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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(13)


タヴィーザを送り出したスターリングは大きくため息を吐いて俯いた。
そんな様子を見て、彼の副官は非常に困った。
スターリングの副官であるノモスは21人目のスターリングの副官である。
スターリングの副官は上官についていけなくてコロコロと入れ替わってきたのだ。
そんなノモスは新人ではあるが、ハッキリと物をいうところとマイペースなところを買われてスターリングの副官に抜擢されたという経歴を持つ。
まだ三ヶ月目だが、今のところ彼とスターリングの関係は上手く行っていた。

(う、なんだかマズそうだ……)

スターリングは見るからに落ち込んでいた。元々、能面のように表情を変えない上官だが、今は肘を突き、無言で顔を押さえている。見目がいい人物だけにそんな姿でさえ非常に絵になる上官だが、相当に落ち込んでいるようだ。
これは放置しておいても大丈夫なのだろうか。判断に悩む。
普通、失恋となればソッとしておくというのが常套手段だが、この一風変わった上官にその方法でいいのかが判らない。

(早く立ち直ってもらえないと書類がたまっちゃうんですが!!)

薄情なようだが、ノモスは切実であった。
黒将軍であるスターリングのところまで上がってくる書類は重要書類が多い。
そしてスターリングの判がなければ止まってしまう仕事というものも多いのだ。

(こういうときは付き合いの長い人にどうにかしてもらうしかない!!)

ノモスはソッと執務室を出ると、近くにいた騎士を呼び止めた。

「大至急、ギルフォード様をお呼びしてくれ!スターリング様が大変だと伝えてくれ!」
「わ、判りました!!」

何がどう大変なのか、さっぱりな理由で呼びつけられるギルフォードであった。


スターリングがギルフォードに活を入れられている頃、タヴィーザはレナルドの馬に乗せてもらってアスター軍公舎へと向かっていた。
書類に埋もれていた幼なじみのアスターはタヴィーザに明るく挨拶してくれたが、事情を説明すると眉を寄せた。

「俺を頼ってくれるのは問題ないけどよー、わざわざ実家まで送る余裕はねえぞ。出撃準備で徹夜するかもしれねえって勢いだ」

そう言いながらもアスターは手ずからお茶を入れてくれた。妙に美味なお茶だ。

「あ、それは問題ない。スタちゃんが送ってくれるってのを断る口実だったから。乗合馬車で適当に帰るさ」
「そうか。交際はどうなんだ?順調か?」
「いや、お断りしてきたところだ」
「あー、そうなのか。まぁあの人、変わってるって噂だからなー」

幼なじみはあっさりと納得してくれた。

「いや、変わってるかどうかっていうことより、黒将軍様じゃないか。釣り合わないだろ。俺なんかじゃ。そこが原因なんだよ」
「はあ?何言ってんだお前。貴族と平民じゃないんだぞ。職場の地位で断るなよ」

アスターの言葉にタヴィーザは目を丸くした。
職場の地位。そんな風に捕らえたことはなかったのだ。
さすがは軍人というべきか、地位のとらえ方が違うらしい。

「お前こそ何言ってんだ。黒将軍様だぞ黒将軍様!雲の上の人じゃないか」
「そう言われると、俺はその次の青将軍だが?俺も雲の上の人なのか?」
「いや、それは……」
「何かの間違いで俺が黒になったら、どーするんだ?そういうことだろ、お前が言ってるのは。出世したからって態度変わられるのが一番困るんだよ。俺は何も変わってねーのにさ」

出世した幼なじみもいろいろと思うところがあるらしい。深々とため息を吐いた。

「まぁ気持ちは判らないでもないけどよー。俺も下っ端の頃は、将軍位はすごい高位に見えたもんな。けど、出世するってのも良いことばかりじゃねえんだよ。義務とか責任とかそういうのばかり重くなる。下っ端の方が気楽でいい。少なくとも惚れた相手に地位が理由で断られるのはイヤだな。どうしようもねえじゃん。どうせ断るなら別の口実にしろよ」
「他に原因はねえよ……」
「だったら正直にそう言うんだな。まぁその気になれないんなら断ってもいいんじゃないか?あれだけ美人な方だ、すぐに次は見つかるだろうしな」

次は見つかるという言葉にタヴィーザは顔をしかめた。当たり前の事実に気付いていなかったのだ。

「なぁアスター。何でスタちゃんをおすすめしてくれたんだ?」
「いや、おすすめした覚えはねえし」
「俺、昔、お前が好きだった」
「初耳だぞ、おい」

いきなりの暴露話にアスターも苦笑顔だ。

「今はあの人が好きだ」
「そうか。じゃあちゃんと話し合えよ、タヴィーザ」
「ああ。でもな、あの人と結婚したらすごく苦労するような気がするんだ」
「……否定できねえかもなぁ……」
「けど……好きなんだよなぁ……。ヘンだけど優しいし、お菓子屋さんに並んで有名な菓子を買ってきてくれたりするんだぜ。ヘンだけどいろいろ気を使って、まめにレナルドをお使いで派遣してくれて大切にしてくれる。将来は俺に嫁いでくれるって言ってくれたし……誰にも渡したくないんだ」
「ヘンだけどって……そりゃ褒めてるんだかけなしているんだか……」
「本音だ……けど好きなんだよな……」
「うーん……まぁしっかり考えろよ、タヴィーザ」
「ああ」
「その有名な菓子屋はどこの菓子屋だろうとか、俺の部下を勝手に私用で派遣しないでほしいとか、お前に嫁ぐってことは将来、俺の実家に来る気なのか?とか、いろいろ聞きたいことはあるんだけどよー……」

俺も一度あの人と話し合った方がいいのかなと目を細めてボヤくアスターであった。


++++++++++


その数日後のことである。
タヴィーザは待ち合わせの場所で激怒していた。

(どれだけ俺を待たせる気だ、スタちゃんは!!)

初デートだというのに遅刻とはどういうことか。
そもそも彼からこの日時を指定してきたのではなかったか。
生真面目なタヴィーザは腹を立てた。

(スタちゃんの公舎にはちょっと遠い……)

スターリングが待ち合わせに指定してきた店はタヴィーザの家(アスターの実家でもある)から結構な距離がある。王都の中心部に近い上品な質の良い喫茶店だ。
スターリングの公舎にも徒歩圏内ではない。何故かアスターの公舎に近いのだ。何故こんな半端な場所の店をスターリングが指定してきたのかが判らない。
二時間待たされたところでタヴィーザはキレた。
元々、さほど気が長い方ではないのだ。二時間以上の遅刻というのはどう考えても相手が悪いだろう。慣れぬ店内で二時間待ちぼうけを食らわされた身にもなれというのだ。大変居心地が悪かった。
怒ったタヴィーザはアスターの公舎へ向かった。
幸い、アスターは公舎にいてくれたため、すぐに会うことができた。

「おいおい、俺は大変多忙だと話しておいただろー、出撃目前なんだぜ、もう日にちがなくてだな……」
「スタちゃんに待ちぼうけ食らわされた!!二時間以上の遅刻なんだぞ!!あの人、今日、急用が入ってるのか!?」
「はあ?そんな事情知るかよ〜。俺の馬を貸してやるから自力で調べてこいよ」
「助かる。借りるぞ!」
「ついでにあっちの公舎にレナルドがいたら一度こっちへ戻ってくるように伝えてくれ」
「判った」

馬を使えばスターリングの公舎へ行くのも楽だ。
そうして馬を借りてスターリングの公舎へ向かったタヴィーザは移動中にむなしくなった。
一体なぜこんなことになっているのか。予定では今頃それなりに楽しい時間を過ごしていた予定だったというのに、何が悪かったのだろう。
彼を怒らせたのだろうか。来たくない事情があったのだろうか。
仕事の事情ならまだ判るが何故放置されたのだろう。
ぐるぐる考えつつも馬を使えばさほど遠くない距離だったこともあり、無事スターリングの公舎へたどり着いた。
足取り重くスターリングの執務室へ向かっていると、途中で運良くレナルドに会うことができた。
レナルドにどうした?と首をかしげて問われ、タヴィーザはスターリングがいるか問うた。

「仕事中」
「…………とても忙しいのか?」
「普通に忙しい」
「そうか、普通か………レナルド、アスターが一度戻ってきてくれと言っていた」
「判った」

スターリングの執務室に向かったタヴィーザはノックして名乗った。

「どうぞ」

返答が来たために入ったタヴィーザは少し驚いた様子のスターリングに向かって手を振り上げた。

「待て。何だ、いきなり」

平手打ちしようとした手はあっさりと受け止められた。さすが黒将軍だ。易々とぶたれてはくれなかった。
同じ部屋にいるスターリングの副官ノモスが目を丸くしている。

「怒るのは当然だろうが!!今日は何の日だ!!俺の勘違いか!?」
「……私は断られたと思ったが?」
「いつ断った!!デートを断った覚えはないぞ!?」
「交際を断られたと思ったが……」

そこでタヴィーザはお互いの認識の違いに気付いた。
徐々に頭が冷えていくのを感じ、タヴィーザは深々とため息を吐いた。

「確かに俺は断った。けどアンタは納得していない様子だった。少なくとも俺にはそう見えた。だから別れることは出来なくて、そのまま続いているのだと思ってた」
「そうか、私は捨てられたと思っていた……」
「……はぁ……いろいろ勘違いしてたんだな……。その、いきなり殴ろうとして悪かった。……やっぱりアンタとはちゃんと話し合わないと危険だ」
「その通り。ちゃんと話し合え」

いきなり会話に加わってきた声に驚いたタヴィーザはいつの間にかレナルドが部屋に入ってきていることに気付いた。どうやらタヴィーザを追って執務室にやってきていたらしい。タヴィーザの様子がおかしかったので追ってきたのだろう。

「スタちゃん、アンタはどうも俺には難しい。だから約束事は何度も確認したい。いいか?」
「ああ」
「アンタは結構何でも自分で決めてしまう。だが俺も決めたい。だからあれこれと決める前に俺に相談してくれないか?」
「判った。そうしよう」
「あと……」
「まだあるのか?」
「ああ。スタちゃん、俺はアンタの名前が綺麗だと思う。だから時々はスターリングと呼んでいいか?」
「そうか。スタちゃんと呼ばれるのは好きだったんだが、私の名前が好きだと言ってくれるのであれば許可しないわけにはいかないな」

その綺麗な笑みに思わず見惚れてしまい、タヴィーザは深々とため息を吐いた。

「なんだ?」

怪訝そうなスターリングにタヴィーザは何でもないと首を横に振り、苦笑した。

(俺はめんくいじゃなかったはずなんだがな……)

しかし、こうして縁があって出会った相手は誰もが認める美青年だった。
更に言えば、エリート中のエリートである黒将軍だった。
彼が羽織る黒衣のコートといい、その容姿の良さといい、本当に自分には贅沢すぎる身分の相手だと思う。
しかし、こうして向き合っている。そんな状況を心底不思議に思う。

(これも縁か。人の縁とは不思議だな)

そして重要なことを思い出した。

「あと、スターリング、俺はそろそろ徴兵に行く予定なんだ。三年ほど会えなくなるが待ってくれるというのであれば……」
「三年!?そんなに待てん。すぐに結婚しよう。そうすれば黒将軍の身内ということになり徴兵は免除される。ノモス、すぐに婚姻届を取ってきてくれ」
「えーっ、何言ってんですか、アンタ!」
「全くだ、何を言ってんだ!結婚なんて気が早すぎるぞ。アンタとは三年ぐらい付き合ってからの方がいい。いろいろと覚悟とか心の準備とかお互いのことをよ〜く知ってから結婚した方がいい気がするんだ。すぐに結婚するのは断る!」
「ひどいぞタヴィーザ。三年も待てないと言っているだろう!すぐに結婚をしたい!」
「なんでいきなり結婚話になるんだ、アンタせっかちすぎるぞ!いいか結婚というのは順序があってだな」
「そう、順番、守るの重要。結婚は順番守ってから」

すぐにでも結婚したがるスターリングに焦っていると、何故か途中からレナルドが援護射撃をしてくれた。
スターリングは大変不満げな様子ではあったが、ノモスとレナルドのおかげで何とか説得に成功した。
しかし、徴兵に関してはブツブツ言っていたので、何かしてくるかもしれない。

(アスターの軍で徴兵期間は頑張る予定なんだがな)

アスターの軍は公共工事が多いというから本職で大いに手伝えそうな気がするのだ。
スターリングの軍で徴兵をする予定はない。

ところが、その後大きな戦いが始まり、出撃したアスターの帰りを待っているうちにアスターが黒将軍に上がったり、スターリングによって勝手にスターリングの側付きの官として徴兵先が決められたりして、思わぬ徴兵期間を迎えることになるのだが、タヴィーザは知るよしもなかった。

<END>
とりあえずここで一旦終了。
続きは小話とかでちまちま書いていけたらなーって思っております。