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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(8)


従業員も同居するアスターの実家はとても広い。
基本的に結婚したらでていくことが暗黙の了解になっているため、母子家庭であるタヴィーザも結婚したら近くに家を借りる予定だ。
本当はもう出ていくべきなのだ。タヴィーザもいい大人だ。母を養うことも出来る。
だが、アスターの家族が幼い頃から一緒だから家族同然だ、ずっと居てもいいと言ってくれているのでそれに甘えている形になっている。

(だが結婚したら出ていかないとな……)

見合い相手とは月一回のペースで会っている。本名を問い損ねているうちに月日が経ってしまい、薬屋のおばちゃんにも問いづらくなってしまった。
ちなみにウサギ肉は同居している皆に好評だったため、礼を告げたところ、何故かレナルドが喜んで持ってくるようになった。ありがたいので貰っているが、何故レナルドが持ってくるのかイマイチよくわからないでいるタヴィーザである。
そうしているうちにまた会う日がやってきた。

「そろそろデートをするべきではないかと言われたのだが行ける場所がない」
「デート……」

誰に言われたのか知らないが、恐らく彼の周囲にいるものたちがそう進言したのだろう。
確かに毎回宿屋の一室に閉じこもって、多少の会話をするだけじゃあんまりかもしれない。
しかし、月一回という数少ない関わりしかなかったためにあまり疑問に思わなかったのだ。

「私は目立つ。そぞろ歩くのはあまり好きではない」

なるほど、それで部屋で会いたがったのかとタヴィーザは納得した。確かにこの容姿ならば目立つだろう。一緒に歩くタヴィーザまで目立ってしまうに違いない。それは勘弁してほしい。
デートなどしなくても十分だと答えようとしたタヴィーザだったが、変わり者の相手は全く違う方向へ思考を飛ばしたらしい。大きな包みを持ち出してきた。

「だがそなたとのデートのためだ。努力すべきだろう。変装用の衣類を持ってきた。さぁ着替えよう」
「!」

包みにはいろいろ入っていた。
女性用と思わしきレースだらけの服、純白のフード、繊細な刺繍が施された靴などなど。
一つ言えるのは、どれもが女性用であるということだ。

「……誰が着るんだ?」
「私だが?」

自分の変装用に女性用を持ってきたという相手にタヴィーザは絶句した。
タヴィーザに着せようとしなかったことは評価できるが、目の前の相手は女装に何ら疑問を抱いていないらしい。

「いやそれはおかしいだろう!何で女装しようと思うんだ!俺は女装した男と町を歩きたくはないぞ!」

きっぱり反論したタヴィーザは相手が少し瞳を陰らせたことに気付いた。

「り、理由を教えてくれ」

言い分も聞くべきだろうと思い、タヴィーザは促した。
部下を叱るときはその理由を問うてからにすべきだとアスターの両親に教わったタヴィーザである。頭ごなしに叱ったのは悪かったと反省した。

「私はとても目立つ。ちょっと変装したぐらいじゃすぐに見破られると言われた」

なるほど、この美貌だ。確かにちょっと変装したぐらいじゃ人目はそらせないだろう。

「だがそれではデートができない。だからとことん変装すべきだろうと思ったのだ」

なるほど、とタヴィーザは納得した。女装はともかく彼なりに考えた結果だったらしい。

(この人、万事がこんな調子なのか……?)

タヴィーザが知る限り、いつも悪意はないのだ。
いつだって彼なりによかれと考えて行動しているのだろう。
ただ、その思考がぶっ飛んでいるばかりに結果もぶっ飛んだことになってしまう。それで周囲に嫌がられ、変人だと思われてしまうのだろう。

「あんた、変人だと言われるだろ?」
「……言われる……」

憮然とした様子で相手は頷いた。いつも強い輝きを宿している瞳が心なし陰っているようだ。
あまり表情を変えない相手だが、少し傷ついているようだとタヴィーザは気付いた。

「すまん、傷つけるつもりはなかったんだが」

謝罪すると相手は小さく笑った。

「また謝られたな」
「え?」
「そなただけは謝ってくれる」
「?」
「変人だと言われて謝られたことはない。だが変人だと言われるのは悪口にしか聞こえない。言われていい気はしなかった」

それはそうだろう。変人という言葉が褒め言葉のはずがない。
だがその言葉で目の前の相手は傷ついていたらしい。

「あんた、あまり表情にでないもんな。ちょっとわかりづらい」
「子供の頃に学んだ。変人ではないと反論すれば、どこがおかしいのか、さんざん言われる。頭ごなしに怒られたこともある。笑えばバカにされ、怒れば逆ギレされるか喧嘩になることが多い。無表情で聞き流すのが一番楽なのだ」

そうして自衛しているうちに本当に表情がでなくなったのだという。

(半分は自業自得のような気もするが気の毒だな)

彼はいつだって自分なりによかれと思って行動しているのだ。
ただそれが常人とは違った結果になるだけで。
そして変人だのおかしいだの言われて傷つくのも、普通の反応だ。この美貌の男もまた普通の感情を持つ人間だったというだけだ。それが表にでないだけで。
おかしい、ヘンだと言われ続け、彼は今までどれぐらい傷ついてきたのだろう。
軍幹部のエリートならば、その歩んできた道も楽ではなかっただろうに。

「俺はこの部屋で会うことに不満はない。何も周囲と同じように行動しなくてもいいと思わないか?俺たちには俺たちなりの付き合い方がある」
「!」
「お互いにこの部屋で会うことに飽きたら、外に行こう。確かにアンタは目立つがこそこそ隠れるように歩くというのもおかしな話だ。普通に歩こう。結婚したら変装して歩くというわけにもいかないだろうしな」
「ああ」

タヴィーザの意見に嬉しげに頷いた相手は無造作に出した服を詰め込み始めた。
上質の服が手荒に扱われることにタヴィーザは慌てて制止した。

「服が傷むぞ、ちゃんと畳んで入れろ!」

代わりに服を畳んで入れようとしたタヴィーザは頬に触れる手に気付いて動きを止めた。
絵画のように綺麗な相手の顔を間近に見つめて思わず硬直する。
その間に相手はそのままタヴィーザに口づけた。
恋人らしき相手を持ったことがないタヴィーザと違って目の前の相手はある程度経験があるらしい。慣れた様子で角度を変えて二度ほど口づけるとタヴィーザを抱きしめた。

(ど、ど、ど、どうしよう!まさかこのまま最後まで行くんじゃないだろうな!)

実に今更ながら宿屋に二人きりという状況に気付いて青ざめる。
当たり前だが簡素な椅子テーブル以外にベッドが用意されているのだ、この部屋は。

「そ、そのイヤではないが、じゅ、順番を守ってくれ!」
「順番?」
「まだ会って数回ではないか。性急すぎる!」
「そうか、すまなかった」
「い、イヤだったわけじゃないんだが」

気落ちした様子の相手に慌てて付け加えると相手は嬉しげに笑んでくれた。

「初めてギルフォード以上に好きになれそうだ」
「え?」
「私はギルフォードが好きだ。彼だけが理解してくれた。離れていかなかった」

本を読めば一度で理解し、何かを教わればほんの数回でマスターした。
そんな天才についていける者はいなかった。
士官学校でもあいつは天才だから、変人だからと遠巻きにされ、誰も近づいてこなかった。
だが運命の相手として出会ったギルフォードだけはスターリングの天才振りを好意的に受け止めてくれたのだ。

「俺は親と同じ将軍位を目指す。運命の相手であれば戦場も一緒になる。そんなときに足手まといが一緒では大変迷惑だ。それよりは優秀な相手である方がずっといい。そう言ってギルフォードは俺が優秀なのはありがたいと言ってくれた」

スターリングの才能に妬むこともなく、将軍位を目指す自分の相方ならばその優秀さは当然のこととして受け止めてくれたのだ。
いつも才能を妬まれるばかりだったスターリングにはとても新鮮で嬉しい反応だった。
そして同時にこれが運命の相手か、とも思ったのだ。
性格的に合わなくても、心の底から欲しているものを与えてくれた友。手を取り合って助け合い生きていける相手に会えた意味。
相印の相手が運命の相手と呼ばれる理由を、身を持って知った。

「私は恐らく戦場で死ぬだろう。首を狙われる身だ。その覚悟は出来ている。恐らくギルフォードも一緒に死ぬだろう。運命の相手だから。私はギルフォードが大切だ。それでも結婚してくれるか?」
「………俺はギルフォードさんの次か?」
「すまない。今の時点で言えば私はギルフォードが大切だ」
「そうか……」

元々、この結婚は断ろうと思っていた。
だが『運命の相手』であるギルフォードの方が大切だと言い切る相手を目の当たりにすると悲しみが先立った。

(ああ……俺はこの変わった人が好きだったんだな……手がかかって結婚しても苦労しそうな人なのに……)

それでも早朝から菓子屋に並んだり、デートのために女性物の服を持ってきたりと彼なりの好意を見せてくれた。
そして結婚するにあたって、正直に内心を話してくれた。
そんな相手が好きだったのだ、自分は。

「すまん……俺は俺を一番だと言ってくれる人と結婚したい」
「そうか……」

手がかかる男の金銭まで管理してくれているというではないか。
それほどこの男のために行動してくれる人を差し置いて結婚できそうもない。
何より目の前の男もギルフォードが大切だと言い切っている。タヴィーザが身を退くべきだろう。

「アンタが大切な人とうまくいくよう……祈ってる」