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◆迷闇の門(6)


ウィルフレドの姿が視界から消えた途端、リーチは片手で顔を覆った。
口を塞いでおかねば声が漏れそうだったのだ。

「残念でしたね。ですがまだ落ち込むのは早いですよ」
「……クッ……」
「ご主人様が貴方を欲さないのは貴方に魅力が足りないからです。努力しなさい」

あいつは部下だ。
そう反論したかったが、できなかった。代わりに涙がこぼれ落ちた。
堪えても堪えきれなかった嗚咽がこぼれ落ちる。

「…う…っ……ううっ……」

終始、行為に戸惑っていた相手。
リーチが欲に溺れている間も冷静で、欲に釣られる様子は見られなかった。
彼の体が欲しかった。抱きたいと思ってくれないだろうかと思っていたが、望んでもらえなかった。

リーチはキツい性格だ。自覚もある。しかし、そうあらなければ競争の激しいガルバドス軍では生き残れなかった。
周囲は大柄な男ばかり。小柄なリーチが生き残るには印しかなく、印だけでのし上がった。
ライバルは幾人も蹴り落としてきた。その間に恨まれることがあったのだろうとリーチは思っている。
その反面、女性は優遇した。男よりも身体的能力が劣る女性はリーチにとってライバルにならず、よき部下だった。女の方も優遇してくれるリーチをよき上司と思ってくれたようで協力的だった。そのこともリーチにはありがたかった。結果、リーチの軍は女性比率の高い印使いの軍として成長した。
そんな中、ウィルフレドはごく平均的な部下だった。
女性比率が高いとはいえ、半数にも満たない数なので、男の部下が珍しかったわけではない。
可もなく不可もない。ウィルフレドはそんな青将軍の一人であった。
そのため、今回までただの上司と部下であり、深い交流は何もなかったのだ。

「頑張りなさい。彼は貴方のために動いたのです」

それは判っている。
罠に填められたときに助力は諦めた。
どの部下とも深い交流がなかったリーチは自分を助けてくれる者が出ようとは思ってもいなかった。恨まれることはあっても慕われることはないと思っていた。
牢の中で死んでいくのだろうと思っていた矢先に助けられたのだ。

『自我を壊すなと繰り返していましたよ。よきご主人様を持ちましたね』

反抗するな、従順にしろと依頼を受けることはあっても自我を壊すなと言われたのは初めてだとエルネストは言っていた。

『自我を守るためには精神に手をつけるわけにはいきません。仕方がありませんから体の方を徹底的に調教しましょう』

それからが大変だった。
重傷を負ったために体力は落ちていたが、黒将軍に上がったほどの軍人だ。体力は人一倍ある。
しかし人一倍あるということはそれだけ過酷な調教にも耐えきれるということだ。
殆ど眠れぬほど常に性的な刺激を与え続けられた。
ロドニスが、四六時中、貴方に抱かれることしか考えられないように徹底的に性欲を高めたと言っていたがそれは嘘ではない。調教を受けている間、ウィルフレドに抱かれるのを想像しろとさんざん吹き込まれた。どれほど反抗しても複数人がかりで執拗に繰り返された。最後には応じなければイかせてもらえなかったために自然と触れられてイクのを想像するようになった。
国一番の調教師だと言うが確かにエルネストは凄腕の調教師だった。
ただの一週間の調教で強い精神を持つ元黒将軍のリーチがウィルフレドに抱かれたくて仕方がないほどにしたのだから。

「頑張りなさい」
「言われずともここで退く気はないよ」

リーチは片腕で涙を拭った。
元黒将軍だ。根性も人一倍ある。
たった一夜抱かれなかったぐらいで諦める気はない。

(絶対に落としてやる……!)

ウィルフレドは奇妙な運命が重なり合って用意された『ご主人様』だ。
むこうはまだこちらを元上司として立ててくれているようだが、そんなことはリーチにはどうでもいい。むしろその関係すらも利用するつもりでいる。
こちらは『性奴隷』なのだがそれさえもリーチにはどうでもいい。
途中で調教が中断されたリーチは主への忠誠心があまり叩き込まれていない。だが主への好意は吹き込まれている。

(抱かれたい。だから落としてやる……!)

ヤる気満々で決意するリーチの内心を知らない元部下はただ元上司を救ったつもりでいるだろう。
しかし、助けてくれたということはこちらに少なからず好意を持っているはずだ。

「ロドニス、俺はいい男だろう?」
「ええ、もちろんですよ。エルネストもよき素材だと言っておりましたからね」
「もちろん『ご主人様』も惚れてくれるだろう?」
「それは貴方の努力次第でしょう」

笑いながら答えるロドニスにリーチは顔をしかめた。
王宮に勤める調教師たちはどいつもこいつも一癖も二癖もある連中ばかりなのだ。

(まぁいい……ゆっくり頑張るさ)

それにしても隣の部屋にいるという男はなんなのだろう。

「隣にいるのは誰だい?」
「フリッツという名の青将軍で、隣国ウェリスタの捕虜になり、性奴隷教育を受けてしまったそうです。そのためにウェリスタにいるご主人様の元へ帰りたがっているとか」
「なんだそりゃ。殺してしまえばいいだろうに、面倒な」
「レンディ様のご命令で保護されているそうです」
「ふーん……レンディがね、何を企んでいるのやら……」

レンディは元同僚だ。当然性格も知っている。
いずれにせよ、愛する元部下との暮らしに他者が混ざるのはあまり好ましくない。

(どうにかして排除できないかな……)

首にはまだ印封じの首輪が填められている。
印使いであるリーチは首輪が外されないと満足に戦うことができない。
それにしても……。

(足りない……全然足りない……)

イッたのは二度だけ。
寝る間も惜しむほど体を弄られ続けて性欲を高められたリーチは全身が性感帯のようなものだ。
最低でも数度はイキたかった。それも濃厚にヤりたかったのだ。
元将軍で体力があるリーチはエルネストによき体だと褒められるほど性欲が強く、敏感な体になった。そのために普通の性行為では満足できなくなってしまっているのだ。
しかし、相手はリーチを欲していない。
少なくとも現時点では欲されていないのだ。
つまり今夜は我慢するしかない。
ウィルフレドの気配を感じつつも耐えるしかないというのはなかなか辛い。

(せっかくウィルフレドの元に来れたのに、これじゃ拷問だ……っ!!)

リーチはため息を吐いた。体が熱い。
今夜も満足に眠れなさそうだと思いながら目を閉じた。