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◆約束の螺旋(3)

そうして将官用宿舎へ戻る途中、ノースはディルクに問うた。

「お前も私のために死にたいのか?」

ディルクは軽く瞬きをし、苦笑した。

「いえ……俺は貪欲なので。貴方より後に死にたいと思います」
「どういう意味だい?」
「貴方と少しでも離れているのが嫌なので、貴方が死ぬまでは共に生きていたいんです。貴方が長生きしてくださるなら俺も長生きしたい。ずっと貴方の側にいて貴方が死ぬのを見送り、後を追いたいんです」
「なるほど……だがそちらの方がいいね」
「そうですか?自分勝手で欲望だらけですが」
「何を言う。最後の『後を追う』という部分以外は人として当たり前の事じゃないか」

共に長く生き、どちらかが見送るという形は夫婦などでは当たり前の姿だとノースは思う。
世間では普通に見られる一つの人生だろう。

(見送ってくれるのか……嬉しいな)

軍人として生きることを決めたとき、普通の生き方はできないだろうと思った。
そして軍人であれば戦場で死に別れるのは当たり前のように存在する日常だ。
カークやダンケッドともいつか死に別れるかもしれないという覚悟をしてきた。
戦いが厳しかった場では、死の誤報を受けたこともある。のちに生還してきた彼らを見て、心から安堵したものだ。
故に死の痛み、喪失感をノースは知っている。

(見送るのは辛い役目だ。申し訳ないほどに嬉しいな……)

共に生き、見送りたいと言ってくれるディルクの気持ちが嬉しい。
これほど慕ってくれるディルクに死なれたくないと思う。

「私のために生きてくれるというのなら、是非、君が今言ったように生きて私を見送ってくれ。だがすぐに後は追わなくていい。私は気が長いのでね。君が来るまでは本でも読んで待っていよう」
「は…い、ノース様………」

驚きのあまり掠れ声だったが、嬉しげな返答が聞こえた。

やがて宿舎に到着し、ノースはディルクを振り返った。
高級将官用の宿舎でノースは暮らしている。そこは上質でセキュリティの高い建物だ。
普段は身元がハッキリしている従者や護衛が交代で任に当たっているので、ディルクがいなくても何の不自由もなくノースは暮らしている。

(護衛に拘らなければジョルジュとカーディを迎えられるのに)

一家族ぐらいなら容易に暮らせる広さの建物だ。あと数人ぐらいなら容易に同居できる。ジョルジュとカーディならば従者として迎えられるのにとノースは思っている。
しかし当人たちが護衛に拘っているのでどうしようもない。

「ディルク、今日はありがとう」
「はい。ぜひ、また誘ってください」

ああ、とノースは頷いた。
ディルクは率直だ。こういう時はいつも自分の希望を素直に口にする。
『また誘ってほしい』というのも素直な要望だ。ノースと二人きりで過ごした時間が楽しかったのだろう。
愛されることを好む『人形』として育てられたジョルジュとカーディとは違う。彼らのような献身さはない。
欲望に忠実で積極的な『獣』の性質が感じられる。
以前は疎ましかったこの積極性が今のノースには心地よく感じられる。

(私も変わったのかもしれないな……)

己の変化がよき変化かは判らない。
しかし、今はディルクの視線が苦ではない。

「ディルク。明後日、学舎へ行くんだ」
「はい」
「護衛を君に頼んでもいいかな」
「喜んで」

今まではその場その場で選んだ護衛を使っていたが、ディルクと行きたいと思ったのだ。これもまた自分に起きた変化だ。
そしてノースは向けられた視線に期待が籠もっていることに気付いた。
さきほどまで感じなかったが今は明らかに違う。視線に熱が籠もっている。
その熱が何を意味するのか、今のノースには判る。

建物の中には従者が二人いる。しかし、従者用の部屋は離れに作られているので、退けることは容易に出来る。
そうなれば室内は二人きりになる。

「あの、ノース様……もしよろしければ……」

ノースが黙っているからだろう。躊躇いがちにディルクが口を開いた。

「泊めていただいて……いえ、ご褒美を頂いてもよろしいでしょうか?」

泊めてもらうだけでは抱いてもらえないかもしれないという可能性に気付いて言い直したのだろう。ノースは呆れるほど性的に淡泊だ。欲しなければ抱いてもらえないということをディルクは知っている。
一方のノースはディルクに言わせてしまったことを後悔していた。
視線に気付いた時、自分から誘おうと言葉を探していたのだが、口に出せずにいるうちにディルクが言ってしまった。
こういったことに不慣れな上、考えすぎるクセが悪い方に出てしまったのだ。

「……泊まるのであれば一旦着替えを取っておいで」
「はいっ!ではすぐに…!」
「待て、ディルク」
「え?」
「いつも……何かを……使っているだろう?」
「は……?」
「私のところへ来るときはいつも何かを使っているだろう?」

意味に気付いたディルクは顔を赤らめた。
男らしい彼はノースと接しているときだけそうした表情を見せる。
しかし、羞恥に赤く染まった顔は珍しい。

「はい…香料の入ったオイルを少々……受け入れやすくなるので……お嫌いでしたか?」
「いや、君の体に負担がかからないのであれば問題ない。だが負担になるのであればやめてほしい」
「それは問題ありません。専用の品ですし、使った方が便利なので」
「そうか」
「ではすぐに行ってまいります」
「あぁ。慌てなくていいから」
「ありがとうございます」

笑顔で去っていくディルクを見送り、ノースは唐突に彼のことが好きだと思った。
何故このタイミングで彼を好きだと思ったのか判らない。だがいきなり好きだと思ったのだ。

(何故だ……?)

ノースは判らないことがあるのが苦手だ。どうしても理由が欲しくなる。むしろ理由などがなければ落ち着かないというべきか。ついつい考え込んでしまう。
そして集中して考えると時間を忘れて考え込んでしまう。集中力がありすぎるせいで延々と考えに没頭してしまい、カークやダンケッドからツッコミ混じりの制止を受けたことも一度や二度ではない。
そうして考え込んでいたノースはディルクが戻ってきて、声をかけられ、ようやく我に返った。

「まさかずっと入り口でお待ち下さっていたのですか?」

やや感動したようにうわずった声で問われ、ノースは返答に困った。
しかし、ディルクは勝手に答えを出したようだ。ありがとうございます、と嬉しそうに言った。

「いや……とりあえず食事にしないか?従者が作ってくれているはずだ」
「はい、ありがとうございます」

家の奥へ促しつつ、ノースは相手の髪が濡れていることに気付いた。入浴してきたのだろう。

「……食事の前に風呂へ入ろうか?」

ノースが問うとディルクはパッと顔を赤らめた。入浴の意味がそのまま行為へ繋がることに気付いたのだろう。

「い、いえ……待てます、から。お食事の後で十分です」
「そうか」

空腹を感じていたところだ。食事の後でいいというのはありがたい。

「ディルク、私も君が欲しいと思っていたんだ。欲しいと思っているのは君だけじゃないから」
「ノース様……」
「だから……そうだね、ご褒美というより……普通に恋人同士がするものだと……いや、これもおかしいな。まだ言ってないし…あぁ順番がめちゃくちゃだな私は」

ノースはため息を吐いて軽く天井を見上げた。深く考え事をするときに上を向くのはノースのクセだ。
珍しく結論はすぐに出た。もう今更だ。順番云々を言い出せば、牢で出会ったときまで遡らねばならない。そもそも出会いから真っ当だったとは言えないのだから、今更順番などを気にしている場合じゃないだろう。

「ディルク、君が好きだ。付き合ってくれないか?……ちゃんと、奴隷などは忘れて」
「ノース……様……」
「遅くなって悪かった」
「いえ……!……いいえ!!ありがとうございます!!」

交際を申し込んだというのに、勢いよく頭を下げられ、礼を告げられた。
自分たちは本当にめちゃくちゃだなと思い、ノースは苦笑した。こういった時は礼を言ったり頭を下げたりするものではあるまい。
しかし、出会いから真っ当ではなく、おかしな道のりを辿って今まできたのだ。むしろこれからがスタートだろう。自分たちは。

(やり直せればいいな……)

このおかしな関係をやり直し、真っ当な関係になれればいい。

「ディルク……そうじゃないだろう?」

礼を言うようなことじゃないだろう、と言おうと思ったが、次に言われた言葉にノースは凍り付いた。

「いえ、ありがたい。……最高のご褒美です!!」

満面の笑顔の相手が発した『ご褒美』という言葉がぐさりと突き刺さる。
相手が性奴隷ということもあるだろうが、それ以上に今までの自分の行動が悪かったのだと思い知る言葉だ。

(告白して『ご褒美』だと喜ばれるとは思わなかった……前途多難だな……)

喜ぶ相手を前に、しみじみと思い知るノースであった。

<END>
ノースは気分的に _| ̄|○  って感じ(笑)

オマケ話も読む?(ディルク視点。微18禁注意)