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◆迷闇の門(8)


※性描写が含まれていますので、苦手な方はご遠慮下さい。


自室で本を読みつつゴロゴロしていたリーチは慣れた気配に気付いて顔を上げた。この家の主が帰ってきたのだ。
奴隷らしく『ご主人様』をお出迎えすることを欠かしたことはないリーチは少々不機嫌な気持ちで出迎えた。普段よりずいぶんと主の帰宅が遅かったためだ。

(まさか浮気じゃないだろうな)

奴隷はあくまでも奴隷だ。ご主人様が他の人間に目を向けても文句を言ってはいけないと教育されている。ご主人様が他の人間に目を向けるのは自分に魅力がないためだ。それが嫌なのであれば自分を磨いて他に目を向けさせないようにするべきだと教えられた。
調教が中途半端なリーチはその教えを鵜呑みにしてはいないが、一利あると思った。ベタ惚れなら他人に目を向けたりしないだろう。ベタ惚れにすることができないから浮気されるのだ。浮気されるのが嫌なのであれば浮気されないよう努力すべきなのだ。

(けど、こいつはまだ俺を抱かない……)

ベタ惚れ以前に普通に惚れさせることすらできていないのは明らかだ。そのことを思い、リーチは内心ため息を吐いた。
自分は相手より年上だ。30を越えている。二十代として十分通じる外見を保ってはいるが、例えば十代のような若々しさに満ちた少年少女に比べると負けてしまうだろう。そもそも娼婦街の男娼や娼婦にも敵うかどうか判らない。幾度も戦場を走り抜けた体は古傷だらけだ。お世辞にも綺麗な体とはいえない。
性教育を受けたのは一週間足らず。その間、ずっと性的な調教を受けた。
しかし、体の性感を高められたり、後ろを開発されたりするばかりで、主への奉仕はほとんど教わることがなかった。まだそこまでいかなかったのだ。
そのため、リーチは自分なりに考えながらウィルフレドに誘いをかけていたが、結果は芳しくなかった。

(可愛く誘う方法なんて知らねーし……)

印の強さで出世は早かった。
頭の回転が早く、気が強いリーチは強引な手段も取ってきた。そのために早くに出世したリーチは遊び相手にも困ることがなかった。
恋愛でも下手に出たことはない。そのことが今回、裏目に出ていた。自分に興味を持たぬ相手を惹く方法を彼は知らなかったのだ。

「飯が冷えてしまってるよ、温め直そうか?」

ウィルフレドの家には昼間に雇っている使用人が出入りしている。その中年女性は掃除や洗濯といった家事全般をして帰ってくれる。その時に食事も作っておいてくれるのだ。
リーチはあまり家事は得意ではない。しかし、出来上がった食事を温め直すぐらいのことは出来るのだ。そのため、声をかけたが、食べてきたのでいらないという返答だった。
プライドが高いリーチは相手に奉仕するのが好きではない。しかし、ウィルフレドが相手ならば別だ。彼のために何かをしたい。そのため断られて残念に思った。
そんなリーチにウィルフレドは問うてきた。

「入浴は済ませていますか?」
「あぁ」
「じゃあ脱いで寝室で待っていてください」
「判った!」

寝室で待っていろと言われたのも初めてならば、脱いでいろと言われたのも初めてだった。

(やっと抱いてもらえるのか……!!)

期待で胸がいっぱいになる。
どんな風に触れてくれるのだろうか。彼の肌はどんな熱さなんだろうか。
体温を感じない張り型は冷たくていつも無機物であることを感じさせ、彼の体で抱かれていないことを思い知らされた。だがそれも今日はないのだ。彼の体温を奥まで感じることができる。

(中を慣らしておくか……?いや、愛撫してくれるかもしれないし待っておくか。どうせなら触ってほしいし……)

そんなことを思いつつ、そわそわと待っていると、ウィルフレドがやってきた。シャワーを浴びてきたらしく、髪が濡れている。
そんな相手の雰囲気にも期待が高まり、リーチは息を飲んだ。

(やべえ、緊張してるな俺……)

どんな戦場でも滅多に緊張したことがない強心臓のリーチだ。
奴隷は主から目を離してはいけないと言われている。それでもどうにも見ていられなくて視線を逸らした。
そして慣れない緊張に落ち着かない気持ちになりつつ、相手の出方を待った。

「失礼します」
「何、改まってんだよ、お前」

なるべく軽くと思いつつ答えたリーチはカチャという金属音に驚いて己の手首を見た。手錠がはまっている。そして途端に体に違和感を覚えた。この感覚には覚えがある。

「お前、これ、印封じの……!」
「貴方に抵抗されてしまっては俺は勝ち目がありませんので」
「抵抗って……あっ!」

少しきつく乳首のピアスを引っ張られ、リーチは声を上げた。
そこへの痛みはリーチの弱点の一つだ。少し弄られただけで感じてしまう。痛ければ痛いほど敏感になってしまうのだ。

「クッ……ンンッ……べ、つに、封じなくても……抵抗、なんかっ……クゥウッ!」

乳首のピアスを引っ張られ、つねられ、神経がそちらに集中してしまう。元から期待が高まっていただけに体の反応も早い。
もっと他の所も触って欲しいと思う反面、乳首への刺激も止めないでほしいと思う。

「アゥッ……んん、ウィルッ、ほ、かの、とこもっ……!」
「もう、勃ってますね」
「そ、れはっ……お前が、触るからっ……!」

自分でも反応が早いと思っていたところだ。そこを指摘され、カッと顔を赤らめて反論するとお仕置きといわんばかりに一際強く、乳首をつねられた。

「痛っ!!」
「俺はココは触ってませんよ?」

確かに性器には触られていない。触られたのは乳首だけだ。
強くつねられたことで性器は更に勃ちあがった。乳首への痛みには弱いのだ。

「また元気になりましたね」
「だ、から……それは、お前がっ……!」

気が強いリーチは再度反論した。
自分が乳首への刺激に弱いことを知っているクセに今日はずいぶん意地悪に指摘してくる。
普段は元部下という立場のせいか遠慮がちでそんな意地悪なことは言ってこないというのに一体どういう心境の変化なのか。
そんなことを思っていると、いきなり股間を握られた。そしてひやりとした感触にギョッとする。

「なっ…!?」

いきなり填められたのは革製でチェーンがついている品だった。竿に被せて使うようにつくられていて、チェーンで締め付けられるようにボタン穴がついている。チェーンはそのボタン穴を通っている。
すでに勃起している性器にかぶせられて驚いているところにチェーンをひっぱられてリーチは痛みに呻いた。
勃起する前ならばともかく、勃起してしまった後に締められては痛みに苦しいばかりだ。

「痛っ……やめ、ろよっ!!一体何の、つもりだっ……!」
「我慢の練習を覚えましょう、リーチ様」
「なっ……!」

まさかそんなことを言われるとは思わず、リーチは驚いた。

「最近、貴方はちょっと性欲が強すぎるようですから」
「そ、んなことはない……!!お前は俺を抱いてないじゃないか!!」

そう、抱かれたくて誘っていたのだ。どうしてもウィルフレドを肌で感じたかったからだ。
道具で抱かれても満たされるのは体ばかりだ。どうしても肌で抱いて欲しくて繰り返し誘っていた。
今度こそ体で抱いてくれないだろうか、そういう期待があって誘っていたのだ。

「我慢してくださいね」

ひやりとしたものを後ろに感じる。
ギョッとして振り返る前に体を貫いたのは冷たい感触の張り型だった。

「ぁあああっ!!」

たっぷりと張り型に塗られた潤滑剤のおかげで入ったが、慣らされる前に入れられてはさすがに痛い。
おまけに張り型だったこともショックだった。やっと抱いてもらえると思ったのにその希望が打ち砕かれたのだ。

「痛っ……痛いっ……や、めろっ……うご、かすなっ!!」

しかし、今日のウィルフレドはリーチの要望を聞く気はなさそうだった。
貫かれた張り型を一旦ぎりぎりまで引かれ、入り口付近で動かされては奥まで突き上げられる。そのやり方はリーチの弱いやり方で、リーチはすぐに腰の動きを止められなくなった。
しかし、今は性器が戒められている。感度が増せば増すほど、性器を戒める道具が食い込んで痛い。感じたくないのに奥からの刺激で感度が増していき、体動いてしまう。

「ああっ……あっ……や、めろって……あああっ!!痛いっ……やめろっ!!」
「痛いというわりに反応していますが」

膨れあがった性器をカバー越しに撫で上げられてリーチは呻いた。
いつもなら達してもおかしくない刺激だ。しかし今は戒められているせいでイクことができない。

「あっ、あっ……やめっ……!ウィル、やめてくれっ……ひぃっ!!」

奥をぐりぐりと突かれて体がビクビクと震える。
道具でも敏感に反応する体が憎い。
体温を感じぬ道具などで反応したくないのにこの体は道具にこそ慣れてしまっている。その上、リーチの体の弱い部分を経験で知ってしまっているウィルフレドはいつも的確にリーチの弱い部分を刺激してくる。そのせいでリーチはいつも敏感な反応を見せてしまう。

「も、イキたいっ!!外してくれっ……!!」

体で抱いてくれないのならもう終わりにしてしまいたい。イキたい。
そう思いながら訴えたが、ウィルフレドは首を横に振った。

「言ったでしょう?我慢の練習だと。今日は最後しかイかせられません。このまま感じてください」
「なっ……!そんな、ことっ……!」
「一度でも十分満足できるぐらい触ってあげますから」
「嫌だ!!嫌だ、ウィル!!イキたいっ……!イキたいんだ!!」
「ダメです」

目の前が真っ暗になる。
道具などで抱かれることに何の意味があるというのか。
こんな一方的な抱かれ方をしたいわけじゃないのだ。
体で抱かれたい、相手の体温を感じながら抱かれるのなら幾らでも抱かれたいというのに、道具なんかじゃ何の意味もない。

(お前に抱かれたいのに……!!)

「嫌だ、ウィル……!」

やっと抱かれると思っていたのに、無惨に壊された希望に涙が止まらなくなる。
何度も誘っていたのは、誘わねば触れてもくれなかったからだ。
どうしても相手の体温を感じたくて誘っていたのだ。
例え、手の平の体温だけであっても、優しく触れてくれたから受け入れていたというのに。
こんな抱かれ方をしたかったわけではないのだ。

「ああっ……嫌だ、ウィルっ……!」

目が眩むような快楽を感じながらも心は全く満たされない。
一体何を間違ってしまったのだろう。そう思いながらリーチは道具越しにしか触れてくれぬ相手に腕を伸ばした。

「いいかげん、抱けよ……!!」

しかし、伸ばした腕は取ってもらえなかった。

「抱けよ、お前自身で抱けっ……!!」

抱かれたいのだ。直に触れ合いたいのだ。
その一心でリーチは腕を伸ばし続けたが、結局その手は取ってもらえないままであった。