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◆迷闇の門(4)


帰るために牢のような場所を出ると、中庭に面した吹き抜けの通路に出た。
通路から見える庭には幼児たちが楽しげに遊んでいた。その側には幼児たちを教育する担当らしき官の姿が見える。

「あの子供たちは……」
「ええ、素材ですよ。ほとんどが人売りによって売られてきた孤児ですが、両親が売りに来たパターンもあります」
「………」
「外見の良い者だけを残していきます。見目が悪いものは市井に戻されます」
「孤児院へ戻るということか」
「違います。売られる先は娼館が殆どです」
「!」
「ちゃんと質の良い娼館を選んでいますよ。酷いところは肉便器のような扱いをしている店もありますからね、酷いものです。そういった店は突っ込むところがあればいいと言わんばかりに、さきほどのような身体的に不自由な奴隷を売ってくれと求めてきたりします。爪や歯がない場合、抵抗することもできないということです。咥えさせたり突っ込んだりするには便利というわけでしょう」
「売っているのか?」
「いいえ。一度売った奴隷を二度売りしたりはしません。私が作った性奴隷は別の主を愛したりできませんからね。捨てられた奴隷も一人の人間です。ご主人様以外の人間に抱かれるなど嫌でしょう。それぐらいの望みは叶えてあげたいですから」
「だが……絶望して死んでいくんだな」
「ええ、大半は」
「……哀れだな」
「捨てられるのは一握りですよ」
「そうなのか?」
「ええ、ご主人様と死に別れたり、捨てられたりするパターンもありますが、大抵の場合は飽きたら下働きに回されますので、ご主人様の側を離れることはありません。私が育てる奴隷は忠誠心を叩き込んであります。命がけで愛するように教育しますから、ご主人様にとっては裏切ることのない最適な側仕えとなります。そして読み書きやマナーも教えますから、高位の方々にとってはよき使用人になるのです。もちろん見目も良い者ばかりですから捨てるなんて勿体ない話ですよ」
「なるほど……」

少し安堵した。
視界の先で遊ぶ幼児たちの末路が今見てきた者たちだとは思いたくない。
子供を見て、少しでも幸福になってほしいと思うのは大人として当然の気持ちだ。

「主となる人間がよき人間ばかりならいいのに」
「良き人間でも奴隷が幸福になるとは限りませんよ。ご主人様が良き人間すぎて一度も愛されることなく、金を与えられて市井に捨てられた奴隷を私は知っていますから」
「は?何だって?」
「性奴隷を理解できなかったのでしょうね、その方は。ご主人様だけを愛する奴隷に対して、お金を与えて、一般人として暮らせとおっしゃったようなのです。おそらく性奴隷という立場自体を気の毒に思われたのでしょう。しかし幼き頃からご主人様のためだけに生きるよう育てられた者に対して、市井で幸せに暮らすということがどんなに過酷なことであるか。彼らは高位の方々にお仕えするためだけに育てられていますから。側用人にでもしてくださればまだよかったでしょうに……」
「その後、その奴隷たちは……」
「あいにく売った後の奴隷に関しては、ほとんど関知しておりませんから」
「そうか……」

そうして中庭に面した通りを抜けて歩いていると、別の通路に出た。
その通路からは別の牢が見えた。

「あれがさきほど言っていた『品評所』か?」
「ええ、売られる前の奴隷が入っています。見ていかれますか?青将軍様なら買える値の奴隷も多いですよ」
「いや、結構だ。俺は奴隷には……」

興味がない、と言いかけた彼は牢に思わぬ姿を見つけて目を見開いた。

「ま……さか……あれは……リーチ……様……?」

見間違いだろうか。まさかこんなところに元黒将軍である上官がいるわけがない。
彼は重傷を負って引退したのだ。
その後どうしているのかはウィルフレドも知らなかった。だがこのような場所にいていいはずがない。

「リーチ様!!」

慌てて牢へ駆け寄る。
相手は意識がないらしく反応がなかった。白い夜着のようなものを身につけた姿で牢に横たわっている。
金髪に近い茶色の髪、軍人にしては細身の肢体。首に填められた輪は印封じの品だ。やつれてはいるが以前仕えた上官を見間違えるわけがない。これはリーチだ。

「どういうことだ!?何故リーチ様がこちらへいらっしゃるんだ!?」
「私は王に仕える身です」
「陛下がリーチ様をここへお入れになられたと!?」
「詳しいことは申し上げられませんが、高貴なる方々の意思でここへ連れてこられたことは確かです。そして青将軍である貴方でも許可無くお出しするのは危険だと申し上げておきます」

軍人の地位が高いガルバドス国で青将軍でも出すのが危険ということは、相当に高位の人物が関わっている可能性が高い。
そうなると、ウィルフレドが縋れる相手は黒将軍しかいない。

(誰かに助力してもらわねばならない……レンディ様かアニータに……。だが万が一彼らが関わっていたら、リーチ様をお助けするのが困難になる……!)

「レンディ様やアニータ様はご存じなのか!?」
「レンディは知っていますよ」
「!」

知っていて放置しているのであれば助力は見込めない。
あとはアニータか。彼女は関わっていないようだ。恐らく知らないのだろう。
リーチは力なく横たわっている。一刻も早くここから出して医師に診せたい。

「エルネスト、リーチ様を助けたい。出してくれ!」
「私は国王陛下に仕える身です」
「王命がないと出せないというのか?ならばアニータ様に頼んで許可を貰ってくれば出してくれるな!?」
「いいえ、そのような方法は取る必要ありません。貴方がお買い上げくださればいいのです」
「買う!?」
「ええ。ここにいる者たちは商品となる素材なのです。出すときは買われた時のみ。それがここのルールです」
「ならば買う。どんな金額であろうと言い値で買うから売ってくれ!」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」

エルネストはポケットから取り出した小さなベルを鳴らした。
すると通路の奥から屈強な男が二人やってきた。

「お買い上げだ。この牢の者たちを調教室へ連れて行け」
「待ってくれ!何人連れていく気だ!買うのはリーチ様だけだ。すぐに渡してくれ」
「おや、困りますね。ここにいるのは素材なのです。調教前の素材はお売りすることができません。そして通常、奴隷は牢単位で売られていますので……」
「困る!リーチ様だけで頼む」
「我が儘なお客様ですねえ……仕方がありません。ですが、調教はいたしますよ。調教前の素材を売るなどということはできません」

ウィルフレドはゾッとした。
元上官が調教されてしまえば、あのフリッツや牢で見た奴隷のようになってしまう。そのようなことは許されない。許していいはずがない。そんな元上官など見たくはない。

「困る!リーチ様があのような奴隷になるなど冗談じゃない!」
「大丈夫ですよ。奴隷にも種類があります。リーチは反抗的な『獣』として躾けますから壊れることはありません。お望みであれば従順な『マリオネット』や愛されることを好む『人形』に躾けることも出来ますが」
「反抗的な獣……!?リーチ様を獣とは無礼な!」
「おや、ご不満で?では人形やマリオネットの方をご希望ですか?」
「グッ……」

調教など不要だと言っているが、それだけは許されないという。恐らくそれがここの絶対的なルールなのだろう。
腹が立つが、彼は国王直属の調教官だという。さすがに殺してしまってはウィルフレドの方が危険だ。
ならばなるべく上官が壊れないような調教を依頼せねばならない。
忙しく頭を働かせる。どれを選ぶのがリーチを守ることに繋がるのか。

「……『マリオネット』は従順で……『人形』は愛されることを好むのだな……?」
「ええ。ただし、自我が壊れないのは『獣』ですよ」
「そうなのか!?」
「ええ。マリオネットや人形は絶対に主へ反抗しないように精神を作り替えますが、獣は主に反抗的な部分もそのまま残しますので、元々の性格が一番変わりません。ただし、ご主人様を愛するように躾けますから、文字通り、主に尻尾を振って飛びかかるような獣のような奴隷になりますが」
「リーチ様をそのようなはしたない犬にされては困る!だが、仕方ないな……自我を壊されては困るから獣で……いいか、リーチ様をリーチ様のままでくれぐれも自我を壊さぬようにしてくれ!!」
「我が儘なご主人様ですね……ですが腕の奮いがいがあるというものです。お任せ下さい。これでも国一番の調教師です。素晴らしい奴隷をお作りして見せましょう」

結局、奴隷にされるのだ。

(ああ、リーチ様申し訳ありません!!お力になれぬ私をお許し下さい!!)

心の中で盛大に謝罪しつつ、ウィルフレドは王宮を辞すると元同僚であるアニータの公舎へ駆け込んだ。
女性としては長身で豊満な体を持つ赤い巻き毛の30代女性、それがアニータだ。

「アンタねえ……アタシはこれでも女なんだよ。性奴隷なんて話をするんじゃないよ」

アニータは顰め面で苦情を言いつつも、元上官の境遇にはさすがに同情を示した。
アニータは元上官であるリーチとあまり相性がよくなかった。お互いに気の強い者同士、そりが合わなかったのだ。
それでもリーチは女でありながら巧みに印を使うアニータを高評価していた。そして後任にアニータを指名した。
相性は悪くても取り立ててくれたリーチにアニータは感謝しているのだ。

「ちょっと調べてみるよ。リーチ様を売ったっていう大馬鹿野郎のことは任せな。リーチ様を陥れたほどのヤツだ。アタシ一人では無理かもしれないけど、何らかの手を打ってみるよ」
「ありがとう。それでリーチ様を調教師の手から取り戻したいんだが……」
「エルネストのことだろ?そっちは難しいだろうねえ……」
「そうなのか?」
「彼は有名人だよ。高位貴族に多くの顧客がいる天才調教師の話は聞いたことがあるからね。レンディとカークのお気に入りで国王陛下の庇護を受けているって話もね。さすがに相手が悪すぎる。無理に手を出すより素直に後で身柄を受け取った方がいいだろうね」
「………」

黙り込むウィルフレドの肩をアニータは叩いた。

「お助けしたいって気持ちは判るけど何もかも完璧にやれるとは限らない。出来る限りの範囲で最善を尽くす。判るだろ?」
「あぁ……」
「ほら、嘆いている場合じゃないよ。リーチ様を陥れた野郎の情報を集めないとね。アンタも力を貸しておくれ」
「判った!」

ともかく黒将軍の一人を味方につけることは出来た。何もできないよりはマシだ。
そう思い、自分を奮い立たせるウィルフレドであった。