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◆迷闇の門(7)


ウィルフレドは小さくため息を吐いた。
最近、悩みが絶えない。
この間は偶然、軍の総本部で会ったレンディに『アスターに余計なことを言ってくれたね』と恨めしげに言われた。レンディに睨まれたくなかったのに目をつけられてしまったようだ。
思わずその事をアスターに話すと、『坊のヤツ、最近反抗期じゃねえかと思うんだよ』などとため息雑じりに見当外れなことを言われた。どうやらレンディと何かあったらしい。
そもそもレンディはとっくに反抗期などという可愛い年齢は過ぎている。
しかし、彼からレンディに話をしてくれたらしく、後日レンディには謝罪された。かなりしぶしぶといった態度だったので不安は残るが。

(あのレンディ様に謝らせたり、あだ名で呼んだり、アスター将軍はすごいな。一体どういう関係なんだか……)

そのアスターは週に一度は官舎にやってきて、フリッツの様子を見ていってくれる。ウィルフレドもフリッツが生かされているのはアスターの存在故だと気付くようになった。
穏和で人当たりの良いアスターは残虐な行為が嫌いなようで、フリッツのことも心配している。そのためにアスターと仲がよいレンディもフリッツを殺せずにいるのだろう。
いっそフリッツをアスターに完全に任せてしまってはどうかと思っているウィルフレドだが、アスターが引き受けてくれるかどうかは判らない。自分からレンディに言い出すことも出来ない。レンディがどういう反応をするか判らないからだ。
しかし、悩んでいるうちに事態が動いた。フリッツが目に見えて良くなったのだ。
しかも意外なことにそのきっかけとなったのはリーチの存在であった。

「ハッ!『ばかばかしい』と言っただけさ」
「ばかばかしい?」
「だってそうだろう?部屋で閉じこもって泣いてばかりいてご主人様に会えるわけがないじゃないか。俺だったら戦場に出て、ウェリスタまで走ることぐらいするね!もしくは勝利して良き条件を勝ち取って、敵国からご主人様をもぎ取るとかね。泣いていて、ご主人様に会えるわけがないんだからさ」

なるほど、性奴隷ならではの視点かもしれないとウィルフレドは思った。ウィルフレドはフリッツがご主人様に会える可能性など全く考えてなかったのだ。それは実現不可能なこととして切り捨てて考えていた。
しかし、一縷の望みにもかけるのが性奴隷の主への思いだ。だからこそ小さな望みでも託すことが出来るのだろう。

(なるほどエルネストの言うとおりだったな。もっと早く試してみればよかった……)

ともかくフリッツが良くなったため、彼の身は彼の部下たちにまかせることになった。
脱国しないよう密かに監視は続けられるらしいが、以前よりもずっと状況はよくなったと言えるだろう。
フリッツが元の家に帰っていくと、ウィルフレドはリーチと二人きりになった。
そうなるとリーチは以前よりも積極的に性行為を求めてくるようになった。

(フリッツの件は解決したがこっちはどうすればいいのやら……)

金髪に近い茶色の髪と緑の瞳を持つリーチは、軍人としては小柄だが腕の良いナイフ使いだ。
軍を引退するきっかけとなった重傷を負ったときにグンと体重が落ちてしまったため、軍人時代よりかなり細身になっているが、現役の頃は敏捷で鍛えられた体をしていた。
半年以上寝込んでいたためにかなり体にガタが来ていると当人は言っているが、十分
平均以上の腕前をしている。その上、元々は印使いとして名を馳せていた。今でも十分戦場で戦えるだろうとウィルフレドは思っているが、当人に復帰の意思はないらしい。

『金は十分あるし、引き際を間違えば死に直結するからな。戦場は甘くない』

それは現役の軍人であるウィルフレドもよく知っている事実なので、反論はしなかった。
しかし問題はリーチがウィルフレドの側を離れようとしないことだ。
ウィルフレドとしてはリーチを助けたつもりだった。そのため、リーチは落ち着いたら家を出て行くのだろうと思いこんでいた。
しかし、リーチは全く出ていく気配がない。ウィルフレドの官舎の一室を自室とし、落ち着いてしまっている。青将軍として多忙なウィルフレドは夜にしか官舎に戻れないが、戻った途端に誘いをかけられる。
元上官に手を出す気にはなれないため、手と道具で相手をしているがいつも不満げな顔をされる。ちゃんと抱かないことを不満に思われているらしい。
しかし、ウィルフレドは抱く気になれない。相手が元上官であることも理由ではあるが、何より、元黒将軍という貴き身であった彼を性奴隷という身に落としてしまったことが悔いとして残っているからだ。精神的な引け目がその気にならない大きな理由であった。

『傷を消してこようか?』

リーチの体には派手な傷跡が残っている。それが原因と思われたのかそう言われたこともある。
それは違うと言っておいたが、ならば何が理由だと問い返された。
結局、うまく返答できなかったため、リーチには不審そうな顔をされたが、傷跡が理由じゃないのは確かなので嘘はついていない。

調教師ロドニスの言葉を思い出す。

『貴方は彼の自我を守るよう依頼したはずです。そのため、エルネストは彼の精神に手をつけず、体に対して徹底的に調教を施したのです。それこそ四六時中、貴方に抱かれることしか考えられないように徹底的に性欲を高めました。しかもその調教が中途半端に終わってしまいましたからね、このままでは貴方が管理してやらねば色狂いになってしまうでしょう』

その時はあまり気にしなかったが、今になってみれば彼の言葉は真実だったと心から思う。
リーチはウィルフレドが帰宅するたびに行為を求めてくる。積極的に体を求められている。
当然休みの日は、家にいる間中、誘いをかけられるので家では落ち着けなくなった。フリッツやアスターの家に押しかけることもあるぐらいだ。幸いフリッツはウィルフレドの存在が気にならないのか、放っておいてくれるのでありがたい。アスターに至っては歓迎してくれる。しかしそれでは根本的な解決になっていないのも確かだ。
悩みに悩んだウィルフレドはこの手のことには詳しいと思われる同僚に相談してみた。あまり相談したくなかった相手だが、ウィルフレドも相当悩んだ末のことであった。
軍総本部の廊下で、その相談相手カークはあっさりと答えてくれた。

「つまりリーチの性欲に困っているのですね」
「ウッ……そ、そういうことだが……」

それとなく言葉を濁して伝えたというのにカークはきっぱりと言ってのけた。

「身も蓋もない言い方だ、カーク。もっとソフトに言ってくれ」
「ソフトに言って何の解決になるのです?」

確かにその通りだが、あけすけに言われるとどうにも居心地が悪い。
やはり相談したくなかった。
しかし、フリッツやアスターはこの手のことを相談できる雰囲気の人物ではない。アニータに至っては女性だ。絶対に相談したくない。当人は笑い飛ばしてくれるかもしれないが、ウィルフレドの方が嫌だ。相談したくない。

「やれやれ、無垢なお嬢さんじゃあるまいし、これしきのことで何を狼狽えているのです」
「だ、だがな……」
「我慢を教えることができないなんて出来損ないのご主人様ですよ、ウィルフレド。基本中の基本じゃありませんか」
「そういうものなのか!?」
「そういうものです。貴方はもう少し奴隷を扱う知識を身につけた方がいいのではありませんか?エルネストに相談してみたらどうです?」
「俺はあの男は苦手だ。お前の方が遙かにいい。お前は愛人を愛しているというではないか。俺はああいう……金で人を売買する職はどうかと思う」

ほぉ、と目を見張ったカークはにっこりと笑んだ。

「見る目がありますね、ウィルフレド。そこまで期待されては答えないわけにはいきませんね。私の愛用の品々を教えて差し上げましょう。それでリーチを愛しつつ調教してあげるといいでしょう」
「う……教えてって……まさか実践する気じゃないだろうな」
「使い方が判らないままでは貴方も困るでしょう?しっかり学ぶのですよ、ウィルフレド」
「やっぱり実践する気か!!」

半ば無理矢理引きずられていると、途中でアスターに会った。隣にはザクセンがいる。

「アスター将軍、いいところに!!今からカークがいいことを教えてくれるというんだ、お前も来ないか!?」

うまくすれば逃げられるかもしれないと思いつつ誘うと、アスターは少し興味を持ったようだった。何を教えてくださるんですか?と問うてきた。

「それは…!」
「おい、アスター!お前これから二箇所ほど回るところがあるんだろうが!」
「そうだった。悪ィ、ザクセン。あー、仕事が残っているのでまた今度誘ってください」
「ええ、そうさせていただきますよ。さあ行きますよ、ウィルフレド」

ザクセンに邪魔されて逃げ損ねた。
そう思いつつ、ウィルフレドはカークの官舎へ引きずられていった。