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◆迷闇の門(10)


※性描写が含まれていますので、苦手な方はご遠慮下さい。


炎と月をイメージした紋章はリーチが黒将軍時代に使っていた紋章だ。その紋章を掲げてリーチは戦場を駆け抜けた。
その紋章を刻んだ武具をリーチは持っている。腕の良い鍛冶師に作らせたナイフは強靱で幾度もの戦いに耐え抜いた。
リーチが持つ印は炎と風だ。
戦いでは尤も有利なその二種を上級印として持って生まれたおかげで、リーチは出世することができた。
軍を引退した今になって思う。何故あれほど取り憑かれたように出世に拘っていたのか。
確かに高位になったことで若くして絶大な権力を持ち、大金を得ることができたが、残されたものは金だけのように思える。
敵ばかり作って、味方はいなかった。部下は部下だ。戦場でよき力になってくれたがリーチ個人に対してどうだったかと言われれば難しい。リーチは部下とギブアンドテイクの仲であり、馴れ合ったりすることは好まなかった。
それが間違っていたとは思わない。
だが何も残らなかったと思うのも事実だ。

物思いに耽ったまま、一日が経った。
慣れた気配を感じて、家の主が戻ってきたことを知る。
『ご主人様』を出迎えねばならない。そう思いながら重く体を動かしているうちに相手が家の奥まで戻ってきてしまった。

「大丈夫ですか?」

いつも出迎えるリーチがでてこなかったために心配してくれているらしい。

「昨夜はすみませんでした」

いきなり謝罪された。

「どのことだい……?」
「いえ………」
「何に対して謝っているのか言わなければ判らないだろうが」
「少々乱暴な行為だったかと思いまして」
「あれぐらい平気さ。調教中は遙かにハードだった」
「そ、そうですか……」
「焦らされるのは一、二時間どころじゃなかったからな。一晩中ってのもざらだった」
「!!」
「だからもう……大丈夫だ」

ちらりとウィルフレドを見ると、ウィルフレドは困り顔をしていた。
なぜそんな顔をしているのだろうと思いつつ、いつものように服を脱いでいく。

「リーチ様」
「何だ?」
「あの、後で……」

すぐに抱いてくれないと気付き、リーチは不機嫌になった。
道具越しであろうと触れられたい。全く何もないよりマシだ。
それすらも取り上げられたら自分には何も残らないのだ。
自分には将軍時代に貯めた金と目の前の男しかいない。
今となっては『ご主人様』である彼だけがリーチの失いたくないものだ。

「何で?腹が減ってるのか?」
「それもありますが、ちゃんと入浴してから抱きたいので」
「風呂ならちゃんと入った」
「いえ、俺が。仕事で汗を掻いたので抱き合うのにそのままなのはちょっと……」

どうせ道具でしか抱かないクセにと思いつつも納得がいく理由だったため、リーチは引き下がった。
食事をする相手の隣に座りつつ、相手が持ち帰った書類に目が留まる。
引退したとはいえ軍最高位にいた身だ。軍の事情には通じている。
こんな重要書類を無造作に持って帰ってくるなと思いつつもウィルフレドが寄せてくれる信頼だろうと思うと嬉しい。

「この男には気をつけな。クセがあるよ」
「そうなんですか」
「一緒に仕事をするときは手柄を横取りされないようにするんだね。そういうのがうまいやつだから」
「わかりました」

空になった相手のグラスにワインを注ぐ。これぐらいの給仕ならばリーチも慣れている。

「もう復帰されないんですか?」
「しないと言っているだろ」
「勿体ない。まだ印ならば十分戦えるでしょうに」
「そりゃあね……」

黒将軍になったのは伊達ではない。印使いだけならまだ軍のトップ10に入れる自信がある。
だが問題はそこではないのだ。
軍の高位にいるためにはあらゆる事に気を配る必要がある。大勢の部下のこと、戦場のこと、隊の編成に訓練、新人教育について、他の将との駆け引き等々。
たった一人のことだけを考えて過ごすことなど許されない。
今のリーチは隣にいる男のことしか考えられない。仕事に頭を使う余裕がないのだ。だから無理なのだ。
そのことを彼に告げても信じられないというだろう。冗談を言っていると思われるかもしれない。
しかしそれが事実なのだ。リーチはウィルフレドのことしか考えられない。四六時中、彼のことを考えている。『ご主人様』にどうしたら愛してもらえるか、そのことばかりを考えているのだ。

そうして食事を終えた相手が入浴している間に食器をキッチンへ下げた。
水につけておけば明日やってくる使用人が片付けてくれることだろう。

(少し慣らしておこうかな……)

また昨日のように強引に入れられたらきつい。慣らしておけば少しは楽になるだろう。
そう思いつつも体は動かなかった。

『愛されるよう努力しなさい。愛されない奴隷は魅力が足りないのですよ』
『愛されぬ理由をご主人様のせいにしてはいけません。貴方が魅力的だったらご主人様の愛を受けられるのですから。ご主人様の愛を受けられるように努力しなさい』

エルネストの言葉が繰り返し頭に蘇る。
愛されたい。だから努力している。しかし思いつく手段は使い果たした。
一体どうすれば愛してもらえるのかが判らない。
自分なりに考えた方法はすべてやった。全裸で誘ったり自分から愛撫しようと試みたこともあった。しかし、全部玉砕した。
こんなことならば完全に調教を受けてしまった方がよかったのではないかとさえ思えてくる。エルネストならばちゃんと奉仕する方法も教えてくれたことだろう。彼が教えてくれるプロの技を身につけていたならば、ウィルフレドは愛してくれただろうか。

(あぁダメだな、よくない方へ思考が向かっている)

悪い方へ考えるのはよくないことだ。落ち込んだところで何の解決にもならない。
気分を切り替えて、冷静にならねばならない。それは厳しかった軍人時代に学んだ。
表向きはどんな態度を取っていても中身は冷静に計算をして行動をとる。
そうして常に最善の手で目的を達してきた。

「リーチ様」

気付くとウィルフレドが来ていた。
濡れた髪としっとりと上気した肌に目が吸い寄せられる。
この体に抱かれたらどれほど気持ちがいいだろうか。そう思いながら口を開く。

「なぁ……体で抱けよ」

どうせ今日も応じてもらえないのだろう。そう思いながら相手の羽織る白いバスローブを引っ張ると、ウィルフレドは頷いた。

「……え……」

見間違いかと思ったが、ウィルフレドはバスローブを脱いで全裸になった。
今まで彼が全裸になったことはない。入浴後にやったことはあったがいつも彼はバスローブを羽織ったままだった。道具ばかり使っていたため脱ぐ必要がなかったのだろう。

(まさか……本当に?)

本当に抱いてもらえるのだろうか。唐突な展開に信じられない。
しかし、実際に寝台に押し倒されて触れられている。体のあちこちに口づけられている。

(何故だ?何故いきなり……)

さんざん誘っても抱いてくれなかったのに、いきなり抱いてくれる理由が判らない。
だが必ずきっかけがあるはずだ。そのきっかけが知りたい。理由が判らなければ次があるか判らないのだ。
忙しく頭を働かせるが、ウィルフレドから与えられる愛撫が冷静な思考の邪魔をする。
どうしても理由を知りたいのに頭が働かない。与えられる刺激ですぐに霧散してしまう。

「うぅっ……!んんっ!!……あっ!」

ただでさえ、欲しかった刺激だ。暖かみだ。触れ合う素肌の感触でいつも以上に体が敏感になっているのが判る。
あれこれと考えて焦っているうちに愛撫が下へと降りてきた。

「あああっ!!」

やわやわと袋を揉み込まれてビクビクと足が引きつるように動く。竿を撫で上げられて吐息のような甘い声が漏れた。
直に与えられる刺激を期待して後ろが物欲しげに動いているのが判る。前の刺激よりも後ろの刺激が欲しい。
その期待が伝わったのか、濡れた指が後ろへ忍び込んできた。いつも以上に丹念に潤滑剤をたっぷりと塗り込まれる。そのことがすごく嬉しい。

「あっ…あああっ……あっ…ウィルッ!!」

早く欲しい。早く、早くと気は焦るがウィルフレドの愛撫は執拗だった。
そのことが直に抱いてくれる証のような気がして嬉しくはあるが、長く続く愛撫は拷問のようにも感じられた。
何故ちゃんと抱いてくれる気になったのか、理由が知りたいのは山々だがもうどうでもいいようにも感じられた。もう頭が働かない。ただウィルフレドの体を感じたい。
そうして体力のあるリーチでも愛撫に体が蕩けきって体に力が入らなくなった頃、ようやく欲しかったものが与えられた。

「あぁあああーっ!」

力強く体を揺さぶられながら突き上げられるのも、相手の体温も、張り型のような道具では感じることができない刺激だ。
触れ合う肌も流れる汗も相手の表情もすべてが抱かれている証として感じられ、リーチは必死に相手の背に腕を回しつつ、声を上げた。声を止めようにも止められなかった。

「…ハハハ…ッ…ウィル……すげえ……嬉しい……!!」
「リーチ様?」
「んっ……!嬉しいっ………最高、だ!…」
「リーチ様……」

嬉しげに笑むリーチにウィルフレドが少し驚いたような表情になる。

「全部、出せ、よっ………全部……っ!!」

中に出されれば後始末が面倒なことは知っている。
だがそれすらもウィルフレドにちゃんと抱かれた証となると思えば欲しかった。

(嬉しい……!!ウィル……!!)

道具の時とは段違いの精神的な高揚感を味わいながら、リーチは何度も達した。
抱かれても抱かれても相手が欲しくてたまらなかった。
最後にはウィルフレドに無理ですと断られるまで相手を欲したのであった。