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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(12)


三日後のことである。
タヴィーザは青ざめて、大きな建物を見上げた。
彼は休日を利用し、スターリングの公舎へ来ていた。
レナルドから連絡は貰ったものの、その前に休みが取れたため、ちょっと相手が仕事をしているところを見てみようと思ったのだ。
顔を見せたらびっくりされるだろうか、などと悪戯心もあった。
同じ王都とはいえ、大国の王都はとても広い。端から端まで移動しようと思えば馬を使っても数時間以上かかるのだ。タヴィーザも乗合馬車を乗り継いでここまでやってきた。
今まで何度も来てもらったがずいぶん遠出してもらっていたのだなとタヴィーザは少し反省した。
そして到着した公舎は予想以上に巨大な建物で、数多くの人々が出入りしていた。

(すごい……!)

彼はこの建物の長なのだ。
そして戦いとなれば最大一万人の長となる将なのだ。
この大国ガルバドスにたった八人しかいない将の一人。
判っていたつもりで判っていなかったことを思い知らされた。同じ平民とはいえ、本当に雲の上の相手なのだと思い知ってしまった。

(ホントにバカだな俺は……)

相手が働く場所を目の当たりにしてやっと相手がエリート中のエリートなのだと実感した。

(俺なんかが見合いしていいような人じゃなかったんだな……)

一番になれるよう努力していいかなんてよく言えたものだと思う。知らないとは恐ろしい。
これほど多くの人がいて、そんな人々の中のトップに立つようなエリートを相手に恋人気取りだったのだ、自分は。
ちょっと顔を見たいとか、職場を見てみようかなんて軽い気持ちでやってきた己の愚かさを実感し、タヴィーザは落ち込んだ。

(帰ろう……)

デートのためにわざわざ休みまで取ってもらったが、到底そんな気になれない。
謝罪して、見合い話もなかったことにして……などと考えていたタヴィーザはポンと肩を叩かれて驚いた。
振り返るとレナルドが書類を片手に怪訝そうな顔で立っていた。

「デート、今日じゃないはず」
「いや、今日は……」
「?」
「交際を断ろうと……」
「なんで?」

順調にいっていたかと思ったらいきなりのお断りにレナルドは驚いた。
一体何がどうなってそうなったのかがさっぱり判らない。

「俺がバカだった。実に今更だが……黒将軍様との身分差を判っていなかったんだ、俺は。こんな立派な建物の長なのにな、スタちゃん……いや、スターリング様は……」
「身分差……」
「俺はただの雇われ建築士で相手は黒将軍様。どう考えても釣り合わないのにそんなことも判っていなかったんだ、俺は」
「身分差、どうでもいい」
「いや、どうでもよくないだろ!」
「大丈夫。ちゃんと話し合え」

レナルドはタヴィーザの手をがっしりと握り、やや強引に歩き出した。

「ま、待ってくれ、レナルド!俺は、その……」
「身分差、あの男、気にしない」
「だが、俺はただの建築士で…!」
「知ってる。見合い前から知ってる。知ってて見合いした」
「し、知ってるって……」
「見合い前に相手がどういう人か聞いてた。薬屋のおばちゃんが教えてくれたから。あの男、アンタがアスターの実家の建築士と知ってて見合いした」

見合いとは結婚を前提に行うものなので、相手がどんな人物であるのか知った上で見合いをするのはごく当然のことだ。スターリングもそうしたに過ぎない。
好奇心の籠もった視線を集めながら到着したスターリングの執務室前で、部屋を出てきた青将軍と出くわした。
相手はレナルドに挨拶した後、ちらりとタヴィーザを見た。
青将軍相手に緊張するタヴィーザをレナルドはあっさりと説明した。

「スターリングの見合い相手のタヴィーザ殿」
「ほぉ……あの方が相手ではいろいろとご苦労なさることも多いでしょうが、悪い人ではありません。ぜひあの方をよろしくお願いいたします」

妙に丁寧に頭を下げられ、タヴィーザも慌てて頭を下げた。

「いえ、その、こちらこそ……」

その間にレナルドは扉をノックしていた。

「俺、レナルド。書類とタヴィーザを連れてきた」
「どうぞ」

入室を許可したスターリングは壁のカレンダーをちらりと見た。

「約束の日は今日ではないが」
「交際を断りにきたらしい。身分差が気になるそうだ」
「身分差?平民同士だが」

怪訝そうなスターリングにタヴィーザは焦って説明した。

「そうじゃない。アンタが……立派な黒将軍様だってことを俺は判っていなかった。最初から釣り合わなかったんだ。なのに俺はちゃんと考えもせずに普通に接してて……本当はとても無礼な行為なのに……」
「公式の場ではなく、プライベートの場だったわけだから何ら問題はない」
「いや、それでも俺はもっとアンタに配慮して行動すべきだった。それでなくても釣り合わなかったのに……」
「そなたは軍人ではない。よってプライベートの場では地位による身分差は生じない」

だから問題はない、と断言したスターリングにタヴィーザは絶句した。
確かにその通りだが、そんなに簡単に結論をだしていいのだろうかと思ってしまう。
この国では軍人の権力が強い。王の次に権力を持つのが黒将軍なのだ。

「けど、アンタは黒将軍様だ!俺なんかじゃ釣り合わないだろ!!」
「勘弁しろ」
「え?な、なにが…?」
「そなた、他の黒将軍の顔ぶれを知っているのか?誰と釣り合えというのだ。どの者もご免被る。どいつもこいつも、ギルフォード以外は油断も隙もない連中ばかりだ。極力付き合いたくない。まあノースだけはマシだが恋人にしたいとは思わん」
「え……」
「黒将軍が黒将軍としか釣り合わないというのであれば、そういうことだろう」
「………で、でも俺じゃ……」
「釣り合う釣り合わないで相手を選んだことはない。そもそも見合いというものは、結婚を前提にして行うものだ。結婚したくないと思った者と会うことはない。私は判っていてそなたと会った。そなたが言っていることは今更だ」

スターリングはすべて承知の上で見合いの席に望んだと言うのだろう。
逆にタヴィーザはろくに相手のことを知らなかった。そして会った後も相手のことを知ろうともしなかった。薬屋のおばちゃんに問えば簡単に入るであろう相手の情報も知ろうとしなかったのだ。そのツケが今来ている。実に愚かだった己のツケを今払わねばならないのだ。

「すまん……」

タヴィーザが謝るとスターリングは珍しくも困り顔で頷いた。

「待っていろ」
「え?」
「送っていく」
「ええええ!!何おっしゃってるんですか、スターリング将軍!!仕事の予定が詰まっているんですがっ!!」

今まで無言で居心地悪そうにしていた副官が悲鳴を上げる。
慌てたのはタヴィーザも同じだ。仕事の邪魔をするつもりはなかったのだ。

「ま、待ってくれ、俺なら大丈夫だから!!」
「だが……」
「ええと、アスター!アスターに送ってもらうから!!俺はあいつの実家に住み込みしてるから、アスターに送ってもらったら問題ない!!ご両親もアスターに会いたがっていたし、ついでに連れて帰る!」
「そうか。ではレナルド将軍、彼をアスターの元へ送ってやってくれるか?」
「判った」