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◆約束の螺旋(2)

ディルクに連れられてやってきたのは、ガルバドス国王都でも人通りが多い商店街にある大きな店舗であった。
王都でも立地条件がよい場所にあるその店は繁盛しているらしく、店内には比較的多くの客がいた。
庶民向けであっても服には値段差があり、質の良い服はハンガーに吊され、安い服は大きな籠に無造作に入れられている。店内は籠と棒がずらりと並んでいた。
ちょうど夕刻という時間帯であることもあり、店内には仕事帰りらしき人々が楽しげに服を見て回っている。その中でもディルクは人目を引いていた。
まず長身だ。その上、容姿も良く、エリートである騎士服だからだ。
女性たちはディルクに気付くと視線を止めている。そして顔を紅潮させてひそひそと話をしている。
男たちもディルクを見ると、オッ、という顔をしている。
見目がよい男は将軍服を脱いでも注目を浴びるらしい。

(ディルクは格好いいからな)

小柄で平凡な容姿のノースはそう思い、こっそりため息を吐いた。
カークと一緒の時も人目を惹いた。だがその時はカークだけがあまりにも目立ちすぎて一身に視線を浴びていたため、ノースは目立たずに済んだ。
しかし、ディルクは何よりもノースを優先させる。とにかくノースを気遣うのだ。そのため、一緒にいると一緒に注目を浴びてしまうとノースは知る羽目になった。

(これはこれで厄介だな)

カークと一緒の時のように相手がひたすら目立つばかりならまだマシだが、一緒に目立つというのはどうも居心地が悪い。
しかし、今日はノースが同行を頼んだのだ。離れていろなどと言えるはずもない。相手は護衛だから尚更だ。

「こちらはいかがですか?」

ディルクは嬉しげに幾つも服を持ってくる。楽しくて仕方がないようだ。
これほど嬉しそうにされては無碍にするのも気が咎める。

(まぁいいか……)

いつも忠実な部下だ。
カークのように我が儘を言うわけでもなく、どんな命令にも二つ返事で従ってくれて、よき結果を出してくれるディルクにノースは感謝している。
地方任務を命じた後の『ご褒美』だけは少々面倒に思っているが、体を重ねてもいいと思うぐらいには相手のことを大切に思っているのだ。

「目立たない色がいい」
「判りました。ではこちらはいかがでしょう?」

服にはさほど興味がないノースは服の良し悪しもよく判らない。そしてディルクのファッションセンスが確かであることも知っている。
ディルクが勧めてきた服を幾つか見比べた後、ノースは三つほど服を買った。
そしてノースはアスターの公舎へと向かった。
結果的にノースは公舎に入ることなくアスターに会った。公舎前の屋台からアスターがでてくるところに遭遇したのだ。
アスターは手に大きめの包みを持っていた。中からは肉のよい香りがしている。持ち帰り用に包んでもらったようだ。

「あれ?」

公舎の外だからだろう。アスターは軽く礼をしてきた。仰々しく敬礼をして、周囲の人目を集めない方がよいと判断したのだろう。
ノースはこうしたアスターの配慮や機転の良さを高く評価している。軽く頷き返すことで返礼し、相手を視線で促して公舎の中へと入った。

「部下へ差し入れ用に買いました。ノース様もいかがですか?」
「いや、結構だ。急いでいるのでね。ジョルジュとカーディへ会いに来た」
「あぁ、カーク様からお預かりしている二人ですか。えーっと、お姿が見えないようですがカーク様もご一緒ですか?」
「いや、カークは同行していない。二人の顔を見に来ただけだ」
「そうですか。もう終業時刻を過ぎてますから食堂の方にいるんじゃないかと思います。ご案内しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。君の目から見て、二人の調子はどうだい?」
「真面目でやる気があるよき部下ですよ」
「そろそろ護衛として使えるか、武術の腕を聞きたい」
「うーん…………ザクセンと意見が異なっちまうんですよね」
「そうなのか?」

ザクセンは自他共に認める強い将だ。ガルバドス国全体でもトップクラスの戦闘力を持つ。
そしてアスターも通常印であることを除けば、大変武術に優れた人物だ。
その二人が意見を違えているという。ノースは興味深く思った。

「強いとか強くないとか、そういう問題以前じゃないかと思うんです。俺は彼らを護衛としては使わない方がいいと思います」
「理由は?」
「彼らは命がけで貴方を守りたいと言う。
ですが自分の命を大切に思わないヤツが戦場で生き残れるわけがないと俺は思います。
這い蹲ってでも生きたいと思う根性のあるヤツだけが戦場は生き延びることができる。生きることに貪欲すぎるほど貪欲なヤツが強い。それが戦場ってモンです。
彼らにはそれがない。命がけで貴方を守れればいいなどと言う。そんな風に命を使い捨てしようとする奴らが戦場で生き残れるほど戦場は甘くありません」

一兵卒から将軍職まで出世してきたアスターは戦場経験が豊富な将だ。それだけに彼の言葉は実感に溢れており、重みがある。
歴戦の将らしい言葉にノースは頷いた。

「ザクセンはあいつ等の覚悟を良い覚悟だと言うんですが、俺はそう思いません。
護衛が死んだら要人が無防備になります。護衛ってのは一緒に安全なところまで戻ってこそ護衛だと思うんですよ。戦場でうかうかと死んでちゃ護衛の意味がない。
あいつらは命の重みが判ってない。俺にはあいつらの覚悟が薄っぺらいものに感じてしょうがないんですよ。簡単に死んでもいいと口にするあいつらに命を預けられる気がしません。だからあいつらは護衛に向いていないと俺は思います」

アスターの言葉にノースは黙り込んだ。
ジョルジュとカーディは奴隷だ。奴隷として教育された彼らは何よりもノースを大切にするように魂の随まで教えが染み込んでいる。二人が何よりもノースを優先するのはそのためだ。
二人が命に替えてもノースを守りたい、守れればいいというのは当然だろう。そういう教育を受けてきたからだ。
そして、その考えを変えるように言っても無駄だろう。奴隷が受けた教育を消すことができないことはノースも思い知っている。二人の考え方は変えることが出来ない。
カークもまたそのことを知っている。知った上で二人に腕を磨くよう命じた。
しかし、アスターはそういった事情を知らない。正しくは奴隷がどういったものであるかを知らないと言うべきか。
アスターの意見は一般論だ。しかし、とても精神的に真っ当で健全な一般論だ。彼の考えは正しい。
ザクセンの考えが間違っているとは言い切れない。護衛は要人を守るための職だ。
しかし、アスターの言葉は無視できない重みがある。命を大切に思っているからこそ、口に出来る言葉だ。彼の考え方には共感できる。

「なるほど。同感だ」

アスターは安堵したように笑んだ。

「君は彼らをどういう職に就けたらいいと思う?」
「護衛以外なら何でもできると思いますよ。真面目でやる気ある奴らですからね」
「彼らの望みは私の護衛なんだ」
「護衛じゃなくて副官や従者でもよくありませんか?護衛専任じゃなければ大きな問題にならない気がしますよ」
「そうか……彼らの望みを叶えてやりたいとは思うんだが……」
「うーん……」

努力はしてみますが、と顰め面のアスターにノースは頼むと告げた。
そうして向かった食堂でノースは二人に会った。
大喜びの二人に、顔を見に来ただけだと告げると二人は更に喜んだ。自分たちに会うことが目的でわざわざ足を運んでくれたということが嬉しかったらしい。

「アスターがいいことを言っていた」
「それは何ですか?ノース様」
「今はまだ言えない。だが私は彼と同じ考えだ。今回はカークではなくアスターの教えを受け入れ、学ぶように」
「はい、ノース様」
「疲れたらいつでも戻っておいで」
「はいっ!!ありがとうございます!!」

二人の見送りを受け、ノースはアスターの公舎を後にした。