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◆迷闇の門(2)


ウィルフレドは引き取った相手を己の官舎の一室へ連れてきた。

(なるほど、これは重症だ)

死にたいと繰り返す同年齢の相手フリッツを、ウィルフレドは内心途方に暮れて見守った。
相手は心の病にかかっていると思える軍の同僚だ。
しかし、死なせるわけにはいかない事情がある。そのため、自害しないように見守っている。
終わりが見えない同僚の世話にウィルフレドは心底困っていた。
レンディがウィルフレドに依頼してきた理由も判った。
腐っても青将軍というべきか、病人であるフリッツは非常に腕が立った。
相手をするには相応の実力を持つ者がしないわけにはいかず、同じ青であるウィルフレドに依頼が回ってきたのだ。
救いは首に印封じの首輪が巻かれていることだ。これで印まで使われては手に負えなかったことだろう。体術のみで相手をすればいいので何とか抑えることができた。
どうしたものかと悩み続けて三日後、同じ依頼を受けているというカークがやってきた。
出入りを許しているのは、カークの他はフリッツ自身の部下だという男数人のみだ。
身の回りの世話は基本的にフリッツの部下がしてくれている。
こんなことになっても上司を見捨てぬ部下がいるのだ。立ち直ってくれればいいのだがとウィルフレドは思う。
ウィルフレドが現状を説明しつつ、カークにどうしたものかと相談すると、カークは首を横に振った。

「違いますよ。勘違いされているようですね。彼は心の病ではありません」
「これが心の病じゃなくてなんなんだ?正気とでもいうつもりか?死にたいとしか言わないんだぞ」
「性奴隷が主から引き離されて、二度と会えない状況に陥っているのです。死にたいと思うのは当然の欲求でしょう」
「性奴隷!?」
「どうやらレンディは貴方に詳しい説明をしなかったようですね」

そこでウィルフレドは初めてフリッツが陥った境遇を知った。
敵国ウェリスタの捕虜にされていたこと。
捕虜にされていた間に高位貴族によって性奴隷教育を受けてしまったこと。
その貴族の元から救い出したものの、性奴隷と化したフリッツは主である貴族の元へ帰りがっていること。
それをレンディが許していないことなどを知った。

「あの状態では軍人として使い物にならないだろう。いっそ放り出したらどうだ?」
「そういうわけにはいきません。逃がしたら彼は確実にウェリスタへ行ってしまうことでしょう。彼は青将軍です。あまりにもガルバドスの内部事情を知りすぎています」

軍の高位軍人だ。逃がすわけにもいかず、殺すわけにもいかない。
そのため、保護しているのだという。

「捕虜にされていたんだろう?その間に自白してしまってるんじゃないか?」
「その可能性もあるでしょうね。まぁ通常なら適当な名目を設けてとっくに殺してますよ。レンディとしては甘い措置ですが………理由があるのですよ」

レンディが甘くなる理由が、フリッツを助け出してきた将にあると知るよしもないウィルフレドは、どうにかしてフリッツを正気に戻してやらねばならないと悟り、ため息を吐いた。

「それで……性奴隷とやらはどうすれば治るんだ?」
「治りませんよ、病ではないのですから」
「だが、このまま放置しておくわけにもいくまい」
「治りませんし、どうにかできるような類のものではないのですよ」
「ならば一生このままにしておくつもりか?」
「ええ、その通りですと言いたいところですが方法がないわけではないのですよ。ただ、今以上に酷い状態に陥るだけですが」
「なんだ、その方法とは」
「洗脳するのですよ。調教とは全く違うやり方です。ようするに自我を失わせて今以上に頭をおかしくさせればいいということです。でくの坊のように、ただ言われたことにのみ従う人形を作り出せばよいのです。洗脳には愛がありません。私が一番嫌いな方法ですから協力はしませんよ」

何とも最悪な解決手段のようだ。しかもカークは協力しないという。
しかし、このままにしておくわけにもいかない。目を離せば自害してしまうフリッツを放って置くわけにはいかないのだ。
レンディに依頼された以上、どうにかせねばならない。でないと終わりがこない仕事だ。

「お前以外に調教に詳しいヤツを知らないか?相談してみたい」
「そうですか。王宮に性奴隷専門の調教師がいます。レンディと私の知り合いですので紹介状を書いて差し上げましょう」