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◆オルブレロ地区教会とある建築士の話(2)


それからしばらくのちのことである。
アスターの幼なじみであるタヴィーザは黒い髪に茶色の瞳を持つ男だ。
それなりに整った顔立ちだが、滅多に笑わない性格のため、将来は頑固オヤジになりそうだと周囲に言われている。
平均よりも体格がいいが、180cmを越えるアランほどではない。
彼は父親が建築士であった。しかし、幼い頃に徴兵先で亡くなったので記憶にはない。
タヴィーザを育ててくれたのは、母だ。しかし、アランの家族の好意のおかげでもある。
建築士であるアランの家族は、雇われ建築士であったタヴィーザの父が亡くなったことを悲しみ、その遺族であるタヴィーザの母とタヴィーザを家に呼んでくれた。
母はたくさんの従業員の朝昼晩の食事を作ったり、洗濯物をしたりして働いた。タヴィーザも建築士見習いとして育ててもらい、今がある。
そんなタヴィーザはアランの次兄であるアスターの幼なじみである。歳が近かったので、幼い頃から一緒に遊んだ仲なのだ。
もう一人幼なじみがいて、それがソキウスという男だ。そのソキウスはアスターの家から徒歩数分のところにある教会に住んでいる。孤児なのだ。
灰色がかった茶色の髪に同色の瞳をした中肉中背、容姿もごく平凡な男である。
三人は生まれ育った境遇や現在の立場の違いなどはあるものの、顔を合わせれば垣根なく付き合う仲であった。

「なんだって?見合いの仲介?」
「アスター、お前がもってくるってことは、相手は軍の関係者なのか?」

昼休みである。
今回のタヴィーザたちの仕事は新築の家を建てることだ。
その現場で弁当を食べつつ、アスター、ソキウス、タヴィーザは顔をつきあわせていた。
今やエリートであるアスターは幼なじみに会いに現場まで足を伸ばしていた。夕刻には己の職場である軍本部へ戻る予定でいる。
タヴィーザは新築現場の責任者、ソキウスは日雇い労働という身分である。

「軍関係者かと言われれば、おもいっきり軍関係者だなー。知り合いに頼まれちまってな……この間、薬屋のタミラおばちゃんのところへ行ってきた……」
「マジで!?」

この世界には結婚紹介所がない。
しかし、その代わりと言えるような場所が、酒場の女将だったり、顔の広いおばちゃんだったりする。
『出会いが欲しい』と頼めば『紹介してやろう』という、いわゆるお節介好きな人というのはどこの世界にもいるものなのだ。
そういう顔の広い者同士でいつの間にか独自のネットワークが作られ、出会いを求める人同士の出会いの場が設けられる。それが『仲人のおばちゃんたち』だ。
いわゆるギルドのようにしっかりした枠組みのあるものではなく、民間の口コミによるネットワークだが、これがバカにならないものでなかなかの結婚成功率を誇っているのだ。
もっとも、アスターもこの人物をおばちゃまに頼むことになるとは思ってもいなかったのだが……。

「はー………何事も起きなきゃいいんだが……」
「そ、そんな問題有りの人なのかっ!?」
「正直、かなりの変わり者だと聞いてるんだよなー……」
「ど、どんな軍人さまなんだ?」

ソキウスに問われ、アスターは悩んだ。
顔はいい。とびっきり良い。今まで多くの人間に会ってきたが、文句なしに断トツで良いと断言できる容姿の良さを誇っている。
美姫のような白い肌に艶やかな黒髪、青は青でも滅多に見られないような鮮やかさを持つ瞳。
声も良い。低く落ち着いた艶のあるバリトン。
軍人としての功績も優れており、天賦の才を持った人物だと言われている。
前黒将軍デーウスより軍を引き継ぎ、黒将軍となった人物だ。
そう、軍トップの黒将軍。
この軍事大国ガルバドスの頂点に立つ八人の黒将軍の一人なのだ。

(スターリング黒将軍。おばちゃんが腰を抜かしそうになってたけど当然だよなー……)

ついでに言えばアスターも『何で断らなかったんだ』とおばちゃんに怒られた。街角の薬屋に仲介を頼むような人じゃないだろうとのことだ。全く持って同感だ。
しかし、部下兼友人のレナルドが勝手に当人から承諾を得てきたのだからどうしようもなかったのだ。今更『やっぱりお断りします』なんて言えるわけがない。
そんなおばちゃまもしつこくレナルドに頼まれて、結局は引き受けてくれた。
今ではすっかり開き直って相手を探してくれているが、なかなか見つからない。それも当然だろう。黒将軍相手に見合いをしようなどという度胸ある者が簡単に見つかるわけがない。

「ともかく断れない方なんだよ。すまねえけどよ、しっかり者で気が強くて体力があるやつを探しておいてくれないか?それが条件らしい」

ソキウスは傍らの男を親指で差した。

「いるじゃねえか、ここに」
「勘弁しろ」

タヴィーザは顰め面で断った。
アスターも顰め面だ。

「俺もお前たち以外の人がいいな。お前等が悪いわけじゃないんだが、あの人が相手じゃちょっとなー」

そのとき、カーン、カーンと遠くで鐘の音がした。昼に鳴らされる教会の鐘の音だ。
大聖堂で鳴らされる鐘の音が周囲の小さな教会に広がっていき、王都を覆う。
大聖堂が鳴らした鐘を聞いた周囲の教会が鐘を鳴らし、その音を聞いた次の教会が鐘を鳴らし、といった感じで広がっていくのだ。
当然ながら最初の大聖堂の音と王都の端の教会の音は、多少の時間差が発生することになるが、大きな問題はない。この世界では大体の時間が判れば問題ないのだ。

「休憩時間終了だ。時間切れだな。さて、仕事へ戻るぞ」
「よし、午後も頑張るか。じゃあな、アスター!」
「あぁ、またな」

去っていく長身を見送り、タヴィーザはソキウスと顔を見合わせた。

「ずいぶんワケありの人だったみたいだな」
「だな。断れなかったと言ってたし、軍でいろいろ苦労もあるんじゃないか?徴兵からの出世というだけでも異例だしな」

軍人となってしまったアスターと違い、タヴィーザとソキウスはまだ徴兵に行っていない。そろそろ期間がぎりぎりなので行かねばならないだろう。
アスター、タヴィーザ、ソキウスは物心ついた頃には側にいた友人同士だ。
歳が近い上、タヴィーザは住み込みの従業員の子だったので、一緒に育った幼なじみのようなものだ。
アスターは幼い頃から大らかな子供だった。そしてあまり喋らないわりにやんちゃで、いつも泥だらけになって遊んだ。彼は体を動かすのが大好きなようだった。
あまりにやんちゃで元気がよすぎるので手に負えないとアスターの母が近所にある道場へアスターたちを放り込んだ。そこの道場主は子供を中心に体術と礼儀を教えてくれるというので『礼儀』の方を期待したのだ。母の希望は叶えられ、やんちゃ坊主は礼儀作法をきっちり教わり、家の中で暴れる代わりに体術を叩き込まれた。
アスターの母はタヴィーザとソキウスも預けてくれた。道場は学費がかかるが、アスターの母が払ってくれたのだ。おかげでタヴィーザたちも体術を学ぶことができた。
大人になってから道場の学費を払ってもらっていたことを知ったタヴィーザたちは深く感謝し、かかった学費を返すと言ったが、アスターの母は笑って断った。目標はうちのやんちゃ坊主だったのだ。一緒にやんちゃだったアンタたちを預けないことにはうちの次男坊も大人しくならなかったに違いないんだから、と。ついでだから気にするなと言ってくれたのだ。
それは事実であったかもしれないが、彼女の好意も含まれていたに違いない。
仲が良かった三人を引き離さずにいてくれたのは確かなのだ。

タヴィーザとソキウスは、とにかくアスターの家族が好きだ。
幼い頃から世話になっているアスターの両親は言うまでもなく、歳の離れたアスターの長兄も、アスターもアランも好きなのだ。
二人にとって、アスターの家族は憧れであり、かけがえのないものなのだ。
アスターの力になりたいと思う。
だが軍のことは二人にはよくわからない。あまり力になれることはないのが現状だ。

「ソキウス、お前、例の件はどうなってる?」
「あいかわらずだよ」
「そうか……」

孤児の生まれであるソキウスはアスターの家から徒歩数分のところにある教会に住んでいる。
その教会には墓地がある。ソキウスは葬儀などがあった際に墓穴を掘る仕事をしている。
田舎などでは親族が掘るが、大都市ではそれを生業としている者もいるのだ。
身内がいない者や浮浪者、犯罪者などの墓穴を掘らねばならないこともある。そして墓穴を掘る仕事は不浄だと嫌われることも多い。そのため、人に好かれない職業なのだ。孤児や元犯罪者といった者が就く職業であるのはそのためだ。
ソキウスはそちらの仕事がない日はアスターの家で日雇い労働者として雇われている。ちっぽけな教会では葬儀がない日の方が多い。そのため、アスターの家族の好意に甘えたのだ。
アスターの家族はソキウスの仕事を差別しないよき人たちだ。そのためソキウスも屈託なく接している。
しかし、最近、教会では問題が起きている。教会の持つ土地が業者に狙われているのだ。
ガルバドスが近隣諸国を吸収し、大きくなっていくにつれ、王都も急激な人口の増加でどんどん広がっている。
スラム街や質の悪い者たちも増え、治安が悪化している。
そういった質の悪い者たちにソキウスの教会はとても魅力あるものに移るのだろう。土地を売り渡せと嫌がらせを受けるようになった。
他の教会に助けを求めたが、なかなか動いてくれない。どうやら同質の嫌がらせを受けている教会も多いらしく、手が回らないらしい。きりがないという話も聞く。
ソキウスの教会はちっぽけな教会だ。老夫婦と数人の孤児しかいない。ソキウスと同世代の孤児たちは独り立ちして出ていった者が多いが、それぞれ毎日を懸命に生きているようだ。そんな彼らの幸せを邪魔したくないと老夫婦は言う。
何とかしたい。しかしいい手だてがないのが現状だ。
軍の高位であるアスターに頼んだらどうだという意見もあった。
しかし、アスターも軍では苦労しているようだ。アスターの家族もときどき頼み事をされるというが、『次男坊は徴兵からの出世で、軍ではよき後ろ盾がない身で、他の将軍様のような権力はない』と答えて断っているという。賢明な判断だ。この手の頼み事は一度受けるときりがないからだ。
ただでさえ、アスターの家族には恩がある。これ以上迷惑をかけたくないとソキウスは言う。

「何かあったら言えよ」
「ありがとな。……なー、タヴィーザ。アスターがおばちゃんに頼んだって人に会ってみたらどうだ?案外いい人かも知れないじゃないか。お前ならあの条件に該当してるし」
「うーん……」
「お前ずっと仕事一筋で全然遊んでないだろ。そろそろ本格的に考えてもいいんじゃないか?とりあえずアスターはやめておけよ」
「そうだな……」

ソキウスには全部バレている。アスターにそれとなく好意を抱いていることも、そこから全く進展がないことも。
幼なじみのアスターはいつも周囲に人の影がある。軍人になる前は女性と付き合っていたし、軍人になってからも会話の節々に人影が見える。時折アスターにくっついてやってくるレナルドも酒の席でアスターに恋人はいるかと問われて、候補が何人か、と答えていた。
救いは毎回同じ返答であることだ。『候補が何人か』から一向に進展がないらしい。アスターらしいといえばらしいが、いつ候補じゃなくなるのかが判らない以上、全く安心はできない。
自分たちも二十代後半で三十路も見えてきた。結婚適齢期なのは確かだ。徴兵を終えたら結婚したいと思っている。
ソキウスは社交的で、結婚まではいかずとも遊ぶ相手はいるようだ。
だがタヴィーザは仕事一筋で全然遊んでこなかった。

(いいかげん、吹っ切らないとな。そろそろ別の相手を探してもいいかもしれない。アスターが紹介する人ならいい人だろう……)

軍人というのが気になるが、この国は軍事大国だ。高収入でありエリートなのは確かだ。
徴兵がまだなので付き合うことになったら、少々有利に動くかもしれない。

(そうだな、前向きに考えよう)

タヴィーザの決意を聞いたら、アスターが大慌てするのは間違いないのだが、ここにいないために止める人間はいなかったのである。