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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(11)


アスター軍公舎へ戻ったレナルドは真っ先にアスターの元へ向かった。
アスターは執務室で大量の書類に埋もれていた。
レナルドが両親からの伝言を告げるとアスターは目を丸くした。

「はあ?見合いっ!?」

執務室に居合わせたザクセンはいつものようにソファーに座っていたが、レナルドの伝言を聞くと目を細め、無言でアスターを見上げた。

「顔を見せろ。帰ってこないなら見合いさせるって言ってた」
「そんな暇があったら、教会の新築祝いに顔を出してるっつーの!行く暇も見合いする暇もあるわけねーだろ!戦いが近いんだぞ!」
「可愛い娘を捜しておくって言ってた」
「あ、じゃあいい。放置しておけ」
「放置……」
「具体的な名前がでなかったんならそこまで本気じゃないってことだ。次に帰るとき、誰か適当に連れて行くさ」
「連れてくるって言って、いっつも俺以外連れて来ないって言ってた」
「う……俺だって連れていきたいんだよ!!ザクセン、今度は着いてきてくれるよな!?」
「仕方ないな……」

さすがに見合いをされるのは困ると思ったのだろう。ザクセンが顰め面ながらも頷く。
しかし、あの社交的な家族にザクセンが馴染むだろうか。とても人嫌いな男なのだ。幼い頃から人に囲まれて育ってきたレンディの方がまだマシな気がする。

「レンディにも頼んでみれば?」

ザクセンが嫌そうに顔をしかめる。
しかし、アスターは嬉しげに頷いた。

「そうだな。坊も連れていきたいなー」

さてどうなることやらと思いつつもアスターの見合いにそこまで興味を抱かないレナルドは、タヴィーザからの伝言を届けるためにスターリングの公舎へ向かった。
スターリングの公舎は前黒将軍デーウスから引き継いだ公舎だ。デーウスとも縁があったレナルドにはなじみ深い公舎である。
すっかり慣れてしまった公舎内を歩いていくと、派手なピンク色の髪をした青将軍が忙しそうに書類を読みつつ、周囲の赤将軍へ指示を出しているところに出くわした。

「あら、ギルフォード様の旦那様。御機嫌よう」
「御機嫌よう。スターリング将軍いる?」
「いらっしゃるわよ」
「ありがとう。行ってくる」

レナルドはよく伝令としてギルフォードのところと行き来しているため、今回もそれだと思われたのだろう。あっさり教えてもらえた。

(相変わらず部下もヘン。いいヤツだけど)

カミールはスターリング麾下の青将軍だ。ただし、女言葉を使う男の将である。
派手なピンクの長髪だが生まれつきの色であるらしい。
彼は女家系に生まれ、周囲も女だらけだったという。そのため、士官学校へ入った後は男だらけの環境に慣れるのに大変苦労したそうだ。
カミールは女言葉を使う以外は男前で腕のいい青将軍だ。彼はちゃんと場を弁えて言葉遣いを変えるために周囲から苦情が出たこともないという。

『スターリングの方が遙かに変人でトラブルメーカーだからな。ある意味上官のおかげだ』

ギルフォードがそうぼやいていた。
顔も良ければ言動も目立つスターリングが上官だったため、カミールは特異な言葉遣いがさほど目立たずに済んだらしい。
スターリングの執務室に入ると、相手は淡々と書類を捌いていた。

「スタちゃんは忙しいのか?」
「!」
「……って聞かれた。タヴィーザが会いたがってた」
「卿にスタちゃんなどと愛らしく呼ばれるのは大変複雑だ。普通に呼んで欲しい」
「俺、伝令。タヴィーザの言葉、忠実に伝えただけ」
「そうか。タヴィーザが愛らしく言ってくれるところを是非見てみたかったものだ。ふむ……休み……あったか……?」

スターリングは首をかしげて壁に貼られたカレンダーを見た。
カレンダーはほとんどの日に予定が書き込まれていて、真っ黒だ。
スターリングは傍らの机の上に置かれた書類を取り、メモを添えてレナルドへ差しだした。

「ギルフォードへ頼む」
「あ、それならばこちらの書類もついでにお願いいたします」

スターリングとその副官から書類を受け取り、レナルドは部屋を出た。
すると扉前にいた騎士に呼び止められた。

「レナルド将軍、こちら、シド青将軍とイングヴァル青将軍より書類を預かりました。ギルフォード黒将軍へお願いいたしますとのことです」
「判った」

待ちかまえられていたようだ。
スターリングのところへ来ると、こういったことはしょっちゅうなのでレナルドも慣れている。伝令として行き来していることを知られているのだ。
レナルドとしてもギルフォードの元へ行く口実ができるので、いつも不平を言わずに受け取っている。真面目なギルフォードはレナルドが仕事以外のことで執務室に顔を出すことを嫌うのだ。
ちなみに他軍の伝令としても働いていることを本来の上官であるアスターも知っている。しかし、強い苦情を言われたことはない。マメに顔を出していることと、『王都からいきなりいなくなられるよりはマシ』と思われているためだ。
シプリにさえ『放っておいてもサボってるだけだし、一応働いているならいいんじゃない?』と言われている有様だ。
そうして、スターリング軍公舎の裏口から出て、路地を抜けて大通りに出ると、ギルフォードの公舎が見えてきた。元々、徒歩数分の距離にある上、大きな黒将軍用公舎は視界に入りやすいのだ。
ギルフォード軍の紋章である大樹と百合の花のような紋章の旗が掲げられた建物へ入ると、スターリング軍公舎内部と似たような風景が視界に入ってきた。
ギルフォードは元々デーウス麾下の将だった。そのため、己の公舎を持った時もなじみ深い作りにしたらしい。この建物は新築だが、スターリングの公舎にとてもよく似ているのだ。
内部の配置もそっくりであるため、双方を行き交う騎士や将たちにも評判がいい。迷わずに済むからだろう。
ギルフォードの執務室へ向かっていると、顔なじみになっているジオン青将軍に呼び止められた。

「やぁレナルド将軍、今から行かれるのか?」

頷き返すと『一緒に頼む』と書類を差し出された。
その傍らにいる赤将軍からもメモ紙を差し出される。
ギルフォードとスターリングの間を行き来していると途中でついでに持っていってくれと呼び止められるのはしょっちゅうなので、レナルドも素直に受け取った。
そうしてギルフォードの執務室に到着すると、忙しそうに書類を捲っていたギルフォードが笑みを浮かべて迎えてくれた。
いつも顰め面が多い生真面目な恋人だが、レナルドを見ると自然な笑みを浮かべてくれる。レナルドは恋人のそんなところが大好きだ。そのため、伝令という仕事も比較的好んでいる。いつもレナルドにだけは顔を合わせるたびに笑みを見せてくれるので、嬉しくなるのだ。

「……レナルドが持ってくるときは情報が多いな」
「?」
「ちょっとした情報というかメモがついてくることが多いんだ」

とりあえず知らせておいた方がいい、と思われたような情報がメモとしてくっついてくることが多いとギルフォード。
わざわざ執務室へ行ってまで知らせるほどではないけれど、とりあえず知らせておこうか、そんな風に判断に迷うようなレベルの情報がメモとしてくっついてくることが多いらしい。

「レナルドには渡しやすいのだろうな」

よく双方の公舎を行き来しているため、ついでに持っていってもらおうと思われるのだろうと言われ、レナルドは首をかしげた。そういったことを考えて受け取ったことはないからだ。

「こういった情報は重要だ。些細な情報が重要な問題に結びつくこともあるからな」

ありがたいことだから気にしなくていいと言われ、レナルドは頷いた。恋人のために役立っているのなら問題ないどころか嬉しいばかりだ。

「休みか……」

スターリングの執務室に貼られていたものと同じタイプのカレンダーを見つめたギルフォードはメモ紙に何やら書き記した。

「交換条件だ。私がこの日の仕事を引き受ける代わりにこっちの日を引き受けてもらおう。それでお互いに休みが取れる」
「!」
「ホールドス国戦前にお互いにゆっくりしよう」

ちょっと照れたように言われた。
今回、戦場へ向かうことになるのはレナルドだけだが、長く離れる前に二人でゆっくりできるのは嬉しい。甘い時間を期待して、笑顔で頷くレナルドであった。