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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(4)


結局、その後も会話は混乱のまま終わった。
会話だけでなく、見合い自体も混乱のまま終わってしまった。
見合いも断るつもりだったが、相手は菓子と茶を持ってくると言って去っていったので、また来る気満々のようだ。どうも断り損ねたようだと気付いたタヴィーザである。
ぐったりして帰ったタヴィーザは、ソキウスが顔にあざを作っていることに気付いて驚いた。

「お前どうしたんだ、それ?」
「あー、ちょっとな。それより見合いはどうだったんだよ?」

周囲の建築士仲間もタヴィーザの見合いに興味津々のようだ。
どんな人だった、うまくいきそうか?と問うてくる。

「どうだった?」
「美形」
「は?」
「すさまじい美男子だった。あんな美人初めて見た」

タヴィーザは正直に答えた。
とにかく美人だった。それはもう驚くほどに。
男だろうと女だろうとあれほどの美人は初めて見たと断言できるタヴィーザである。
だが性格も驚くほど個性的だった。差し引きゼロどころか、マイナスかもしれない。少なくとも結婚する気にはなれない。
会話がとことん真っ当に進まないのだ。これほど会話に苦労したのも初めてかもしれない。

「そりゃすごい。美人かー」
「へー、よかったね」
「美人か。うまくいったら会わせてくれ」
「う、うまくいったらな……」

断る気満々だから、会わせることはできないだろう。

(そういえば彼の本名を聞き忘れたな)

後日、薬屋のおばちゃんにこっそり聞きに行こうと思いつつ、小さくため息を吐く。
ともかく見合いを断らねばならない。あんな訳の分からない男と結婚できるものか。
だが悪い人物ではなかった。彼は帰り際に菓子を買って帰ったのだ。
思えば彼は菓子を平らげていた。口ではさんざんな評価を下していたくせに安物の菓子を気に入ってくれたらしい。

(しかし、美男子だったな……)

顔だけはすこぶる良い。
だがこんな小さな薬屋のおばちゃんにまで見合いを頼む羽目になったのは間違いなくあの性格のせいだろうと断言できるタヴィーザであった。


++++++++++


数日後、タヴィーザは問題の相手と再会することになった。薬屋のタミラおばちゃん経由で伝言が届けられたのだ。
断ろうとしたタヴィーザは、あんな偉い人を断ったりして何かあったらどうするんだい!と怒られた。
仕方なく向かった再会の場は、またも酒場の奥の部屋であった。
部屋を借りるのは金がかかると知るタヴィーザは、部屋の代金を払うと相手へ告げた。

「前回借りてくれたのはアンタだろ、だから今回は俺が払う。次回以降は外か下で会おう」
「断る」
「は?」

あっさりと却下され、タヴィーザは驚いた。

「外は落ち着かぬ。下の酒場はうるさすぎる。私は個室が良い」
「いや、だから個室は借りるのに金がかかるだろ、だから……」
「ふむ、そなたは私に気を使ってくれたのか。このような部屋の賃料ぐらい何ら問題はないから安心するがいい」
「そうかよ……」

なるほど軍のエリート様だ。金銭感覚が違うらしい。
ならば遠慮無く出してもらうか、と思ったところで身分差が脳裏に過ぎった。

「アンタ、まさか貴族じゃないだろうな」
「アンタではなくスタちゃんと愛情を込めて呼んでほしいと……」
「悪かった。スタちゃん、あんた貴族じゃないだろうな?」
「貴族なのはギルフォードの方だ。彼は王都近郊にある小さな領地の跡継ぎで弟が一人いる」
「いや、俺が聞いているのはアンタ……じゃなくてスタちゃんの方だ。そのギルフォードさんのことじゃない」
「私は平民だ」
「それはよかった。けど平民ならちゃんと貯金しておいてくれ。将来が不安だ」
「うむ。私との将来を気にかけてくれるとはよき嫁だ。安心せよ。我が給与はすべてギルフォードによって管理されている。きっちり貯金されていることだろう」
「なんだって?アンタじゃなくてギルフォードさんが管理してる?そのギルフォードさんってのはアンタの何だ?」
「お前は突拍子もないことをするから不安だと言われて、取り上げられた。定期的に貯金額を見せてくれる。間違いなく貯金されているぞ」
「いや、だからそのギルフォードさんってのは何なんだ」
「職業か?よき軍人で元部下だ」

突拍子もないことをするから不安だというのは実に同感だ。この男、まだ会って二回目だというのに非常に不安になる性格をしている。
軍人で元部下だというのであればしっかり者の友人か側近に近いものなのだろうとタヴィーザは思った。考えてみればこんな性格の男だ。周囲に彼を支えてくれる人間がいなければやっていけるはずがない。
そういえば彼とアスターはどういう関係なのだろうか。

「スタちゃん、アンタとアスターはどういう関係なんだ?」
「アスター?アスター青将軍のことか?今現在は特に関係がないが」
「え?関係がない?」
「所属する軍が違う。彼は我が軍ではない」
「そ、そうなのか……?その、アスターの紹介で今回の見合いが設けられたと聞いているんだが……」
「アスターの?私が紹介を受けたのはギルフォードによってだが」
「え?」
「恐らく間に幾人か仲介者がいるのだろう。私が直接アスター将軍に紹介されたわけではない」
「そ、そうか……」

ではアスターはこの目の前の男と特に親しいわけではないのだと気付き、タヴィーザは困った。
どうも人の上に立つことに慣れた人物のように思える男だ。彼にはそんな不思議な威圧感というか雰囲気がある。
アスターと親しい人物なら彼を仲介することにより多少は断りやすかったのだが、こうなると断ろうにも断りにくくなった。

(まいったな。どうやって断ろう……)

そんなことを思っていると目の前に籠を差し出された。

「土産だ。王都の中心部にある有名な菓子屋のものだ。先日の菓子のように堅くもなく、甘味も十分ある。安心して食べるがいい」

この店を気に入っている俺への嫌みかと思いつつ菓子を受け取る。
上質の籠に入った菓子は形も色も揃っていて、大変上品な味のクッキーであった。

「美味いな」
「そうか。気に入ってもらえたのであれば並んだかいがある」
「並んだ!?わざわざ並んで買ってくれたのか?」
「うむ。この店の焼き菓子は人気商品だ。さる情報筋から朝から並ばねば手に入らぬと聞いたのでな」
「……あ、ありがとう……そんなに人気なら……かなり高い品だったろうに……」
「銀貨一枚で釣りが来る値段だ。心配ない」
「いや、銀貨って!」

せいぜい銅貨の値段だろうと思いこんでいたタヴィーザは顔を引きつらせた。
一応釣りが来たとは言っているが、支払いに銀貨を使用したのであれば間違いなくかなりの高級菓子なのだろう。

(王都の中心部で並ばねば手に入らないような菓子だからな……)

しかし、そこまでして手に入れて来てくれたという彼の好意を感じるだけにますます断りづらくなった。
おかしな人物だと思う。
だが、けして悪い人物ではないのだ。

(だが結婚はしたくない。苦労するのが目に見えている……!!)

「ところでタヴィーザ、好きな色は何色だ?」
「俺か?うーん、白かな」
「そうか、ギルフォードと同じだな。私は緑が好きだ」
「ああ、初夏の緑などは本当に綺麗だよな」
「うむ。怒るときはキラキラしていてとても綺麗なのだ」

また会話が脱線した。緑が怒るとは一体どういう意味なのか。

「今、雪はないからな。別の白を持ってくることにしよう。そなた、花は好きか?」

またも半分は意味不明だったが、かろうじて後半は理解することができた。

「嫌いではないが、さほど好きでもないな」
「そうか、ではウサギは?」
「特に嫌いではないな」
「生きたウサギが好みか?それとも肉か?」

ふわふわした愛らしいウサギを連想していたタヴィーザは少し驚いた。相手は食用肉として話しているらしい。

「それは生かしてあるか潰してあるかってことか?どうせならすでに捌いてある方が楽で助かるが……」
「そうか、では肉で持ってこよう」
「ありがとう」

どうやらウサギを土産に持ってきてくれるらしい。
この世界でウサギは時折見かける食用肉だ。だから貰っても何ら不思議ではないが、なぜウサギを貰うという会話の流れになったのかが判らない。

(この人と話していると半分ぐらい訳が分からなくなる……)

けっして悪い人ではない。
しかし、理解できる気もしない。
相手からの好意が感じられるだけに何とも困ると思うタヴィーザであった。