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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(6)


スターリングは代々、不動産業を営む家に生まれた。
王都を中心に広い土地を持っていたスターリングの実家は土地収入によって特に働くことなく無難に収入を得ることができたため、平民にしてはかなり豊かな家であった。
ガルバドス国が近隣諸国を倒して領土を拡大するにつれ、王都も拡大していった。そのため、スターリングの実家が所有する土地や建物の賃料も増えていき、労せず収入を増やすこととなった。
スターリングの家にとって幸いだったのは、当主が欲を出さずに賢明であったことだ。
当主は時代の流れに合わせて、賃料をあげていったが、けしてそれ以上のことをしなかった。そのため、大幅に収入を増やすこともなかったが、博打を打って身上を潰すこともなかったのだ。おかげでスターリングの家は傾くことなく、豊かに暮らしていけた。
そんな家の長男として生まれたスターリングはいろんな意味で異端だった。
穏やかで賢明なる父母、同じように穏やかな弟妹。
しかし、両親の良い部分を絶妙に合わせたかのような美貌の長男は幼い頃から独特の性格や考え方をしていた。
父母は子供たちに乳母と家庭教師をつけたが、全ての子供に同じ乳母と家庭教師をつけたにも関わらず、長男だけが変わり者だった。
勉強も武術も人並み以上にできる。何を教えても一度で覚えてしまう。正に天才だった。
しかし、会話がいつもずれる。不思議なことばかり語る。軌道修正しようとしても直らない。
長男を普通に育てようと教師を変えてみたがダメだった。
だが、武術の教師が長男に士官学校を薦めてきた。才能があるので受けてみたらどうかと言ったのだ。そうして当人も興味を抱いたのか受験し、見事受かることができた。
長男の扱いに困っていた両親は特に悩むことなく長男を送り出し、スターリングは寮に入った。
そうして15歳の邂逅の儀で運命の相手であるギルフォードに出会ったのである。

『何を考えているんだ、お前は!!』

ギルフォードだけはいつもそう言って全力でスターリングにぶつかってきた。
彼だけはいつも投げ出しはしなかった。理解できないと離れていくこともなかった。
道を外れようとすると叱りとばし、おかしいと思ったらいつだって抗議してきた。
お前は理解できないと言いながらも側を離れることがなかった。
初めて正面切って向き合えた人間であり、友であった。
しかし……。

「両親には期待されたことがない。いつも諦めたような顔で見つめられる」

それは母に大切に育てられたタヴィーザには信じられない言葉だった。
母も家族同然のアスターの家族もいつだって暖かみがあって愛情に溢れた空間を作ってくれる。
愛を与え、愛を返す。
そんな暖かみ溢れる空間をいつだって共有してこられたのだ。
だからこそスターリングの言葉が心に痛く感じられた。

「私は生まれた時から判らないのだそうだ。仕方がない。私はいつもそう言われる。私は私なりによく考えているのに、いつも理解できないと言われる」

それはそうかもしれないとタヴィーザは思った。目の前の男は本当に理解できない。
けれど理解できないと言われ続ける側のことを考えたことはない、とタヴィーザは気付いた。
ちゃんと考えて口にした言葉を理解できないと言われ続ける気持ちというものはどういうものだろう。
自分が「理解できない」と言われたら傷つかないだろうか。
タヴィーザは初めてそう思った。

「……すまん」
「そなたは謝ることはない」
「いや、俺もそう思ってしまったんだ。謝らせてくれ」

ちゃんと彼と向き合っていなかったのかもしれない。
理解できない、そう初対面のときに思いこんで理解しようとする努力を怠っていた。
それは彼に対してとても失礼なことだ。
せめて理解する努力はすべきだった。

「お前を理解したい」
「……ありがとう」

久々に笑顔を見た。
やはり綺麗な笑顔だ。本当に見惚れるような綺麗な笑顔だ。
美形は本当に得だなと思い、そんな美形と一対一で向き合っていることを少し不思議に思う。
彼の性格が災いしたわけだが、本当に不思議な出会いだ。

「理解してくれた人はいるのだ」
「え?」
「デーウス様とギルフォードだけは理解しようとしてくれた。ギルフォードは、お前は理解できないといつも言うんだが、あいつが一番俺を理解してくれている。絶対に投げだそうとせず、いつも俺のために働いてくれる。出会ったときから一番助けられている大切な友だ」
「そうか……」

タヴィーザは安堵した。
彼が、理解者がいないまま生きてきたのであればとても寂しく悲しいことだった。
だが彼にはちゃんと理解してくれる人が側にいたのだ。それはとても救いになったことだろう。

「よかったな。そのご友人を大切にしないとな」
「うむ。では大切にしよう」
「もちろんだ。今度何か贈り物でもしてみたらどうだ?」
「ギルフォードは白が好きらしい。だが雪を贈ったら、せめて花にしろと怒られた。せっかく綺麗なところの雪を贈ったというのに」
「雪じゃなぁ……溶けたらただの水ではないか」

雪を贈ったというスターリングに呆れつつ、タヴィーザは首をかしげた。
だが、男相手では花も微妙ではないだろうか。いや、当人が花にしろと言っているのなら、花が嫌いというわけではないのだろう。花でもいいのかもしれない。

「ふむ。ではこの店の不思議な味がする茶でも贈ってみるか。珍しい味だから喜ぶかもしれない」

珍しい味とは熱々の煎れたてなのに、出がらしのような味がする茶という意味だろう。
そんな茶を贈ったら、贈った理由を問われたときにトラブルに発展するに違いない。

「やめておけ!絶対怒られるぞ。白いものがお好きならウサギでいいんじゃないか?ウサギはお嫌いなのか?」
「いや、好きなはずだ。ふむ、ではウサギを贈るとするか。カリスマ狩人が戻ってきたらまた依頼することにしよう」

スターリング、ギルフォード、そしてウサギを狩る人物の人間関係を知らないタヴィーザは何の疑問も持つことはなく、無難にまとまったことに安堵した。
後日、スターリングからのプレゼントだと恋人のレナルドからウサギ肉を贈られたギルフォードは何とも微妙な気持ちになるのだが、知るよしもなかった。