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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(5)


それから二週間後のことである。
その間、例の見合い相手は来なかった。
飽きられたのか用があるのか判らないが、タヴィーザは飽きられたのならいいなと思いつつも少し寂しく思った。結婚する気にはなれない相手だが、嫌っているわけではないのだ。
仕事現場の家もだいぶ出来てきた。あと数日もすれば完成するだろう。
そんなある日、ソキウスが不要な木の板があれば譲ってほしいと言ってきた。
節が多い木は強度が弱いため使いづらい。そういった部分であれば持っていけと譲ってやった。

「また嫌がらせを受けたのか?」
「……」

ソキウスが木の板を欲しがる理由など他に思いつかない。言葉を濁すソキウスに不信感を抱き、タヴィーザは仕事が終わった後、教会へ行って驚いた。
壁の一部が破壊され、中が丸見えになっている。敷地の出入り口の門もハデに壊れていてもはや意味を成さない状態だ。

「酷いな。憲兵隊に被害届を出したらどうだ?」
「とっくに出した。多忙を理由に動いてもらえない」
「はあ……あいかわらずなんだな……」

我が身は自力で守らねばならない。弱者は生きづらい。そんな国がこのガルバドスという国だ。強者を好む王の考えは末端まで影響している。軍人の権力が強いのもそのためだ。

「手伝う。応急処置だけでもしておこう」
「ありがとう」

壊れた壁に二人で板を打ち付けていると教会の老夫婦が出てきて礼を言ってくれた。
心優しい夫婦だがもう老齢だ。簡単な日曜大工であっても二人には重労働だろう。
恐らく老夫婦では暴力的な男らに手も足もでなかったに違いない。ソキウスがいたらまだマシだったかもしれないが、彼も仕事がある。収入がなければ小さな教会を営む老夫婦と数人の育ち盛りの子供たちの生活を守れない。ちっぽけな教会では信者の寄付だけではやっていけないのだ。
老夫婦はソキウスにも独り立ちするように促している。迷惑をかけたくないのだろう。だがソキウスの収入はありがたくあるはずだ。
ソキウスは育ててもらった恩返しをしたいのだと言っている。その気持ちがタヴィーザにも判る。自分だってアスターの家族に恩返しがしたいのだ。
しばらくすると音を聞きつけて子供たちがやってきた。
子供たちも怯えているようで泣いてソキウスに飛びついてきた子もいた。
十歳を超えている男の子は自分なりに手伝おうと思ったのか、小さめの木の板を運んだりして手伝ってくれた。
その姿を見て、少しでもアスターの両親の力になろうと小さな手で道具を運んだことを思い出す。子供たちの姿は幼かった自分たちを思い出させ、タヴィーザは切なくなった。

「あんまりひどいようなら……アスターに相談した方がいいかもな」
「あいつには頼れねえよ……」
「だが……」
「ただでさえあいつの家族には助けられてるんだ。雇ってもらっているおかげで俺も収入があって働けている。これ以上迷惑かけられねえよ」
「………」

力が欲しいと思う。
愛する者たちを守る力を。
けれど現状では何も出来ない。
タヴィーザは無力感に唇を噛んだ。

「タヴィーザお兄ちゃん、お客様だよ」

幼い女の子に声をかけられ、タヴィーザは緊張した。
まさかまた暴漢が来たのだろうか。
緊張するタヴィーザの元へやってきたのは見覚えある青年だった。黒い髪に細い目。革のベストに茶色のマントを羽織、弓矢を装備したその男はアスターの友人だ。

「レナルド、どうしたんだ?」
「伝令」

ひょいと見覚えある菓子の籠を差し出される。籠には菓子の他、手紙が入っていた。
見合い相手からの手紙で、仕事が多忙で会えないことを詫びる書状であった。

「返事は?」
「あ、ああ、お気遣いありがとうございます、菓子をありがとうとスタちゃんに伝えておいてくれ」
「スタちゃん……」
「あ、すまない。彼がスタちゃんと呼んでくれと言うものでつい……」
「なかなか良い感じ」
「は?」
「返事伝えておく」
「ありがとう」

うん、と頷いてレナルドは去っていった。

「とっても美味しいお菓子をもらったぞ。夕食の後に皆でたべような」

わあいと子供たちが歓声を上げる。
最近、怖い思いをしていたであろう子供たちだ。滅多に食べられぬ甘い菓子を食べることで少しでもその傷が癒されてくれればいい。
タイミングよくプレゼントを贈ってくれた見合い相手に感謝するタヴィーザであった。


++++++++++


それから約一ヶ月後のことである。タヴィーザは相手と同じ場所で再会した。
途中、何度か『仕事で多忙なため、会えない』という詫び状が菓子と届けられた。
何とも丁寧な方だ、大切にされているじゃないかと周囲に茶化されたのはいうまでもない。
しかし、再会した相手は相変わらず美人で相変わらず不思議な人物だった。

「あいにくウサギを狩りに行く暇がなくて持って来れなかった。だが代理人に依頼してあるが故、近日中に手に入ることだろう。安心して待っているがいい」
「だ、代理人って……!そこまでして手に入れてくれなくていい!」
「もう依頼してある。代理人は張り切って山へ向かったそうだ。彼はカリスマ狩人だという話だから確実によきウサギが手に入ることだろう」
「そ、そうか……何だか申し訳ないな……」

カリスマ狩人だという代理人にウサギが手配されているという話にタヴィーザは内心頭を抱えた。
本当に目の前の男は判らない。生まれは平民だと言うが本当に平民なんだろうか。ウサギを手に入れるために狩人を雇おうなどと考える感覚が理解不可能だ。

「あんた、平民、だよな……?」
「まぎれもなく平民だ」
「家は……その、金持ちとか?ご職業は?」
「私は軍人だ。高収入だ」
「いや、アンタじゃなくてご家族の……」
「商人だ」
「そ、そうか……」

何とも幅広い返答である。商売を手がけている人という意味での商人ならば、この世の大半が商人と言えるだろう。
実際は不動産業であり、土地や建物を貸して財を成している家なのだが、この時点ではタヴィーザもまだ知らぬままである。

「お、俺は雇われ建築士で……兄弟がいないので……」
「ふむ。ではそなたは家の跡取りというわけか」
「そ、そうだな。継ぐべき家や土地などはないが、女手ひとつで育ててくれた母がいるんだ。母を置いて嫁ぐわけにはいかない」

きっと母は自分のことなど気にするなと言ってくれるだろう。
大切なアスターの家族も母を請け負ってくれることだろう。
しかし、これ以上迷惑はかけられないのだ。自分はずっと母やアスターの家族にたくさんのものをもらってきた。だからそれを返すまでは離れるわけにはいかないのだ。

「ふむ。では私が嫁ごう。何、私は後を継がずとも兄弟姉妹がいる。何ら問題はないので安心するがいい」
「え、アンタ、跡継ぎじゃないのか?」
「跡継ぎはギルフォードの方だ。彼は王都近郊にある小さな領の跡継ぎであり、弟がいると聞いている」
「それは一度聞いた。だからギルフォードさんのことじゃなくてアンタのことを聞いてるんだ。アンタは跡継ぎじゃないのか?」

なんでこう会話が脱線しまくるんだろうと思いつつ軌道修正すると、相手は長男だと答えた。

「だったら跡継ぎじゃないか!」
「うむ。だが弟妹がいる」
「だが俺に嫁ぐって……ご両親のお許しはでそうなのか?アンタ、高位軍人なんだろ?ご両親の期待も大きいんじゃないか?」
「両親に期待されたことなど一度もないが故、安心するがいい」
「は……?」

またも予想外の返答にタヴィーザは驚いた。