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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(10)


帰り際、ギルフォードはそれでいいのか?と問うてきた。
彼はスターリングとタヴィーザの結論に非常に微妙そうな顔をしていた。
己が一番だと言われたことが気まずかったようだ。

「お互い様なので」
「君にも運命の相手がいるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが、俺もまだ彼と結婚する勇気がありませんから、時間があった方がありがたいんです。彼とはゆっくり付き合っていきたいと思っているんで……。その……彼は大変個性的な人ですからすぐに結婚というのは自信がありません」

タヴィーザが言いたい意味が判ったのだろう。ギルフォードは苦笑した。

「あいつが君のような人と出会えて私はありがたく思っている。うまくいってほしいから出来るだけ協力しよう。何か困ったことがあったら遠慮無く相談してくれ」
「ありがとうございます」

心強い味方が出来たことをありがたく思いつつ、タヴィーザは二人を見送った。
それから二日後、レナルドがやってきた。彼は幾つかの書類を手にしていた。

「教会、うちが修復担当になった」
「は?」
「公共工事として発注されることになった。ギルフォードに書類預かった」

タヴィーザが書類を確認してみると、なるほど確かに公共工事として教会の修理が発注されるという内容だった。将軍位のところにスターリングの名が書かれている。ちっぽけな教会に対して、黒将軍のサイン入り。何とも豪華な書類だ。

「今、ギルフォード黒将軍に書類を預かったと言わなかったか?名前がスタちゃんになっているが……」
「よくある話」
「は?」

レナルドによると、運命の相手同士であるため、この二人はしょっちゅう仕事を一緒にするのだという。士官学校時代から黒将軍になるまでほとんど仕事が一緒だったため、その習慣が黒将軍になって以降も続いているらしい。

「ギルフォードが用意した書類にスターリングがサインして、アスターに持ってきた。公共工事は青将軍が担当して麾下の赤将軍に振り分ける。今回はアスターが俺にまかせてくれたから、俺が担当の赤将軍。でも俺、部下いないからアンタたちに外注することになった。よろしく」

ようするに仕事が巡り巡って、タヴィーザたちの元までやってきたということらしい。
スターリング麾下じゃないアスターの元へ仕事が回ってきたのはギルフォードが気を使ってくれたのだろう。
教会が公共工事扱いとなることで工事費の心配がなくなった。当然ながらスターリングとギルフォードが気を使ってくれたのだろう。

「これで金の心配なく、安心して教会を建てられるな。俺にまかせておけ!」

アスターの父が嬉しげに言い、周囲の建築士らも嬉しげに顔を見合わせて頷いている。
誰もが教会のことを心配していたのだ。
老夫婦が安堵したようにレナルドへ頭を下げて礼を言い、子供たちも嬉しげに飛び跳ねている。
レナルドは腰につけていたポーチから革袋を取り出し、教会の老夫婦に差しだした。

「放火魔、いろいろ犯罪起こしてた。スターリングとギルフォードの指示で放火魔の会社を叩きつぶしてたくさん貯め込んでたお金を押収した。現在、余罪の調査中。これ、とりあえずの被害者への一時金。余罪がすべて明らかになったらちゃんと残りも被害者に渡される」
「そんな……教会を建て直していただけるだけでもありがたいのに。これ以上いただけません」

恐縮して何とか断ろうとする老夫婦にレナルドは渡すのをさっさと諦めて、その後方に立っていたソキウスに包みを差しだした。

「一時金は渡す決まり。返されても困る」
「スターリング様とギルフォード様にお渡しすることはできないのか?ここまでご好意頂いて申し訳なさすぎる」
「見つけた犯罪を取り締まるのは当然。俺たち、仕事しただけ」

レナルドにしてみれば、スターリングの見合い相手の誤解を解きに来てみたら、放火魔と出くわしてしまっただけなのだ。哄笑しながら犯罪を吹聴しつつ燃えさかる教会からでてきたので、当然ながら現行犯逮捕したという次第だった。
その後、事情を知ったギルフォードが教会の工事などの手配をしてくれたのだが、教会の人たちのためにというのは完全なる建前で、スターリングの恋人候補への印象を良くしておこうという下心付きだ。しっかり者の見合い相手にスターリングを支えて欲しいと願っているのだ。

『あいつが落ち着いてくれたら俺も少しは楽になるからな』

ギルフォードはそう言って喜んでいたがレナルドも実に同感だったので、積極的に協力しているというわけである。

結局、ソキウスまで受け取ってくれなかったのでレナルドはアスターの父母に差しだした。

「うーん、俺たちが受け取っていいものじゃなかろう」

そう言ってアスターの父は困惑していたが、アスターの家族は常日頃から教会のためにいろいろ行っている世話好きで善良な人々だ。世話好きで面倒見がいいところはしっかり次男坊にも受け継がれている。今回も家を失った教会の人たちのために部屋を提供してくれた。
老夫婦やソキウスもアスターの父母が受け取ることに反対はしていない様子だ。

「それじゃあ、この金は預からせていただく。恐らく教会の備品などを作る必要が出てくるだろうから、そのための費用をここから出させていただくことにしよう」

建物の修復費は公共事業としてまかなえるが、燃え尽きてしまった建物内部の備品はそういうわけにもいかない。生活用品も全部焼けてしまった。子供達の衣類すらない状態だ。
ソキウスやタヴィーザが近隣住民に寄付を募っているから、多少は金が集まるだろうが、貧乏な教会だ。金があった方が助かるのは確かだ。

「よかったらうちの次男坊にも募金を手伝ってくれるように伝えてもらえないか?」
「判った」

アスターの父に頼まれたレナルドはタヴィーザが板の切れ端で作った募金箱を持って帰ってくれた。
それから一ヶ月後、募金箱は戻ってきた。
募金箱は10個に増え、どの募金箱もほぼ満杯になっていた。

「凄いな!どうしたんだ、これ!?」
「軍の公舎に置いてただけ」

レナルドはサラッと答え、ご丁寧に説明などしなかった。
置いておいたのは確かだが、赤将軍らが『アスターの実家近くの教会が放火魔によって全焼してしまったらしい』と部下に話したため、噂が広がって募金する者が増えたのだ。
ついでに言えば募金箱のうち8個は各黒将軍公舎に置かれていた。
当然ながら集まりがよかったのはスターリングとギルフォードの公舎に置かれていた募金箱だ。二人の黒将軍がよかったら募金してくれと部下に話したため、あっという間に募金箱は満杯になったのだ。黒将軍の影響恐るべしである。
ついでに言えば、黒将軍筆頭のレンディや知将ノースの公舎に置かれていた募金箱も集まりがよかったのだが、これはアスターに頼まれたレンディが動いたことと、ノースの人望によるところが大きいだろう。

しかし、そんな事情を知らないソキウスたちは募金箱を開けて驚愕している。

「金貨が入ってるんだけどよ!!」
「ええっ!!」
「オマケに銀貨も多い!!寄付にしては高額すぎだろ!!返金しないと。一体どなたからの募金なんだ!?」
「な、な、なんという……きっと間違ってお入れになられたのだ。お返しせねば」

金貨は一枚で平民が一年間遊んで暮らせる金額だ。
教会の老夫婦に至っては喜ぶどころか青ざめている。
理由を問われたレナルドは首をかしげた。

「知らない」

本音だ。誰が幾ら入れたかなど把握していないのだ。
今回もアスターに頼まれて募金箱を回収して持ってきたにすぎない。

「どなたが入れてくださったのか調べてお返ししてくれないか?」
「そんな暇ない。今、戦いを控えていて忙しい」

これもまた本音だ。軍の方は出撃が近いので悠長に人捜しなどしている場合じゃないのだ。
レナルドは自分の隊を持っていないので呑気にお使いなどしていられるが、他の同僚たちは毎日慌ただしく過ごしている。

「うーん、じゃあ俺たちが自力で調べるしかないか……」
「無理。各黒将軍公舎に一ヶ月近く置いてた。毎日、何百人何千人と出入りするところ。誰が幾ら入れたかなんて調べようがない」
「いや、けど……金貨だなんて……」
「アスターが教会への寄付は神様への祈りだと言ってた。神様用に貰っておけば?」
「なるほど、うちの次男坊は良いことを言うじゃないか。この募金箱の出来はイマイチだが」

中身を取り出して空になった募金箱の出来を見ながらアスターの父が笑う。彼は増えた募金箱の制作者を正確に見抜いていたらしい。

戦場に出る身である軍人は運を気にする。戦場は運に左右される場だからだ。
どれほど実力があろうと、運など気にしないと言い切れる者は一握りだ。
流れ矢に当たったり、部下が死なぬよう願ったり、己より強い敵に出会ったりする不運を避けるために神頼みする軍人は多い。軍公舎で募金箱が満杯になったのはそういった事情も隠れている。

「子供たちに美味しいものを食べさせて新しい服を買ってあげて、残りは貯金しておいたらいい。孤児用の建物も大きくできたから、受け入れられる孤児の数も増えるだろう。子供たちのために貯金しておいて損はない」

アスターの父の進言にタヴィーザも同意して頷いた。
教会の孤児たちは端がすり切れたような服にボロボロの靴を身につけた子供ばかりだ。毎日食べていくのがやっとのような生活をしていた。
ソキウスが教会を出て独り立ちしようとしなかったのは、そんな現状を幼い頃から見知っていたためだ。
戦いが長く続いているこの国は孤児も多い。教会もギリギリの人数まで受け入れていた。
そんな教会を心配していたのはタヴィーザやアスターの家族たちも同じだ。
ありがたい、ありがたいと言いながら老夫婦は大切そうにお金を受け取ってくれた。

そうして様々な人々の尽力により、小さな教会は建て直された。
新しい教会では近所の人々と食べ物や飲み物を持ち寄り、簡単な祝いのパーティを行った。
教会には祝いの品もたくさん届けられた。
もちろん近所の人々から届けられた品が大半だったが、軍からも贈り物が届いて老夫婦らを驚愕させた。

「スタちゃんやギルフォード将軍からの祝いの品はまだ判るが、な、な、なんでレンディ様からの祝いの品があるんだ!?」
「肝心のうちの次男坊からの品はないのになぁ」

全くあの息子は!と酒を片手にアスターの父は呆れ顔だ。
しかし、アスターの家族は普段から教会のためにいろいろとしてくれている。募金箱のお金もアスターが協力してくれたおかげだ。他の人々はアスターからの祝いの品がなくても全く気にしてはいない。
スターリングとギルフォードは相変わらず忙しいらしく、全く顔を見せない。
一応、気にしてもらえてはいるようで、スターリングからは手紙と共にウサギ肉や菓子がときどき届けられている。持ってくるのは相変わらずレナルドだ。彼はアスターの部下のはずだが、ここへ来るときはスターリングやギルフォードの使いであることが多い。

「レンディはアスターの友達。だから贈ってくれたんだと思う」

レナルドがそう言うと、アスターの母が大きなパンを切って、野菜とハムを載せながら頷いた。

「そういえばあの子が可愛がっていた坊やがレンディ様だったわね。噂では残虐な人だと聞くけど、やっぱり良い子ねえ」

アスターの嫁に来てくれないかしら、と母。
母を手伝いながら、『兄貴次第じゃ?』と笑うのは弟のアランだ。
さすがにアスターの血縁者というべきか、彼らはレンディを怖がっていない。帰省のたびにアスターからノロケじみた『可愛い坊』の話を聞いているためにそちらの方の印象が強くて恐怖感がないのだ。

ちなみにレンディからの贈り物は祭壇で使用するための聖具と呼ばれる銀食器一式だった。教会への祝いの品としては定番の品だ。
スターリングとギルフォードからの品は質の良いワインだ。袋に入った砂金が添えられていた。どちらかといえば砂金がメインであることが判る。砂金はいざというときに換金しやすいために重宝するのだ。

「うちの次男坊はいつ帰ってくるんだろうな」
「そろそろ嫁を連れてきてくれたらいいんだけどねえ」
「あんまり帰ってこないようなら、こちらから顔を見にいってみるか」

そんな風に語り合っているアスターの両親を見つつ、タヴィーザは自分から会いに行ってもいいのだということに気付いた。いつも来てもらうばかりだったため、会いに行くという発想がなかったのだ。
しかし、自分から会いに行ったって構わないのだ。すでに『スタちゃん』の正体を知ったのだから。どこへ行けば会えるのか、判っている。

「レナルド。スタちゃんは忙しいのか?」
「黒将軍、みんな忙しい」

答えつつも問われた理由に気付いたレナルドは何とかしてやろうと思った。
タヴィーザが会いたがっているのだ、良い傾向ではないか。是非このカップルは成立すべきなのだ。ギルフォードのために。

「休み、聞いておく」
「いや、忙しいならいいんだ。仕事の邪魔になりたくない」
「たぶん大丈夫」

スターリングがいなくてもギルフォードがいれば何とかなるのだ、あの軍は。
その逆もしかり。
スターリングは仕事ができる男だ。特別なことがない限り、彼はギルフォードの代理ができる。ときどきおかしなことをしでかすが、基本的にとても仕事が出来る男なのだ。
この二人の黒将軍公舎は近くに建てられている。最初は隣接させる話もあったらしいが、ギルフォードが隣接させるのはあんまりだろうと嫌がったのだ。
しかし、結果的に徒歩数分のところに建てたため、移動は非常に楽だ。
この世界の基本的な交通手段は馬だ。わざわざ馬を出して乗っていって、厩舎に入れて……というのは面倒なため、徒歩圏内にあるというのは大変便利なのだ。

張り切ったレナルドはさっそく向かおうとして、教会の窓に手をかけた。
しかし、近くにいたアスターの母に服をつかんで止められた。

「ダメよ、新築の教会なんだから窓枠を汚すんじゃないの。うちの建築士が精魂込めて建てたのよ」

アスターの母は窓枠を乗り越えようとしたレナルドを引きはがすと、ちゃんと出入り口から出入りするように告げた。
軍高位の赤将軍様もアスターの母には息子同然のようだ。
常日頃から肉体労働に従事している建築士たちを相手に大量の料理を作ったり、洗い物をしたりして過ごしているアスターの母だ。肉体的にも精神的にも、ちょっとやそっとでは全く怯むことのない女性である。

「帰るのならうちの次男坊に顔を見せるように伝えておいて。来ないなら見合いを用意するわよってね」
「見合い……」
「あの子も独身のくせに他人の見合いの世話をしている場合じゃないったら」
「全くだ」

うんうんとアスターの父も同意して頷いている。

「アスターには恋人候補がいる」

レナルドなりに反論してみたが、両親の反応は芳しくなかった。

「レンディ様を連れてくる、シプリを連れてくる、ザクセンを連れてくるって言いながら全然連れてこないじゃない。『候補』じゃダメなのよ」
「毎年、誰かを連れてくるって言いながらお前さん以外、連れてきたことがないからなぁ」
「ずっと片思いなんだろうね。甲斐性なしというか情けないというか。このままじゃ末っ子の方が先に結婚してしまいそうだし」
「ただでさえ軍人なんていうあぶなっかしい職に就いているんだ。さっさと結婚して子供を作ってくれないと心配でしょうがない」

可愛い娘を捜しておくから、と言うアスターの両親は次男坊に見合いをさせる気満々のようだ。
思わずアスターのことが心配になりつつ公舎へ戻るレナルドであった。