだが、ガルバドスは三年だ。その三年という間、軍の下っ端として働き、生き延びなければならないのだ。

(……ま、しょうがねえよな)

それが決まりだから仕方がない。医者などなら免除されたかもしれないが、あいにく建築士見習いは免除されることがない。
幸い、アスターは近所の武術道場に幼い頃から出入りしているので武術の心得がある。何の護身術の覚えもない素人よりは生きのびるチャンスがあるだろう。
そうしてアスターは軍に入ることになった。彼が18歳のときのことであった。

「おめえが軍ねえ…」

近所の武術道場の師はそういって苦笑した。
ロドリクという名の壮年の師は小柄ながら、棒術の達人として、若い頃は名を馳せたという人物だ。怪我をして軍を引退し、道場を開いたという。

「まぁ何とか生き延びれりゃいいがなぁ。だが油断はするなよ?戦場ってのは思いもかけないことがよくあるもんだ。実際、戦場で一番役立つのは運だ。へなちょこでも運さえありゃ生き延びることができる。運がなきゃ、ささいな流れ矢で死んだりする。そんなもんだ」

運なんて自分じゃどうしようもないじゃねえかとアスターは思った。実に役に立ちそうにないアドバイスだ。しかし師は器に入った酒を美味そうに飲んでいる。酒癖のよくない師だ。酒の戯言なのかもしれない。

「まぁてめえは今のところ俺の一番弟子だ。今の実力に運さえありゃあ生き延びられるだろうよ。うまく帰ってこいよ、ダメ弟子」

そう言って師はカッカッカと笑った。
何とも頼りにならないアドバイスだったが、アスターは丁寧に頭を下げた。酒癖の悪い師だが、礼儀にはうるさい。この道場に入ったときに最初に叩き込まれたのは礼儀であった。そのため、下町のやんちゃ坊主だったアスターも一通りの礼儀作法ができるのだ。
そのアスターは壁にかけられた古ぼけた丸盾に刻まれた紋章を知らなかった。
火トカゲを刻んだその紋章はかつてガルバドス軍に名を轟かせた黒将軍の一人が掲げた紋章の一つだ。
軍事大国ガルバドスではそのトップに立つ八人は大きな権力を持つ。軍人が大貴族より力を持つと言われるのは軍事大国ならではの特徴だ。
その黒将軍は己の紋章を持つ。黒いロングコートに刻まれし紋章。それがそのまま彼等の軍の紋章となるのだ。
現在、ガルバドス軍で最高の権力を持つレンディ。そのレンディが受け継いだ軍がかつて火トカゲの紋章をかかげていた軍なのである。
しかしアスターはそのような事情を何一つ知らぬまま、一般兵として軍に入ったのであった。

アスターが入った小隊は五人編成であった。一応、隊長はアスターである。
一人はシプリアン。通称シプリという彼は被服師だという。
彼は下級貴族であり、代々騎士の家系に生まれてしまったため、騎士になることを望まれていたという。それに反発して家を出て、被服師を目指しているそうだ。しかし徴兵は逃れられないため、しぶしぶ軍に入ったのだそうだ。
金髪と緑の目をしたシプリはアスターほどではないが、なかなかの長身だ。
嫌いだと言いながらも武術は叩き込まれて育ったらしく、一通り扱えるらしい。

「きっちり三年経ったら出てってやるんだ!」

そう言って、入ったばかりだというのに辞める方に気合いを入れている。
そのシプリの隣で終始怯え顔なのはエドワール。クセのある明るい茶色の髪と鮮やかな緑の瞳を持つ少年だ。十代前半にしか見えない童顔と小柄さで、長身のアスターと並ぶと大人と子供にしか見えない。しかし実際はアスターと同じ18歳なのだそうだ。
エドワールは良家の子息で、徴兵のために仕方なく軍に入ったという人物だ。

(イヤイヤ兵士だらけだな、ここは…)

そういうアスターもイヤイヤ兵士だ。徴兵期間が終わったらすぐに建築士に戻る予定である。しかしエドワールよりはマシだろうとアスターは思った。エドワールはお世辞にも人を刺せそうにない人物だ。血を見たら卒倒しそうな勢いだ。間違っても戦場にだすべきではないように見える。しかし徴兵制度は厳しい決まりだ。抜け道は殆どない。
そのエドワールの向かいに座るのはトマという青年だ。彼はエドワールの乳兄弟であり、エドワールを守るために軍に入ったという。どうせ徴兵もあるので…ということらしい。彼の方は少しは使い物になりそうだ。しかしエドワールの護衛もどきならプラスマイナスゼロといったところか。何とも先が思いやられる同僚たちである。
最後の一人はレナルドという細い目と黒髪の無口な青年であった。職業は狩人であり、少しは心得があるという。狩人なら戦場で足手まといということはないだろう。アスターは安堵した。

(さてどうなることやら…とりあえず三年頑張らねえとな!)

三年どころじゃなく、長く軍人となる運命を知らないアスターはそう思い、最初の軍人人生を歩み出したのであった。

+++

アスターたちの隊はデーウス黒将軍配下になるという。
黒将軍はどの青将軍にも指名権があるが、青将軍は殆どが実質的な上司を持つという。
アスターたちの隊は今のところ、セルジュ青将軍の配下にあるため、実質的にデーウス軍所属ということになるらしい。セルジュ青将軍はデーウス黒将軍の側近なのだそうだ。
そのデーウス黒将軍は端正な容姿を持つ20代後半の将軍である。

「デーウス様は正統派の戦い方をされるよき将軍様だからな、運が良かったぞ、お前ら」

ベテランの兵がそう教えてくれた。

「けど今回は青竜の使い手レンディ様の軍も一緒に出陣だからな。絶対あの方には近づくなよ。あの方の竜が吐く息で殺されちまうぞ」

さすがに味方には殺されたくない。
アスターは周囲の新兵と一緒にコクコクと青ざめた顔で頷くのであった。